第11話 君と一番の恋をする
冬休みが明けて、三学期に入った。
冬休み明けの学校なんて何回も経験してるけど、いつもと違うところが一つ。
それは……。
「おはようございます、麻里花先輩」
「お、おはよう、陸人くん」
人生初彼氏ができてしまったこと……しかも、年下。
「って陸人くん。もうお昼だけど」
「そうですね」
私たちはお昼ご飯を持って、食堂へと向かう。
冬休みが明けてからは週に一回、私は昼休みに陸人くんとお昼を食べることになった。
……いや、実は陸人くんだけじゃなくて。
「なーんで毎回このメンツでお昼を食べなきゃならーん」
「いや、確かに不思議だよね、まーほ……」
私の隣には陸人くん。目の前にはまーほ。そして斜め前に座っていた侑人は、今パンを買いに行っていた。
長いテーブルにはたくさんの集団が話しながら食事を取っている。
ではなぜ、ここのグループだけ兄弟姉妹の4人でいるんだろうか。
「俺だって、先輩と二人がよかったですよ。真由帆はまだしも、さすがに平日の昼くらい侑人と別々の食卓を囲みたかった」
「私は別にご飯食べられるなら誰でもいーけどさ、さすがに意味わかんない」
と外では軽く猫を被っているまーほもはっきり言っている。
「しかたないだろ、あいつが二人っきりじゃ無理だとか言うんだから」
「なにあんた、侑人先輩に弱みでも握られてんの?」
「まあ、二人とも……」
「お姉ちゃんはいいの?」
「私はいいよ。大勢のほうが楽しいし、侑人がそのほうがいいなら!」
と素直に答えると、まーほは微妙そうな顔をしてから陸人くんのほうを見た。
「だってよ、陸人。あんたも可哀相ね」
なんて意味深なことを言っていたけど、私にはよくわからない。
侑人にまだその気があるなら、応援したいと思う。まあ、諦めたりしないか、侑人のことだし。それがあいつだからね。
今までよりも陸人くんと一緒にいる機会が増えて、個人的にはうれしいんだけど。
そういえば、最近気になる話を聞いた。
「先輩に必死であのとき忘れてましたけど、俺先輩は侑人のことが好きだと思ってました。まあ実際はそんなことなかったですけど」
「そうだね〜。あっ、てか陸人くん! 私あれがファーストキスだったんだよ! あっさりと奪われてしまって……」
「ちなみに、俺のあれはセカンドキスですね」
「えっ、そっ、そうなの?」
陸人くんのファーストキスを奪った人がいるんだ……と思うと、ちょっと悲しい。
すると陸人くんはあの意地悪そうな笑みを浮かべた。
「嘘です。いや、ほんとかも。でも、俺のファーストキスは先輩。これはほんとです」
「うーんと、なにそれ。どういうこと?」
うまく理解できなくて、私は首を傾げる。
私は陸人くんの言葉の本当の意味をちゃんと理解するまでに、時間がかかりそうだ。
そういえば今まで下校はいつも一人だったんだけど、最近は陸人くんと一緒に帰ってる。部活の終わる時間もあんまり差がないし。
だけど登校は、陸人くんは朝練があるから一緒とはいかないんだけど。
でも、下校だけでも帰れるのはうれしい。“それだけで”なんて陸人くんは言うけれど、私にとっては毎日がご褒美みたいだ。
「……先輩、もう少し俺とのことも考えてくれませんか」
「え? 考えてるよ。楽しいなーとか」
下校中駅のホームでの何気ない会話。
私がそう答えると、陸人くんは微妙そうな顔をする。
あれ? なんか違ったかな。
「まあ、俺としてはうれしいですけど。そういうことじゃなくて、付き合ってるんだから呼び方変えるとかのことです」
「ああー、なるほど」
私は理解した……けど、疑問に思う。
恋人同士になったら、少しずつ関係を変えていかなきゃならないのかなって。
