第8話 白雪姫にはなれない
「売り上げ1位目指して、頑張ろう!」
おーっ! という掛け声とともに、クラスみんなで一斉に手を挙げる。
ついに、文化祭当日。
クラスみんなが衣装を身にまとい、教室の雰囲気も童話っぽくてバッチリ。協力して準備を頑張ったかいがあった。
料理のほうも結構上出来。料理班は裏仕事ってわけじゃなくて、調理がお客さんにも丸見えになっている。
童話の登場人物が料理してるって感じ。
ちなみに私は接客のほうなんだけど。
時刻は、9時。
「———では、等花高校文化祭。ただいまから、スタートです!」
文化祭実行委員長が放送で学校中にそう呼びかけた。
教室が一斉に騒がしくなる。
等花高校の文化祭は、今日と明日の2日間で行われ、明日の夕方からは後夜祭もある。
今日も明日も午後から吹部の公演があるから、そっちも頑張らないと。
「楽しみだね~、麻里花ちゃん」
ピンクのドレスを身にまとった眠り姫——絵筆ちゃんが隣に来る。
「うんっ! さいっこうのお祭りになりそ——けほっ」
「大丈夫? 麻里花ちゃん」
「う、うん。大丈夫だよ!」
実は、雨に降られたあの日から、ちょっと風邪気味なんだよね。でも文化祭の準備で忙しかったから病院行ってる暇もなくて。まあ、ほっといても治るかなって思ってたんだけど。
これから楽しい時間が始まるっていうのに、絵筆ちゃんには余計な心配させたくなくて私はにこっと笑った。
ま、大丈夫でしょ!
「お客様来店で~す!」
教室——いや、カフェ店内に受付の子の声が響く。
「よし、絵筆ちゃん! 頑張ろう!」
「うん!」
カフェは結構わりかし繁盛していて、午前中だけでも結構な売り上げになった。
時刻は12時。これから十分間の休憩という名のシフト交代があり、私は制服に着替える。
衣装は女子更衣室の衣装かけにかけて、私は楽器を持った。
2時から吹部の公演で、そのリハーサルが今からあるんだ。
私は途中で美葉ちゃんと合流して、一緒に音楽室へ向かう。
「にしても、人多いねー!」
「ほんと。去年よりも多い気がするわ」
人ごみをかき分けながら、私たちは2階へ通じる階段を下る。
どこの教室も盛り上がっていて、楽しそうな声が廊下中に響き渡っていた。
やっぱりお祭りって、わくわくして、元気になる!
そして、1日目の公演とシフトを無事に終え、翌日の2日目。
今日は、なんだか朝から頭がぼんやりしていた。
11月のはずなのに暑い気がするし、なによりのどの痛みが悪化している。
……まずい、かな。
そう思ったけど、今日ももちろんシフトや吹部の公演が入っているわけで。
咳はあんまり出てないし……これくらいなら大丈夫でしょ! たぶん!
私は気合を入れるように胸を叩き、それから白雪姫の衣装を着た。
更衣室を出ると、荷物を抱えてせっせと歩く人や友達と話している人、準備をしている人。いろんな人が廊下を行きかっている。
「……あ」
その中で一人の男子生徒と目が合い、思わず声を上げる。
男子生徒は立ち止まってから、こっちに近づいてきた。
「おはようございます。先輩」
「……おはよう、陸人くん」
なんとなく、恥ずかしくて視線を逸らす。
高鳴る心臓に、ほんのり熱くなる身体。こんなの小学生のときに、置いてきたはずなのに。
「……先輩。白雪姫、ですか?」
「あ、うん。童話風のカフェをやっててね。陸人くんは?」
ちらりと陸人くんの姿に視線を落とす。
まるでおとぎ話に出てくる騎士のような赤いビロードのマントに、腰に差さった作り物の剣。
……かっこいい。なんて、思ってしまう。
「ああ、うちは劇なんです。クラスのやつがオリジナルの台本書いて。俺は騎士役で、あと、真由帆は姫役で———」
話し声が、だんだんと遠くなっていく。
……やっぱり、まーほ、なんだ。
何の前触れもなく陸人くんからまーほの名前が出てきて、私の気持ちはしぼんでいく。
「———先輩」
「え?」
呼ばれて見上げると、陸人くんが優しく微笑んだ。
「……がんばりましょう」
「うん。そうだね」
バレないように、私はいつもの調子で力いっぱい笑い返してみる。
別れて、私は教室に向かう。
……そのとき、急に視界がちかちかと瞬いた。すると、目の奥のほうがぼんやり痛くなる。
思わず立ち止まって、壁に寄りかかった。
気のせい、だよね。
身体は強いほうだし。
私は自分にそう暗示をかけ、気合を入れた。
そして、文化祭2日目が始まった。
だけど、朝よりも体調が悪化してる気がする。
なんとかごまかしにごまかして1時間乗り切ったけど、さすがにこれから2時間は無理だ。
息が熱くて、確実に熱があるなと思っていた時。
するとちょうどいいところに、10分間の休憩が入った。
例年2日目は1日目より多くのお客さんが来るから、うちのクラスではスケジュールに休憩を組み込んだみたい。
仕事を終えて断りを入れてからその場を離れて廊下に出たとき、ある会話が耳に入ってきた。
「1年5組の劇、面白かったね~」
「それな〜、めっちゃきゅんきゅんした! 特に、姫と騎士のキスシーン!」
私は無意識に足を止め、重い身体を壁に預ける。
話しているのは、隣のクラスのお化け屋敷で順番待ちをしている女子生徒二人だった。
……姫と騎士って、まさか。
「そうそう、あの二人って、実は付き合ってるらしーよ」
「えっ、姫役の真由帆ちゃんと、騎士役の磯田くんが!? ほんとに?」
「マジマジ。誰かが、空き教室に二人っきりで密会してるの見たんだって〜。それに一緒に演技してたら、いやでも好きになっちゃうでしょ」
「それもそうか」
「てか、美男美女でめちゃくちゃお似合いじゃん!」
……美男美女。お似合い。そう、言われても仕方ないか。
私はなぜか、納得していた。
まーほが美少女で敵わないことなんて、ずっと前からわかってたこと。
才色兼備で、自由に生きてるのに自然と周りには人が集まってきて。
……劣等感なんて、もうないと思ってた。そんな言葉、もう忘れてたはずなのに。
私とまーほ、彼女にするならどっちって聞いたら、きっとみんながまーほを選ぶ。
それは、陸人くんだって。
なんの罰ゲームで、私を選ばなきゃならないんだろうか。
私は身体を立て直して、再び歩き出す。
すると、長いドレスに足が引っかかって、そのまま顔から倒れた。
痛みが全身に走る。
……こんなにきれいな衣装を着こなせず、無様に転んだ私なんて。
こんな、なにもない私に、王子様なんて来るはずない。
—————白雪姫には、なれない。
悲鳴が聞こえたところで、私の意識は途切れた。
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