第5話 そんな関係
テストが終わると、本格的に文化祭の準備が始まった。
今年のうちのクラスは、童話をモチーフにしたカフェ。
みんなでいろんな童話の登場人物の衣装を着てもてなすんだ。
モチーフのキャラクターはくじ引きで決まるんだけど、なんと私は白雪姫になってしまった。
正直白雪姫とは縁遠い気もするけど、まあ仕方ない。
ちなみに絵筆ちゃんは眠り姫。絶対かわいいこと間違いなし。
奈央ちゃんはたしか不思議の国のアリスに出てくるハートの女王だった気がするけど、想像は……まあつくかな〜。あはは。
踏まれたい男子続出だ。
吹奏楽部の練習は佳境に入ってきていて、毎日リハーサルみたいに合奏している。
美葉ちゃんも私も毎日へとへとだけど、なんとか本番は成功させたい。
絵筆ちゃんは美術部として出展する絵を頑張って描いているし、奈央ちゃんはダンス部の発表練習で忙しい。
なんだかんだ休む暇なんてないまま、十月が半分終わろうとしていたときだった。
【侑人が、真由帆のことデートに誘えました】
放課後、陸人くんから一通のメッセージが届いた。
いつのまにかに。侑人のことだからもっと時間かかると思ってたのに早いなあ。
というか、まず接点をどう作ったんだろうか。学年すら違うのに。
……まさか、正攻法で告白したとか?
まあ、ありえないか。一般人だってそんなの……。
「告白しました」
「……え?」
「だから、侑人が告白したんですよ。真由帆に」
「……え?」
「正確には、告白もどきって感じですけど」
帰りの駅までの道のりを陸人くんと歩いていたところ。
その口から、衝撃的な言葉が突然告げられた。
いや、だって、こ……え!?
侑人にしてはというよりかは、人としてすごい。最強鋼メンタルの持ち主か。
「告白もどきって、なんて言ったの?」
「たしか、“前から君のこと見てて、よかったら俺と出かけませんか”だったような気がします」
「え、陸人くん聞いてたの?」
「聞いてたっていうか、まあー……」
微妙な返事だったけど、絶対聞いてたな、この反応は。
まーほもまーほで、よくオッケーしたな。こういうの絶対断りそうなのに。
駅についたので、ICをかざして改札を通る。
実は今日、詳しく話をするために陸人くんには吹部の活動の終わる最終下校の18時半まで待たせてしまっていた。
適当に暇つぶししてますよ、とかメールでは言ってたけど、バスケ部の終わった後の約一時間もの空白の潰し方を私は知らない。
勉強でもしてたのかな、と思う。
だけど申し訳ない気持ちは変わらないので、お詫びに今日はイエスマンでいようと決めていた。
「それで、そのデートのことなんですけど」
「ああうん、どうしたの?」
そういえば、尾行するって話だったよね。
正直そこまでするのって大変なんじゃないかと思うけど、陸人くんはやるって言っていた。
それほどに陸人くんは侑人のことが好きなのか、それともなにか侑人に弱みでもにぎられてるのかは分からないけど。
今日の私はイエスマン。どんなことだってオッケーする準備は出来ている。
ホームの空いている席に並んで座ると、陸人くんが一呼吸置いた。
「俺たちも、デートしませんか」
…………ん??
