第3話 侯爵家で勉強するようです

 それで八歳の夢見がちでおバカな少女が背負っているには、あまりに大きい前世とか前々世とかの話を全部ぶちまける羽目になった。


「私はここじゃない異世界で生まれて死んだの。それでアンナに生まれ変わったけどその時はまだ何も思い出さなくて」

 それで真実の愛の相手に振られて、一緒に死んでくれる人を探していたルウェリン殿下と知り合って、同情して一緒に死ぬことになった。

 王子様と一緒に死ぬなんて素敵、と思ってしまったのだ。


「でも私は、死ぬ寸前に切れ切れに前々世を思い出して、死にたくないって思ったの。それで逃げようとしたのよ」

 言葉を切ってお茶に口を付ける。口の中に残るチョコレートの甘味が爽やかで清々しい香りに溶けてゆく。

「何でこの世界に転生して、何で時間が巻き戻ったのか分からないけれど、前々世の異世界の私は、あなたや私の死んだ出来事によく似た話を読んでいた」


 昏い目の下がり眉の男は少し息を吐く。唇を引き結んで聞いた。

「その前々世のお前が知っている話とは──」



 私も負けずに口を引き結んで王子を睨むと一息に喋った。

「あなたは病気で薬中でアル中で、お父さんと喧嘩ばっかりして、娼婦のところを転々として、結婚が上手くいかなくて、真実の愛の相手に貢いだ挙句に振られて、仕方がなくて私と死んだのよ」


「それだけか」睨みつけるようにして彼は聞く。

「まだ前々世の記憶がはっきりしないの。こう、ポツリポツリとジグソーパズルのように切れ端の場面が浮かんでくる感じ」

 昏い目の男はますます目を昏くして暫らく宙を見ていたが、やがて立ち上がり従者を呼んで指示を出す。


「お前には勉強が待っている」

「えー、何でいきなり意味不明な──」

「実は娘が病弱で領地の屋敷に隠している候爵家があるのだ。そこが娘の代わりにお前を引き取るという。話は合わせた。まあ頑張れよ」

「そんなーーー」


  ◇◇


 あれよあれよという間に私は侯爵家に引き取られた。没落しそうだった両親は喜んで私を差し出した。その日から私の名前はグランビー侯爵令嬢エリザベス・アンナとなった。

 私は侯爵様の領地に送られ、詰込みで勉強をさせられた。男爵家の生まれで大した勉強もしていない8歳の子供に5か国語の語学、数学、歴史、植物学、美術史、弁論そして乗馬に楽器。朝の7時から夜の10時までぎっちりみっちりしごかれた。


 幸いなことに転生者の私にとって勉強はそんなに辛くはなかった。毎日侍女付き三食付きでお茶とお菓子まで付いて来る。男爵家とえらい違いである。これが止められようか。

 手先も器用で刺繍はできたが楽器は苦手だった。前世でも触ったことのないバイオリンをギーコギーコ鳴らしていたら侯爵夫人が離れに練習部屋を用意してくれた。やった離れだ。サボれると思ったが甘かった。

「エリザベス様。どちらにいらっしゃるのですか」そっと庭に出ようとしたら誰かに声をかけられる。四六時中誰かが見張っているのだ。



 王太子ルウェリンが偶に気まぐれに来る。グランビー侯爵家の領地は王都の隣で、馬車で半日だそう。彼が来た時は離れに二人っきりにしてくれて気を抜けた。


「ちゃんと勉強をしているか」そう聞くルウェリン殿下は広いソファに座って私を側に侍らせる。頭を撫でたり、膝の上に乗せたり、お菓子を食べさせたりする。ほとんどペットの扱いである。

「わたくし、疲れたのでございますの」

 何で侯爵家で勉強をしないといけないのか。

「グランビー侯爵は信用できる」

 侯爵は殆んど王宮にいる。侯爵夫人が時々領地を見て回る。病弱なご令嬢は修道院の病院で療養しているという話であったが、私が侯爵家に行く前にすでに儚くなられたらしい。旨いこと入れ替わってしまったのだ。


「本物はどちらに葬られたのでしょう」

「侯爵家の廟所に赤子として入れられたと聞いた」

「さようですか。そういや、私たちは一緒のお墓に入る筈だったけど、別々になったようですわね」

 前世一緒に死んだ時、一緒のお墓にと願った私たちの希望は叶えられなかった。殿下は王家の墓地に私は自殺した人が入る共同墓地に、そして私のお墓は荒らされバラバラにされた。


「何故だ、遺書にちゃんと書いたぞ」

「私も遺書に書きましたが、自殺者の墓に入れられられ何度か盗掘されたようですわ。骨もバラバラで……」

「アンナ!」

 いきなり抱き締められた。

「悪かった。もう二度とそのような事はさせない」

「いや、死んだ後ですからどうしようもないですよ」

「それでもだ」

 昏い目が余計に昏くなったような気がする。言わない方が良かったかな。

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