第3話 初恋の君
陸人くんに初めてあったあの日からちょうど一週間後のお昼休み。
また私は陸人くんに屋上へ呼び出されていた。
今度は、侑人も一緒に。
「そもそもお前」
「学校では一応俺は先輩なんだけど」
「別にいいだろ」
目の前には、言い争う男子生徒が二人。
なんだこれ。
陸人くんは、呆れたようにハアとため息をついた。
「どうせお前のことだから話したことないんだろうと思ってたけど、まさか真由帆が侑人のこと知らないとはな」
「だから、陸人が計画してくれたんだろ。デート」
……ん? で、でーと??
侑人から、私の細胞もびっくりな言葉が飛び出してきて、思わず目が点になる。
今、デートって言った?
なにかの聞き間違いかな。
「それが人に物を頼む態度かよ」
「……うるさい」
え、なにこの二人、家ではいっつもこんな感じなのかな。
というか、この空気は!? 私がいるんですけど。ここ磯田家じゃないけど!
なんて言葉が脳裏をよぎりながら、風で膨らんだ髪を右手で押さえる。
「ねえ、デートってなんのこと?」
私がそう問えば、言い争っていた侑人と陸人くんがこっちへ振り向いた。
すると、陸人くんが不思議そうな顔をする。
「あれ、言ってなかったですか。たしかメッセージ送ったはずなのに」
え、メッセージ?
そんなもの送られてたっけ。
陸人くんがポケットからスマホを取り出したので、私もスマホを確認してみる。
一週間前に交換したばかりの連絡先をタップして履歴を見てみるけど、そんなものはない。というかなにもやり取りしていないので画面がきれいだ。
そういえば今日呼び出されたのだって、侑人を経由してだったし。
「あ」
「え、どうしたの?」
陸人くんが短く声を上げたので近づいてスマホを覗き込む。
メッセージを打ち込む欄には、なにか書いてある。
「……たぶん、書くだけ書いてそのまま寝落ちでもしたんじゃないですか」
「なんでそんな他人事なんだよ」
侑人がそうツッコむと、陸人くんは一瞬頭を悩ませるようなそぶりをする。
数秒後、意を決したように頷いてこちらを見た。
「麻里花先輩」
「え、あ、はい!」
ちょっと真剣な空気に押されてピシッと姿勢を正す。
「侑人が真由帆とのデートに誘い次第、麻里花先輩には俺と二人で侑人たちの尾行してもらいます」
「え、ん??」
陸人くんはなぜか少し意地悪そうな笑みを浮かべた。
「協力してもらえますか?」
「あんた、ほんとにまーほを誘えるんですかー」
「うっ。てか、おっきな声で言うなよ」
屋上のすぐ近くに教室のある陸人くんとは別れ、教室までの道のりを二人で歩く。
あのあと陸人くんがしてくれた説明によれば私は、デート中に侑人がヘマしないように陸人くんと様子を見守っていればいいらしい。
「でも、もうすぐ中間テストだし誘うならそのあとになるでしょ」
「あっ、中間テスト……」
さらっと侑人の口から放たれたその言葉に、私は肩を落とす。
そういえば、今日は金曜日。この土日が明けたらもうテスト二週間前になる。
歩く電子辞書と言われるほど頭のいい侑人とは違い、勉強があんまり得意ではない私。赤点回避だけは絶対にしなければ。
私は心でひそかにそう誓った。
図書室に行くという侑人とは途中で別れて教室に帰ってくると、私の席に一人の女の子が座っていた。
でも、誰かと話している様子でもなく。
私は女の子から少し目を逸らした。
「麻里花、待ってたよ」
「ま、待ってたじゃないよ~」
女の子は私を見るなりにっこりと笑う。
だけど、それが逆に怖さを引き立てている。
「ねえ麻里花、ここに座って」
「はい、すみません」
私はその雰囲気に圧倒され、無意識に謝りながら自分の席の隣に座る。
もちろん、そこは侑人の席ではない。
「ねえ麻里花ちゃん」
「は、はい」
「磯田くんと、どこに行ってたの?」
100人いれば1000人がきれいだと頷く顔。誰もが二度見するスタイルの良さ。
どこからどう見てみても美人なクラスメイト—————
いやいや、目は全然笑ってないけど!?