———デート当日。
部活が忙しくて最近侑人とは全く話せていないし、まーほには家でそれとなく聞いたけど、全然情報は手に入らなかった。
だから、今どうなってるのかとかまったくわからないんだけど。
でも、今日の午前9時。確かにまーほが朝家を出ていくのを確認した。
“お出かけ”にしてはずいぶんとラフな格好だったけど。
そういうの意外に疎いからな〜、まーほは。
『俺たちも、デートしませんか』
ふと、あのときの陸人くんの言葉が脳内再生される。
びっくりしちゃったけど、デートをするっていうよりかはデート風を装うってことらしい。
陸人くんは、思わせぶりな発言が多い。
初めて会ったときの「俺と、付き合ってくれませんか」だって、直接は聞いてないけどきっと“作戦に俺と付き合ってくれませんか”とかだろうし。
忘れたわけではない。でも、聞くのはなんだかちょっと尻込みする。だから適当に解釈してるんだけど。
というか私、後輩男子にもてあそばれてるんじゃないか。そうやってからかわれて、反応を楽しまれているんじゃないかと思う。
私はちょっとふくれながら、ショルダーバッグを肩にかけた。
“デート”なんて言われてしまったら、少しは見かけに意識はしてしまう。
「よし、これでいいかな!」
やっぱり、声を出すと気持ちが上がってくる。
時間を確認してから、私はベッドから立ち上がった。
どんな服にしたらいいかわからなくて、ネットの情報に頼って手持ちから私なりに頑張って選んだコーデ。
生地が薄目の白いニットに茶色いチェックのロングスカート。今日は気温が低そうだからグレーのカーディガンを羽織った。
似合っているかどうかは別として、家着がメンズサイズの大きなTシャツ一枚の私にしては頑張ったほうじゃないかな。
陸人くんによると、今日の予定は【映画→カフェでお昼→街歩き】らしい。
いや、中学生カップルのデートかな!?というほど健全すぎるプラン。
しかもその映画の内容は、天才数学者の半生を描いたドキュメンタリー。
人を選びそうな映画だな……。というかチョイスが頭おかしい。
まーほが選んだらしいけど、あの人のことだから上映中の作品から目をつむって指をさしたやつとかに違いない。
侑人は喜びそうな内容だけど。
時刻は9時半。私は鍵を閉めて家を出た。
今日はお母さんは友達と出かけてるし、お父さんは親戚で集まりがあるとかで朝早く家を出て行った。
娘は先輩男子とデートで、もう一人の娘は妹のデートの尾行……。
それも、妹と同級生の後輩男子と。
よく考えてみれば、とんでもない状況だ。
いや、よく考えちゃだめなんだよね。
これは、侑人が最後までドジなくデートを終えられるようにするためにやること。
まあ、この先二人の関係が続くとか進展するとかいうのは置いておいて……。
まーほの気持ちだってあるし。
それに……奈央ちゃん。最近あんまり話せてないけど、侑人のことを好きなのは今でも変わらないと思う。
奈央ちゃんのことを思うと心苦しくなるけど……。正直、奈央ちゃんも侑人も大切な友達だし、どっちかだけを応援なんてことは出来ない。
でも、頼まれたことなら全力でやりたいんだ。
私が、役に立てるなら。
「りーくとくーん!」
待ち合わせの最寄り駅で陸人くんの姿を見つけ、歩きながら名前を呼んで大きく手を振る。
改札近くで寄りかかっていた陸人くんは、スマホをポケットにしまってこっちに歩いてきた。
私服の陸人くんって、なんだか新鮮。
「先輩相変わらず声大きいですね。おはようございます」
「おはよう、陸人くん!」
なんか今余計な事言われた気がするけど、まあいいや。
申し訳ないからと断ったのに、わざわざ一駅乗ってきてくれたんだ。
「侑人たちは、一本前のに乗ったんだよね」
「はい」
頷く姿を横目に、私は電車の時刻掲示板を見る。
次の電車は10分後。田舎クオリティなのでそんなもんだ。
「先にホーム入る?」
「……そうですね」
今、一瞬間があった気がするけど、気のせいかな。
もしかして体調が悪いとか?
顔色は別に悪くなさそうだけど。
そういえば、屋上に閉じ込められたときも似たような感じだった。
なにか、あるのかな。
でも、陸人くんが言わないってことはそういうことだし、私は変に気にしないことにした。
午前中の休日だけど自由に座れるくらいには席が空いていたので、二人で横並びに座る。
……というか、近い! 距離が!
