第6話 間違った感情
再び侑人とまーほのデート尾行を再開させた私たちは、現在ショッピングモールに設置された映画館近くの店内にいた。
「そろそろたぶん、出てきますよ」
「……確認なんだけど、陸人くんが常々侑人に連絡してアドバイスするってことでいいんだよね?」
「それで、そのアドバイスに麻里花先輩にも協力してほしいってことです」
「なるほど、了解!」
「先輩、声大きいです」
「ご、ごめんなさい……はは」
笑ってごまかすと、陸人くんが呆れたように私を見下ろす。
その表情にちょっと複雑な気持ちになりながらも、ちょっとお店の外に出る。
すると、ちょうど侑人とまーほが映画館から出てきたところだった。
侑人はというと、緊張はしているみたいだけど得意というかなんというか、人を引き込ませるいい意味でのマシンガントークをしているみたいだった。
そして、それをクールに聞き流すまーほ。てかあれ絶対聞いてないでしょ。
まーほの脳は今確実に機能停止してるな、と思いながら二人の様子を見守る。
「このあとの予定は、カフェでお昼だっけ。12時前、ちょうどいい時間だね。私たちはその近くのお店でお昼にする?」
スマホの時計を確認して、陸人くんへ提案を持ちかける。
だけど返事はなくて、おかしいなあと思い後ろへ振り向いた。
すると陸人くんは意外にも私のすぐ後ろにいて、ちょっとびっくりしながらもその顔を見上げる。
あ、と私は思った。
陸人くんのその視線は、まっすぐ前を差していた。
先には、まーほと侑人の姿。
うまく見えないけど、二人を見てほほえましい、という感情ではなさそうだ。
……陸人くんは今、なにを思っているんだろう。
考えても仕方のないことなのに、想像してしまう。
まだまだ陸人くんについては、知らないことばかりだ。
「先輩」
「なに?陸人くん」
「昼飯、侑人たちと同じ店にしましょうか」
陸人くんの言動に、私は驚く。
だって同じ店って、それ絶対バレるよ!
侑人はともかく、まーほは鋭いし。
反論したら、「分かってます」とかいう落ち着いた返事が返ってきた。
「……分かってるけど、俺たちがするのは侑人のデートのサポート。近くにいなきゃ意味がないでしょ」
「いや、そうだけど……。うーん、まあ、バレないようにやってみるっきゃないか」
「はい」
早速陸人くんは私を追い越して、侑人たちとは別ルートでショッピングセンターを出ようとする。
私は慌てて、その背中を追いかけた。
なかなかにおしゃれな雰囲気のカフェで案内された席は、一番奥の二人席。
侑人によると、もうすぐカフェに着くらしい。
なんとか、先に入店できてよかった。
後からだと席に案内されてるときに絶対見つかっちゃう。
数分してから、まーほたちが入ってきた。
でも、二人が案内されたのは入り口近くの席。これじゃあむこうから姿は見えないけど、会話はもちろん聞こえない。
メニュー表を立てながらちらりとのぞき見する。
どうやら二人とも、頼むものを選んでいるみたいだ。
「あの、それ逆に怪しいんで止めてください」
「えー、探偵っぽくて面白いのにー」
「小学生ですか」
陸人くんが呆れてこっちを見てくるので、テーブルにメニューを置く。
「いいですか。俺たちはあくまでも客。ということでなにか頼みましょう」
「えっ、私も!」
私たちは店員さんを呼んで注文をする。私はグラタンで、陸人くんはチーズハンバーグ。
届いたお水を飲みながら、ちらりと向こうを確認してみる。
すると、まーほが席を立った。ドリンクバーか何かかな。
「あ、侑人からメッセージ来ました」
「えっ、なんて?」
陸人くんがスマホを私にも見えるように持つ。
表示されているのは、陸人くんと侑人のメッセージ履歴。
『すっごくいい感じ! 思ったより会話途切れてないし、これはあるかも!』
親指を立てた本のスタンプ(なんだそれ)とともにそう書かれていた。
陸人くんは無言で『よかったな』と打って送信する。
「なんか、順調みたいでよかったよ。相性案外いいのかもね」
「そうですね」
陸人くんはポケットにスマホをしまいながらそう返事をした。
馬鹿正直に何でも言う侑人のことだから、これはほんとにうまくいってるんだろう。
どうなるかと思ったけど、余計な心配だったかな。
「それで、ご飯食べたら街歩きだっけ。ずいぶんとざっくりしてるけど、これはそのまんまの意味なの?」
「一応、なんか“ガーデンフェスティバル”とかいうのに行くって言ってました。この近くでやってるみたいです」
「へぇ~」
スマホで検索してみると、年中いろんな植物が植えてある大きな公園みたいな施設のイベントらしきものが出てくる。
……あ、ほんとだ。“秋のガーデンフェスティバル”っていうのがついこの間からやっているみたい。画像はコスモスとかダリアとか、いっぱいあってきれいだ。
私たちはお昼を食べて、まーほたちがお店から出たのを確認してから席を立つ。
時刻は2時過ぎ。本当に高校生のデートにしてはこれでいいのかって時間だけど、まあ侑人がいいならこれでいいか。
それに、夜まで外で遊ぶっていう概念が侑人とまーほにはなさそうだし。
お店を出て、まーほたちを探す。あっ、いた。
ちょうど50mくらい先で、信号待ちしてる。
なんかしゃべってるっぽいし、気まずいとかの雰囲気ではなさそう。よかったよかった。
「目的地までは尾行することになってます。そこからは多分バレる確率が格段に上がると思うので」
「なるほど、了解!」
私は陸人くんを見上げて、ピースして見せた。
そして、私たちは順調にまーほたちを追っていった。
今のところ、バレることも見失うこともない。
しゃべることに緊張して手いっぱいなのか侑人からの連絡はなかったけど、二人ははたから見ても普通のカップルにしか見えないほど。
すごいよ侑人!!
