第2話 一緒に死んだ男に遭ってしまった
ところが、それから間もなくして男爵家に王家から呼び出しを受けた。両親と一緒に王宮に参上するようにと。どうしよう……。
いや、大丈夫、あいつはきっと覚えていない。もう関係ない赤の他人だわ。
私のなんの根拠もない勝手な思い込みは、両親と参上した王宮で、親と別々の部屋に呼ばれて、彼の第三執務室に通され、そこにあの男、王太子ルウェリンがソファに悠然と座っていて、ぶっ飛んだ。
「やあ、アンナ」
下がり眉で情けない顔の男がいる。10歳若返っているが間違いようもない。
「まさか下の妹のパーティに見知った顔がいるとはな」
最悪。どこかで聞いた声も通り、一緒に死んだ男だった。
「ゆっくり話そうか」
ダラダラダラダラ……。背中を汗が伝う。
彼の前のソファを指された。逃げようかと周りを見回すが入り口に護衛が二人、案内してきた従者たち、王太子ルウェリンの周りにいる近習と騎士、ついでに給仕の侍女二人がお茶の用意をしていた。
「う」逃げる隙間がない。
私は諦めて彼の前の椅子に恐る恐る座った。
ここは彼の第三執務室で大きなデスクに拳銃と髑髏。サーベルに獲物の山羊の首の剥製、何か分からないグロテスクな魔道具、フラスコに入っている謎の液体、相変わらずの厨二病全開部屋だ。ここに入ったことはない筈だがどこで見たのか。多分前々世で見たんだろうな。似た話を本で読んだしネットも見たし。
お茶の用意が終ると侍女二人は部屋から出て行く。取り巻きも近習も部屋を出て行った。護衛もいなくなって私とルウェリン殿下だけになった。
「な、な、何か御用でございましょうか」
「お前って男爵令嬢だったな」
「さ、さ、左様でございます」
「なーんも貴族っぽくねえし、できねえし」
「う、う、う、煩そうございます」
「まともに喋れねえでやんの」
くそう、こんな男を相手に何を遠慮することがあるものか。
「ほっといてよ、一体何なのよ。私を殺した癖に」
下がり眉の男に指を突きつけて言ってやった。
(今の私は二度死んだ女だ。なーんも怖いことはないんやーーー!!)
ああ、お父様、お母様、ごめんなさい。アンナは悪い子です。アンナの所為でお家が没落したらごめんなさい。一足お先にあの世に逝っています。
「大体、あんたなんか病気持ちで娼婦に振られた甲斐性なしじゃない」
「黙れ」
「もう会いたくなかったのよ、人殺し」
「黙れ、もう一回死にたいか」
「嫌よ、もう来ないわ。二度と呼ばないで」
私はソファから立ち上がって脱兎のごとく逃げた。いや逃げようとした。昏い目の男から。目が死んだ男から。しかし、男は素早く私の腕を掴んだ。
私は8歳の子供でドレスを着ていて、心と身体はアンバランスで上手く逃げられなかった。ジタバタする私を抱える男は私より10歳年上だ。もう18の大人だ。
大体、何の用か知らないが、こいつには婚約者がいる筈だ。他国の王女様だ。何て事だ。今回の私の役回りは逆断罪もしくは悪役令嬢が溺愛されて復讐されるヒロインの役だ。サイテー。今世もサイテーなのか。もういい。潔く死んでしまおう。
「おいアンナ、死んだふりすんな」
(チッ、騙されてくれないんでやんの)
こうなったらお目々ウルウル攻撃。
「だってぇ……」(くっ、無理──)
王太子ルウェリンは私を自分の側に座らせ、お茶とお菓子を引き寄せる。
「お前に聞きたい事がある。ゆっくりお茶でもしながら話そう」
「殺さない?」
「殺すつもりがあるならさっさと殺すだろ。大体お前みたいなのが俺の悪口を言っても誰が本気にするものか。気が触れたといって終わりだ」
全くもってその通りなのだけど。
何を聞く気だろう。何処まで喋ったらいいのかしら。私はそんな事を考えながらお茶を一口飲み、今日のお菓子のザッハトルテを見た。それはとても美味しそうに見えた。チョコレートは大好きだ。これを頂いてから死んでも罰は当たらないだろう。
王家のチョコレートケーキは物凄く美味しかった。濃厚なチョコと杏ジャムのケーキに添えた生クリームが、口の中で絶妙なハーモニーで蕩ける。今まで私が食べたチョコレートとは一体何だったのか。
「気に入ったようで何よりだ」
王子は私の皿にお代わりのケーキを乗せながら言う。
「頭を撃ち抜いたはずなのに気がついたら庭園にいた。おかしいよな。おまけに一緒に死んだ相手がいるし」
昏い顔の男が昏い声で言う。まるで生き返ったことに、巻き戻ったことに不満でもあるみたいに。
「それで、お前覚えているだけじゃないのな」
「はい?」
「外見は同じアンナだが中身が少し違う。死ぬ前に逃げようとしたし、何があった。さあ喋ってみろ。聞いてやる」
昏い目の男が唆す。
「俺だけだぞ、お前の荒唐無稽な法螺話を信じるのは」
そりゃあ、前々世とか死に戻ったとか言って、誰が信じてくれようか。
「私をもう殺さない?」
「ああ。今の所、俺には死ぬ理由がない」
言葉の意味がちょっと分からない。どうもアンナの頭はあまり良くないようだ。
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