童貞だけを殺すセーター

水下 心

童貞を殺すセーターの話

 先程まで俺と共に酒を飲みながら猥談をしていた友人が、泡を吹きながら事切れていた。

用を足していた数分の間の出来事である。彼の首元には、布のようなものが巻き付いていた。

それは、綿素材をストライプ状に編んだ、凶器であった。


 童貞を殺すセーター。通販で購入し、先程友人と共に開封したものだ。そして、友人はセーターの犠牲となった。

「くそっ、童貞だけを殺す機械かよ!」

かく言う俺も童貞であった。すなわち、このセーターの殺害対象である。俺は、友人のアパートから飛び出した。

 外に出た途端、友人の部屋の窓から黒い毛の塊が降ってきた。俺の背後を、布を擦るような音が追いかけてくる。追いつかれまいと必死に走る俺だが、アスファルトに布を引っかける音がすぐ傍まで迫っている。次の瞬間、足が絡まって転んだ。否、布が足を絡めとったのである。そのまま、袖口が転んだ俺の喉元に向かって伸びてきた。

「あ…ぅ…この……っ……」

100%綿で出来ているとは思えない力で、セーターは俺の首を締め付けてくる。真綿で首を絞められるのが、これほど苦しいものだとは!必死にセーターを剥がそうとするが、爪が綿を空しく引っ掻いただけだった。

 ブラックアウト寸前の俺の視界に、夜道を歩く女の姿が映った。しかし、助けを呼ぼうにも声が出ない。刹那、電光じみた閃きが、血の上った俺の頭を駆け抜けた。その手があったか!ふらつく体を抑えつけ、俺は女に向かって駆け出していた。


 目を覚ますと、俺は道ばたに寝転んでいた。酸欠で倒れて、そのまま朝を迎えてしまったようである。俺は、生き残った喜びで胸がいっぱいだった。どうやって俺は生還したのか。答えは単純である。

セーターが童貞を殺す前に、俺が童貞を殺してしまえば良い。あの時、たまたま通りかかった女を、無我夢中で強姦したのだ。童貞を殺すセーターは童貞しか殺せない。ならば、俺が童貞でなくなってしまえば良い。

命も助かったし童貞も捨てられたし、一石二鳥だな!そう思った直後、首が絞められる感覚があった。朦朧とする意識の中で気がついたが、どうも俺の首を絞めているのは女の腕であるらしい。

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童貞だけを殺すセーター 水下 心 @sasashita

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