陸人くんにそう言おうと隣を見たとき。
「先輩、店入っててください」
「えっ」
突然、陸人くんにすぐ隣にあったお店に押し込まれた。
え……なになに? どういうこと?
目の前で閉まる自動ドア。いらっしゃいませーという店員さんの声が聞こえた。
振り返ると、ここは服屋さんみたい。ますます意味が分からない。
とりあえず陸人くんの言う通り店内でじっとしながら外の様子をのぞく。
すると数秒後、右から四、五人くらいの集団が現れた。
男子高校生っぽいけど……。
「陸人ー」
一人が軽く手をあげる。結構はっきり聞こえた。
続いて、「おう」と陸人くんが返事をする。
え……もしかして、陸人くんの知り合い?
「こんなところで会うなんてなー。お前なにしてたんだ?」
「その辺ぶらついてた」
と、なんでもないように陸人くんは言った。まあ嘘、ではないけど。
「てことは暇なんだろ? 今から俺らカラオケ行く予定なんだけど、陸人も一緒に来ねー?」
「あーごめん。俺、用事あるから」
「えーなんだよ。……あ、もしかして女か?」
一人が陸人くんに詰め寄る。
……なんて答えるのかな。って思っていると。
「ちげーし。お前ら早く行って来いよ」
うっとうしそうに手をひらひらさせると、男の子たちは去っていった。
……まあ、そうだよね。っていうか、私なんでがっかりしてるんだろう。おかしい。
そういえば、私って陸人くんにとってどういう存在なんだろう。友達……とは違うかな。
知り合いからちょっとはランクアップしてると私としてはうれしいんだけど。あわよくば、仲のいい先輩後輩とか。
「すいません」
自動ドアが開いて、陸人くんが店内に入ってきた。
その様子はちょっと焦ってるみたいで。
私はううん、と言うように首を振った。
「とりあえず出ましょう」
「っ、ねえ、陸人くん」
私は、その背中へ思い切って話しかける。
だって、あまりにも突然だったからどういうことかわからない。
入口から少し離れたところで立ち止まり、陸人くんは言った。
「……あれは、まあ、同級生です。たまたまいたので」
「……うん、そうなんだ」
なんとなくそうかなとは思ってたけど。
……じゃあなんで、私のことを。
と尋ねようとすると。
「……勘違い、されたくないだろ」
ぼそっと、けど確かに、陸人くんはそう口にした。
喉元まで出かけていた言葉が、スッと消える。
……そうか、そう、だよね。私が一緒にいたら、勘違いされちゃうかもしれない。……陸人くんにとって、私との関係はバレちゃいけないものなんだ。
私たちは先輩後輩の関係にすらなれてないってことが、悲しかった。
告白もどきをされたときも思った。私たちは、所詮ビジネスなのかもしれないって。
「でも、こんなことして、すみません」
「う、ううん。気にしないでよ! 陸人くんには陸人くんの気持ちがあるもんね」
「……すみません」
気持ちを追い払って大きな声を出す。こうしていれば、全部押し込められる。
「だけど、まーほたちがどこにいったのか分からなくなっちゃったね。どうしようか」
辺りを見回してみるけど、本当にいない。完全に見失った。
どうしよう。というか、もう着いたのかな。侑人に連絡……してもたぶん気が付かないだろうし。
「まあ、とりあえずその『ガーデンフェスティバル』がやってるところに行ってみようか」
「……すみません。ありがとうございます。分かりました」
申し訳ないと思っているのか、このあと歩いている途中も陸人くんはずっとこんな感じだった。
全然気にしてない……といったらうそになるけど、そんなに落ち込まなくても、私は大丈夫だよって伝えたい。
でもさすがにそんなこと言えないので、だまって歩くことにした。
まーほたちを探しながらなにげない道の角を曲がろうとすると。
突然、斜め前を歩いていた陸人くんが立ち止まった。
「……先輩、帰りましょう」
「え、どうしたの? 陸人くん」
そんなに急に気が変わることなんてあるだろうか、と思いそう尋ねる。
だけど、陸人くんはなんとも言えないような顔で大丈夫ですと言うだけ。
大丈夫、ではないよね。なにかあったのかな。
「ねえ、りくとく……」
「行きましょう」
無理矢理言いくるめられて、手首を握られた。
そのまま、来た道へ引っ張られていく。
抵抗せずに私はついていった。
そのとき、私は息を呑んだ。
……陸人くんの中の私はきっと、何が起きたのかって混乱してるはず。
だけど、一瞬見てしまった。
角を曲がった先で、まーほの肩を侑人が支えていたのを。
言い逃れはできない距離。
……これは、二人の関係がうまくいってるってことだから、喜ばしいことのはずなのに。
なんで、陸人くんは避けたんだろう。
その問いの答えは、案外すぐにわかった。
……陸人くんが、まーほを好きだから……?
