第3話 トイレからこんにちは
「またあなたですか。今度は何やったの?」
駆けつけた若い警官は呆れた顔でワヤマに言った。どうやら何度かお世話になっているらしい。
「ご苦労さん。まぁ、痴話喧嘩みたいなものだよ」
「違います。住居侵入罪です」と僕は間髪入れずに言った。
警官が興味なさそうに話を聞いているのを感じたが、早々にワヤマを追い払いたかったので、「早く連れて行ってください」と伝えるべく僕は警官に熱烈なアイコンタクト送った。
「じゃあ行こうかワヤマさん。今日はイベ日だからさ、早く帰りたいのよ」
「くっそ、忘れてた!」と言ってワヤマは頭を抱え始めた。
「あなたの報告書で帰りが遅くなりそうだけどね」
「悪い悪い、軍資金3本出すからさ、一緒に行こうぜ」
「本当にしょうがない人ですね。良さそうな台選んどいてくださいよ」と警官は微笑を浮かべながら言った。「では、失礼します。何かあれば署まで連絡下さい。」
二人は僕のことなど忘れて去っていった。僕は人生初めての通報で動揺していたのか、今の話に全くついていけなかったが、おそらくパチンコ店に行くのだろう。え、それは被害者の前でする話なのか?
意を決して定時に帰ってきたというのに、散々な目に遭った。日はすっかり沈み、せっかくの定時帰りが無駄になってしまった。もし定時に帰っていなかったら、深夜まであの男がこの部屋にいたと考えると、無駄ではないとも言えるが…
僕は鍵をかけ、買ってきたビールを飲んだ。もうぬるくなってしまっていたが、とにかく何かを飲みたかったのだ。一気に飲み干した後、すっかり汗が冷えてしまったシャツを脱ぐために洗面所に向かった。
Tシャツに着替え、冷たい水で顔を洗うと少し落ち着くことが出来た。
夢でも見ていたのかと錯覚するほど、一度に色々と起こりすぎた日だ。心なしか顔もやつれて見えたが、そもそも自分の顔を最近はまじまじと見ていなかったので、いつからこんなにも精気にない顔になっていたのか分からなかった。
「あのぉ、ワヤマさんはどこに行ったんですか?」
突然、洗面所横のトイレから女性の声がした。僕は驚きで腰が砕け、叫びながらその場に崩れ落ちた(小便は漏らしていない)。
「ごめんなさい、驚かせる気は無かったんですが、声を掛けるタイミングが分からなくて」
遠目からでもわかる艶やかな黒髪と白い肌の綺麗な女性がトイレのドアを開けて出てきた。黒いドレスに身を包んだ彼女は、僕に手を差し伸べた。こんな状況でも女性を綺麗だと思うことが出来る自分に驚倒した。
僕は差し伸べられた手を取って立ち上がり、やっと冷静になることが出来た。
「とりあえずお聞きしますが、どなたですか?ワヤマさんの知り合いですか?」
女性は大きな瞳で僕を真っすぐに見つめていた。その瞳は吸い込まれそうなほどの引力を持っており、比較的シャイな僕でも目を離すことが出来なかった。
「私は王立図書館で司書をしております、ルナと申します。ワヤマさんの話によると、どうやら別の世界から来てしまったようです」
僕はこの時、ワヤマが言っていたことが本当だと理解した。胡散臭い男が言っても信じる気は起きなかったが、綺麗な女性の話は直ぐに受け入れられた。男とは実に単純である。
「それはそれは、長旅でお疲れでしょう。直ぐにお茶をお淹れしますが、麦茶かほうじ茶どちらがよろしいでしょう?」
「お気遣いありがとうございます。では、セイセイブロンコ茶を頂けますか」
「はい?」
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