陸人くんって仮にもイケメンなわけだし、こんなに近くて意識しない女の子っているのだろうか。
少し火照った顔を覚ますように、窓の外から晴れた空を眺める。
だけど本当に、天気が良くてよかった。傘を差していたら、せっかくのデートなのに縮まる距離も縮まらなくなっちゃうもんね。
侑人、ちゃんとまーほと会話できてるかな〜。まあ、そこはまーほがリードしてくれてそうだけど。
「先輩、心配ですか」
「え?なにが?」
今まで沈黙だったのに、急に話しかけられるとちょっとどきっとする。
だからなのか衝動的にそう答えてしまったけど、すぐに気づいた。
「ああ、あの二人のことだよね。いや、それしかないのに、変なこと言ってごめんね!」
「いえ。でも、あの人たちのことは気になりますけど。だからそのために、こうやって今先輩と尾行を始めようとしてるんじゃないですか」
「あ、はい。すみません!」
「電車内は声が控えめですね」
「そりゃ私だって、常識くらいはあるよー」
そう言い返すと、陸人くんが控えめに笑う。
さっきまでどきどきしてたのに、いい意味でいつもの調子になってきている。
よかった。ちゃんと尾行できそう。
……いや、本来尾行ってしちゃいけないんだけどね……。
まあ、そこは許してください。
電車が目的地に着いたので、私たちはホームに降りた。
学校や家の最寄り駅と違って、格段に広い。この辺はショッピングモールとかお店屋さんも充実していて、まさに出かけるにはもってこいの場所。
時刻は10時過ぎ。まーほたちはそろそろ映画館のあるショッピングモールに着いた頃かな。
映画が始まるのが11時だから、結構まだ時間はあるみたい。
「陸人くん、私たちはどうしようか」
「そうですねー。まあ、高校生なんで、高校生らしいこと、しましょうか」
「……で、高校生らしいことをする場所が、ここ?」
連れてこられたのは、まさかの公園。
けっこう大きな施設で、植えられている大木の紅葉がきれいだ。
「高校生で秋といえば、もみじ狩りですよね。……っていうとんちんかんな麻里花先輩のまねしてみたんですけど、どうですか」
「なんだそれー。全然似てないよー、しかも私、とんちかんかんじゃないからね! まあ、紅葉狩りには賛成だけど」
真顔で陸人くんがそんなことを言うので、ちょっと気を張って言い返してみる。
陸人くんは答えるようにいたずらっぽい笑みを浮かべたかと思えば、近くにあるベンチに腰掛けた。
私も、その隣に距離を開けて座る。
「それにしても、本当にきれいだね。紅葉。真っ赤で、青い空によく映えるっていうか」
今日は柔らかな風が吹いているからか、紅葉が舞ってゆらゆらとゆっくりと落ちていくのが一種の芸術みたい。
なんてね、はは。
いいな〜、お弁当でも持ってくればよかったかも。ピクニックみたいにして。
って、本来の目的を忘れるところだった。そんなことするために来たんじゃないよ、私たち。
頭を振って考えを追っ払っていると、ふいに可愛らしいワゴン車が目に入った。
ゆっくりと近づいてきて、公園の大きな広場の入り口近くに止まる。
微かに見えるのは、“クレープ”の文字。お店屋さん……かな?
「……食べます?」
「え?」
じっと見ていたのがバレたのか、陸人くんが話しかけてくる。
「せっかくだし、食べようかなー」
「じゃあ俺、買ってきますけど」
軽く言ったつもりだったのに、陸人くんは立ち上がって私を見る。
いやいや、パシリにするなんてさすがに申し訳ない。
そう伝えると、「付き合ってくれたお礼なんで」と言った。
「飲み物買ってくるついでとでも思ってくれればいいです」
「そう? なら、頼んでもいい?」
「はい」
ここまで言ってくれてるのに断るのもなんだか申し訳ないと思い、財布から千円札を取り出して手渡す。
「なににしますか」
「じゃあ、お店の一番おすすめ!」
「分かりました」
寒そうに上着のポケットへ手を入れながら歩く陸人くんを見送った。
その背中は意外にも大きくて、ちょっとどきっとしてしまう。
まあ、ふとしたときに優しくされたときとかの感覚に近いほどに軽いものだけどね。
そして、待っている間に紅葉の写真でも撮ろうかと思い、肩にかけていたカバンに手を伸ばしたときだった。
「ねえ、そこのおねーちゃん」
「え?」
不意にそんな声がすぐそばで聞こえ、思わず周りを見渡す。
あれ、今明らかにナンパみたいな声かけが聞こえた気がするんだけど。
でもそれらしき姿は見当たらず、不思議に思っていると。
「おい、無視してんじゃねーよ」
その瞬間右腕をぐいっと強い力でひっぱられ、前のめりになる。
距離五センチちょっと先に現れたのは、まん丸でツリ目ぎみの瞳にキリっとした眉毛。
ナンパにしては……違うような?