それなら、今までの不審な言動や行動に全部納得がいく。
……ときどき元気がなかったのは、まーほと侑人がデートをするから。
ショッピングモールでじっとまーほを見ていたのは、好きだから。
さっきの「勘違いされたくない」っていう発言は、自分はまーほのことが好きだから私との関係を誤解されて、からかわれたりするのが嫌だったから。
……そして、今こうやってあの場を離れているのは。
……ショックを受けたから、なのかな。
ならなんで、まーほと侑人のデートを尾行しようなんて私に持ちかけてきたんだろう。
兄である侑人にお願いされて、断れなかったから?
……陸人くん、教えて。
前を歩く背中に心の中で話しかけても、もちろん返事は返ってこなかった。
『麻里花、今日は本当にありがとう。陸人にもお礼を言っておいたよ』
『そっか。よかったよ!』
ベッドに座り、気持ちとは裏腹に元気なメッセージを送る。
あの後のことは知らないけど、侑人の文面からするにかなりうまくいったみたい。
これから先は分からないけど、今日で感覚をつかんだ侑人はなんだかんだ頑張ってまーほにアプローチしていくのかな。それをまーほがどう受け取るのかも、分からないけど。
……問題は、陸人くんのこと。
かなりの高確率でまーほのことが……好き、だよね。
あれだけ証拠が出そろってるんだから、好きじゃないって言われても嘘なんじゃないかって思うくらいだ。
私はそのままベッドに倒れる。
どうしよう。侑人も陸人くんもまーほが好き。兄弟だけど、まさか好きな女の子のタイプまで似てるとは。
陸人くんに関しては、まだ確信じゃないけど……。
もし仮に二人がまーほのこと好きだとして、私はどっちか一人を応援することなんてできない。
でも、もしまーほが磯田兄弟のどちらかと付き合うんなら、侑人か陸人くんの中の一人は、諦めなきゃならない。
……二人が幸せになる方法って、ないのかな。
というか、まーほもまーほだ。兄弟二人をいっぺんに虜にするなんて。
……まあ、姉のひいき目なしにしてもあれだけ可愛くて勉強も運動も完璧なんだもんね。好きになっちゃうのも仕方ないか。
姉としては、妹が人から嫌われてるよりは全然いいけど。
しばらくぼーっとしていると、右手に握ったスマホがとつぜん震えた。
何だろうと思い見てみると、誰かからの着信。
相手を確認すると、絵筆ちゃんだ。
出ると、絵筆ちゃんのすすり泣く声が聞こえてきた。
そして。
『麻里花ちゃんどうしよう!清くんと喧嘩しちゃったよ!!』
電話越しにそう叫んできたのだ。
「え、清くんと喧嘩!?」
びっくりして、私は思わず起き上がった。
だって、清くんと絵筆ちゃんが喧嘩なんて信じられない。
二人ともおだやかで優しいし、喧嘩なんて一番無縁そうなのに。
だけど私はとりあえず、絵筆ちゃんの話を聞くことにした。
「喧嘩したの?清くんと」
「うん……」
ずずっと鼻をすする音が聞こえ、泣くなんて結構な喧嘩なんだと察する。
「……あのね、なんか、清くんかっこいいねって言ったら、絵筆ちゃんこそかわいいよって言ってくれて」
……ん?? あれ、喧嘩の話なんだよね?
入りが完全に惚気なので思わず疑ってしまう。
「……それで、私清くんのこと大好きなんだけど。清くんは私よりも大好きだって」
「え???」
……もしかして、これって。
「……それで、言い争いになっちゃって……」
どうしよう、麻里花ちゃ〜んとその場にいたら抱き着いてきそうな声で言った。
う、う〜ん、絵筆ちゃんには申し訳ないけど、どっちが大好きかで喧嘩するカップルなんて今時いるんだ......って感じだ。
でも、喧嘩した事実は変わらないわけだけど。
「ねえ絵筆ちゃん。清くんと仲直り出来るように私、協力するよ!」
「……え、ほんとに?」
「うん! 二人にはいつまでも仲良くしていてほしいしね」
「うっ、ありがとう麻里花ちゃん。ごめんね、迷惑かけちゃって」
「ううん! お互い様だから、気にしないで!」
私はガッツポーズをする。絵筆ちゃんが悲しむのはどんな理由であってもいやだ。だから、出来ることがあるならやりたい。
とりあえず、磯田兄弟のことは後で考えよう。
再びベッドに寝転がって、くわしく話を聞くため、聞きやすいようスマホをスピーカーモードにした。
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