身近なところだと絵筆ちゃんと清くん。だけどあの二人のことは付き合う前から知っているけれど、特に変わったところはなかった。まああそこは幼なじみだから、参考にはならないかもしれないけど……。
「つまり、具体的には?」
「具体的には……名前を呼び捨てにするとか」
「陸人くんが、私のことを?」
「その逆もしかり、ですけど」
互いに呼び捨てにするなんて、ちょっと想像つかない。この呼び方が定着しちゃったからなあ、違和感があるかも。
だけど、陸人くんの意見はできるだけ受け入れたい。
「よし! 試しに私のこと呼び捨てにしてみて!」
「分かりました」
私はまだ知らなかった。その迫力がすごいことに。
陸人くんは私のほうを向く。
「……麻里花」
人生で何回も聞いてきた自分の名前のはずなのに、なぜか胸を甘く突いた。
「は、はひ」
「ふっ、そっちが敬語になってどうするんですか」
「あっ、ご、ごめんね。びっくりしちゃって。すごいどきどきした……」
あとついでに、顔も赤い気がする。
全身が熱くて、恥ずかしい気持ちだ。
隠すように頬を両手で包んで下を向く。
「先輩、かわいいです。いつもかわいいけど」
「り、りくとくん……!」
それ以上はやめてほしい。爆発してしまいそうだ。
「……先輩ってもしかして、というかやっぱり褒められ慣れてないですよね。かわいいとか言われるの」
「う、まあ、普段は言われるより言うほうが多いかも」
「じゃあこれからは、先輩が人を褒めた数よりも先輩のこと褒めるし、かわいいって言います」
「わ、分かりました……。……えっと、でも、どうして突然こんなこと言い出したの?」
疑問になって何気なく聞いてみると、ふいっと顔を逸らされた。
え、聞いちゃまずかったかな。
申し訳ない気持ちになって慌てて謝ろうと口を開こうとしたら。
「……侑人だけ」
「え?」
「……先輩、侑人のことだけ呼び捨てだから。真由帆のことですら呼び捨てじゃなくあだ名なのに……。なんか、嫌です。先輩にとって侑人のことが特別な感じがして。ほんとはそんなことないって、分かってるんですけど」
そ、それって。
もしかして……嫉妬?
なわけ、ないか……嫉妬なんてされた経験ないから勘違いするところだった。危ない。
私はポケットからスマホを取り出して時間を確認する。
「あ、陸人くん、もうすぐ電車来るよ!」
一瞬でも勘違いしたのが恥ずかしくなって、ごまかすように話題を変えたら。
優しい力でぎゅっと右腕を掴まれた。
びっくりして、スマホを膝の上に落とす。
「あ」
「先輩、分かってますか?」
「え」
「俺、侑人に妬いてるんです。どうせ、そんなことあるはずないとかって気付かないふりしてるんでしょうけど、忘れないでください。俺先輩のこと先輩が思ってるより好きなんですから」
「ふえ」
真正面からくらった甘い言葉に、変な声が出る。
触れられた部分が熱くて、感覚がない。
「返事は」
「は、はい」
「それでいいです」
陸人くんは満足したような笑みを浮かべて立ち上がり、私を引っ張った。
その拍子にバランスを崩してよろけてしまうと、ぎゅっと抱きしめるように受け止めてくれる。
「わ、陸人くん……っ!」
周りに誰もいなくてよかった。
心臓の鼓動は壊れそうなくらい速くて、ちょっと苦しいくらい。
そのとき電車がホームに入ってきた。
さすがに離してくれたけど、これが教室だったらどうなってたことか。
そろそろ本気で、しんでしまうかもしれない。
「麻里花、乙女の顔してるー。なーんか幸せオーラがにじみ出ちゃってるんですけど~」
絵筆ちゃんと奈央ちゃんと中庭でお昼を食べていると、奈央ちゃんが口を尖らせた。
し、しあわせオーラ!?
自分では自覚がないけど、出てるのかな?