な、なんだこれ。
いや、離れればいいんだろうけど、びっくりして身体が動かない。
「なあ、そこのガキ」
いつもより低めだけど、すぐに陸人くんの声だって分かった。
というか、今ガキって言わなかった?
「……何だよ、お前」
首を動かして陸人くんのほうを見ると、クレープ片手になんとも言えないような苦い顔をしていた。
「俺のねーちゃんに手、出さないでくんない? ほら、離して」
それはさらりと離され、あっさりと私は解放される。
ちょっとずつ状況を飲み込んできた私は、右手首を無意識にさすりながらもとの体制に戻った。
だんだんと広がった視界の中で、私は1人の人を捕らえる。
それは、ちょっと幼い顔つきの小6くらいの男の子だった。
違和感の正体って、これか。
「ばーか」
男の子はそう小さく言い放つと、公園の出口へ向かってかけて行った。
……なんだったんだ、今の。
「先輩、どうぞ」
「あ、ありがとう……」
何事もなかったかのように陸人くんは私の隣に座り、クレープを手渡してきた。
「おつり、後でもいいですか」
「あ、うん。分かった」
手元には、中が見えないくらい大量に乗ったマシュマロクレープが一つ。
甘党じゃない人なら、見てるだけで胸焼けしそうな見た目だ。
「陸人くん」
「なんですか」
ひゅうっと冷たい風が吹き、思わず肩をすくめる。
「あれってさ、ナンパ……だよね」
「……はい」
「小学生ぽかったよね」
「はい」
「陸人くん、飲み物買ってないよね」
「はい。……あ」
陸人くんは、しまった、というように口元に手を当てた。
「もしかして陸人くん、もともと買うつもりなかった、とかじゃないよね?」
「……どうでしょうか」
「どうでしょうか、じゃないよ~」
そんな調子の陸人くんに少し呆れながらも、申し訳なく感じる。
だって、ほんとにパシリにさせちゃったわけだし。
でもこれは、たぶん陸人くんの優しさなんだろうけど。
「てか、そんなことより先輩手首大丈夫ですか。ちょっと赤くなってますよ」
「……あ、ほんとだ」
思い返してみれば、けっこう強かったような。小学生でも男の子ってあれだけ力があるんだな。
「でも、これくらい全然平気だよ。まーほの飛び蹴りよりかは痛くないし」
私は心配させているのがなんだかまたまた申し訳なくて、気にせずに一口目をほおばった。
「う~ん、おいしい~!」
カラフルで小粒のマシュマロの甘さが口いっぱいに広がってたまらない。
奥に生クリームとか入っているんだろうけど、とにかくマシュマロが多くてそこまでたどり着かないや。
しかしあっという間に食べ終えてしまい、包み紙を畳んでいるとき。
「……先輩がナンパされた相手が小学生って、真由帆に言ってもいいですか」
「え? ……いや、だめに決まってるよ!」
「それは残念ですね」
「残念じゃないよー。まーほに言ったら、絶対からかわれるよ」
私が立ち上がると、陸人くんも腰をあげる。
異性の後輩とこんなふうに軽口たたきあえる関係になるなんて、正直想像もしていなかった。
でもまあ原因は侑人と、陸人くんによる高いコミュニケーション力にあるんだろうけど。
そんなことを考えながら、私は陸人くんと公園を出た。
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