「用事があって……。侑人の弟に、二人で呼ばれてました……」
私が途切れ途切れにそうつぶやくと、奈央ちゃんは三つ編みのハーフアップの長い髪を揺らしながら満足そうに頷いた。
「はい、よく言えました」
「よく言えたってなに~」
軽いツッコミはさらりとなかったかのように流される。
—————そう、こののとおり、奈央ちゃんは“磯田くん”のことが好き……っていうか、追っかけ。
でもその“磯田くん”はイケメン弟ではなく、ヘタレ兄のほう。
追っかけよりも、ほぼストーカーに近いけど。
うわさによると、奈央ちゃんはどっかの会社の社長の親戚らしい。
そんな、美人で男なんて選び放題の奈央ちゃんが、なんでヘタレでちょっと理屈っぽくて頭が固くて冗談も真に受けそうなバカ真面目を好きなのかが私には理解しがたいけど。
しかし、そんなんでも私が侑人とよく話をするのは事実なので、奈央ちゃんには目を付けられているのだ。
でもまあ、クラスメイトの中じゃ絵筆ちゃんの次くらいには話す頻度が高い。
そんな私たちの記念すべき初めての会話が、死にそうな笑顔をした奈央ちゃんの「佐藤さんって、磯田くんと付き合ってるの?」から始まったことはちょっと、いやだいぶ気がかりなんだけど。
「そもそも奈央ちゃん。私は侑人のこと好きじゃないんだよ?」
「もちろん分かってるけど、可能性は潰しておきたいじゃない」
さらりと本人を前にして「潰しておきたい」だなんて言ってのける奈央ちゃん。
この精神の強さは、見習うべきなのかもしれない。
「聞いたことなかったけど、奈央ちゃんはなんで侑人なの?」
好みがあるのは仕方ないけど、一応気になったので。と心の中で付け足しておく。
すると、奈央ちゃんは当たり前のように言った。
「好きだからに決まってるじゃない」
「いや、そういうことじゃなくて、好きになった理由だよ。一目惚れしたーとかさ」
私は予想外の回答にがくっと肩を落としながら、より分かりやすいように説明する。
「う〜ん、理由ねぇ。それこそに一目惚れに近かったかもしれないわね」
若干首を傾げながらそう言う奈央ちゃんに、私はへ〜と頷いた。
「一年の初秋の、放課後だったと思うわ。たまたま部活で遅くなったとき、教室に戻る途中にテニスコートの前を通りかかったの。そしたら、磯田くんが誰もいなく外も暗い中必死に素振りをしてて。……それで、そんな真剣な姿がかっこいいなって思ったの」
そう語る表情は、まさに恋する乙女だった。
「……でも今年は同じクラスなれたからこれから仲良くなろうと思ってたのに、磯田くんのよく周りをうろついているのがいてさ」
一瞬私をじろりとにらみつけたかと思えば、すぐに優しく笑った。
「まあ、私は私なりに頑張るし」
「それってストーキング?」
「な、違うから!あれは決してストーキングなんかじゃないの!」
「自覚はあるんだ~」
「麻里花のいじわる!」と言って可愛く頬を膨らませる奈央ちゃん。
こんなんやられたら、世の男子はイチコロだろうな。
私も胸打たれちゃう。
「さむっ」
突然、奈央ちゃんが腕をさすりながらそうつぶやいた。
どうやら、誰かが扇風機を付けたみたい。
「大丈夫?」
「私、カーディガン取ってくる。ごめん、麻里花」
「ううん。いってらっしゃい」
私は教室を出ていく奈央ちゃんを見送ってから、自分の席へ移動した。
そういえばもう秋だなあと、ふと思う。
夏休み明けてからって、なんだかんだ時の流れが早い気がする。
教室の窓が開いて、秋の風が入ってきた。
半袖でいられるのも、あと少し。
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