「ほんとに麻里花ちゃん、幸せそう」
「そ、そうかな~」
「いいなーっ、私も恋したーいっ!」
と奈央ちゃんが叫びだしたので、数人の視線がこっちへ向く。
奈央ちゃんは、文化祭前に侑人に失恋したばかりだけど……。新しい恋を始められるくらいにはなったのかもしれない。奈央ちゃんも侑人のことを完全に吹っ切れた、のかな。
「といっても、身近にタイプの男なんていないし~」
「北島さん」
「うわっ」
奈央ちゃんが驚いたような声をあげる。
「―――と、麻里花に宮田さん」
「そ、奏太くん? なんでここに?」
目の前に現れたのは、なぜか奏太くん。と……。
「清が、宮田さんに会いたいって言って」
隣には、清くんの姿があった。もうすでに絵筆ちゃんと楽しそうに話しているけど。
「そうなんだ」
「早瀬、私のこと急に驚かせないでよ。びっくりしたじゃない」
奈央ちゃんは奏太くんを軽く指差して文句を言う。
だけど奏太くんはいつもの調子で「ごめんごめん」と軽く受け流していた。
あれ? この感じ、なんか見たことあるような。
「あっ、分かった!」
「え?」
ぽんと手を打ちながら言うと4人の視線が私へと集まり、絵筆ちゃんが不思議そうに首を傾げた。
「侑人って、奏太くんに似てるんだ!」
「はあ? 急に何言ってるの」
すぐさま奈央ちゃんのツッコミが入るけど、気にならないくらいには感動していた。
いやだってまさか、長らく疑問だった答えに、こんなタイミングで気が付くなんて……。
逆になんで今まで、気が付かなかったんだろう。
「物怖じしないところとか、好きなものに一直線でときどき周りが見えなくなるところとか! ……もしかして、そう思ってるのって私だけ?」
「磯田と奏太……いや、確かに似てるかもね。雰囲気とか、なんとなく」
「清くんもそう思うよね!? まあだからといってどうこうってわけじゃないんだけどさ~」
賛同してくれた清くんに共感のまなざしを向けながらも、私はそう言う。
そして二人が去っていったあと、奈央ちゃんがぽつりと呟いた。
「磯田くんと早瀬、似てるようで全然似てないわよ。それぞれに違った良いところがあるもの」
「へえ~、そうなんだ~」
私たちは奈央ちゃんにじと〜っとした視線を向ける。
「なっ、なによその目は!」
―――――奈央ちゃんが再び恋をする日も、そう遠くはないかもしれない。
春が来て、私たちは無事に進級することができた。
私ももう高校三年生。ついこの間小学校に入学したと思っていたのに、時の流れってずいぶんと早いよね。
始業式が終わって、私は空き教室で陸人くんと話していた。
「陸人くん! 進級おめでとう!」
「先輩進級ギリギリだったって真由帆から聞きましたけど」
「あっはは〜。なんのことかな~?」
はぐらかすと、疑うような視線を向けられる。
「俺、先輩と同学年になるとか嫌ですからね。まあ、仮に先輩が留年していたとしても、俺は好きでいますよ」
「陸人くんそれ矛盾してるし、私ちゃんと進級したからねっ! えっと、3年7組!」
「知ってます。先輩が侑人とまた同じクラスなのは癪ですけど」
と言いながら、陸人くんは口をとがらせる。
……もしかして。
よっし、ここはちゃんと、私からっ。
「大丈夫だよ。私が好きなのは、陸人くんだけだからね!」
目の前に座る陸人くんへ向かって私は笑いかけた。
そして、気持ちが伝わりますように―――と唇にキスを落とす。
顔を離すと、頬を赤く染めて口元に手の甲を当てる陸人くんが見えた。
そんな姿を初めて目にして、釣られて頬を熱くさせる。
「……先輩のせいで、心臓おかしくなりそうなんですけど」
と陸人くんが言ったとき、ガラッとドアが開いた。
「やっぱここにいたー。前に陸人が連れてきたのもここだったしね」
「まーほと侑人?」
現れたのは、まーほと侑人だった。二人が一緒なんて、ありえるようなありえないような。
「うわっ、河津桜めっちゃきれい! やっぱりここは寒いから4月に咲くんだなあ」
侑人が興奮した様子で窓の外を見る。
「お姉ちゃん探してる途中で、侑人先輩に会ったんだ」
「なるほどね~」
と相槌を打ちながら、私も桜を見ようかなと席を立った。
陸人くんと真由帆も一緒に、四人で並ぶ。
隣にいた陸人くんがさらりと手を繋いできたので、私は握り返した。
……そうだ。
「まーほはどうなの?」
と、こっそり耳打ちしてみる。
「まあ、考えている」
返ってきた返事に私は思わず微笑んだ。
あんなに恋に無頓着だったまーほだけど、少しずつ変わってきてるのかもしれない。
楽しいことだけじゃないから、一概に“恋をする”ことが良いことだとは言えないけど。
だけど自分じゃない自分に出会えたりするんだから、すごいよね。
初恋、何度目かの恋、失恋……。歳の差、幼なじみ、同級生。
恋の形は人の数だけきっとある。
なら私は陸人くんと―――君と、一番の恋をしていたい!
Fin.
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