第10話

「忘れ物ない? 本当にない? もう一回確認しなさい」


 高校受験に向かうわたしに、ママがしつこくいってくる。さすがにわたしだって、受験に忘れ物はしない。


「大丈夫だって。もう何回も確認した」


 そうイキっていた時期が、わたしにもありました。


 受験会場の席に座り、筆箱を開けて中身を確認。

 そしてわたしは愕然とする。


(け、消しゴムわすれたーっ!)


 ど、どうしよう!? 消しゴムないの、さすがにまずいよね!

 ど、ど、どうしよーッ!


 あわあわなっているわたしの右隣の席から、


「どうかしました?」


 男の子が声をかけてくれた。

 

「け、消しゴム、忘れた、み、みたい」


 慌てるわたしに彼は、黙って自分の新品っぽい消しゴムを半分に割り、


「どうぞ、ちょうど余ってましたから」


 それは冗談? よくわからなかったけど、その半分差し出した。


「いいの?」


「もちろん。受験、頑張りましょうね。お隣同志、一緒に合格できればいいですね」


 消しゴムを受け取り、


「ありがとう」


 そういったわたしに彼は笑顔をくれて、それ以降は口を閉じて集中したような顔になった。


 それがわたしと、来栖くんとの出会いだった。


     ◇


「おはよう、来栖くん」


 朝、教室に入るとすぐ、右側の席に座った来栖くん挨拶をする。


 わたしの挨拶に嬉しそうな顔をする彼に、わたしも嬉しくなる。

 彼は、なんというか優しい人だ。かっこいいとか美男子とか、そういうのではないけれど、落ち着いた賢い雰囲気で、なんだか安心できる人。


 高校入試の日、消しゴムを忘れて慌ててたわたしに気がついてくれたのは、隣の席の彼だけだった。


 入学式の日。友達っぽい男子と会話している彼を見つけて、話かけようかどうか迷って、迷っているうちに式が始まってしまった。

 だけど自分の教室に入ると彼の姿があって、それに席が隣で、こんな偶然あるの!? って、嬉しくて、ドキドキして、


「また、おとなりですね」

 

 声をかけるのに、随分と躊躇ちゅうちょしちゃったくらいだ。


 後になって、「もっといいかたあったでしょ」って思った。

 わたしが彼を覚えているのは当然だけど、彼もわたしを覚えているかどうか、そんなのわからなかったのに。


 だけど彼もわたしを覚えてくれていたようで、


「う、うん」


 答えてくれたのはそれだけだったけど、目元が優しくなったのがわかった。


 彼の名前は、来栖守矢くん。この辺りでは一番偏差値の高い私立中学から来たらしい。

 普通の公立中出身の、必死で勉強してなんとかこの学校に合格できたわたしとは、頭の出来が違うみたい。

 同級生にしては落ちいついた雰囲気の人だし、精神年齢が高いのかも。


 来栖くんに女の子の友達はいないみたいだったけど、クラスでもクラス外でも、男の子の友達は何人かいるようだった。

 ひとりでいるときもあるけど、孤独な感じではない。人あたりはいいし、面倒みもいいし、誰にでも優しく丁寧に接している。


 彼はすぐに、『気になる男子』になった。

 好きっていえるかわからないけど、つい動きを目で追っちゃうとか、なにしているか気になっちゃうとか、それとなく声が聞こえてきちゃうとか、そんな感じの。


 来栖くんと塾が同じになったのも、偶然。

 これだけ偶然が重なると、なんだか『特別』を感じてしまうのは女の子ならわかってもらえるだろう。


 そんなある日。

 この前、塾の講義中にお腹が鳴ってしまったから、登校時に家の冷蔵庫から持ってきたお菓子を、講義前にお腹に入れた。

 それから20分ほど後。


(な、なんだろう……? お腹、痛い。生理の痛みじゃない。さっき食べたお菓子、なんか変な味したけど、それ!?)


 わたしが朝、冷蔵庫からくすねたお菓子は賞味期限が3日前に過ぎていて、さらに要冷蔵だったとは。

 そんなの、気づきもしなかった!

 その後、お腹の具合は一時的に落ち着いたけれど、最終的にはとんでもないことに。


 くすねる前に確認しなよ、ですか?

 あ、はい。そうですね。そう考える人もいるでしょうね。うちのママみたいに。


「なんであなたは、いっつもこうなの! 女の子なのよ! 外でおもらしってまたなの、いったい何歳なの! 幼稚園入り直すの!? オムツ買ってきましょうか!」


 こうですよね? わかっています。ママにいわれたので。


 ですが、そのおもらしのおかげで、わたしと来栖くんの距離は近づきました。そう思わないと耐えられない、あまりに恥ずかしくて……。


 わたしの彼への「気になる」は、はっきりと「好き」になって、スマホで交換するメッセージにハートマークをつけるようにも。

 アピールです、アピール。


 そのアピールが彼に届いているかはまったくわかりませんでしたけど、わたしはハートマークをつける時には、


「好き♡ 届いて、お願いっ」


 心の中でそう祈りながら、スマホを操作しました。


 季節は夏へ。そして、秋から冬。

 わたしたちの距離はさらに近づいて、友人からは「カレン、来栖くんと付き合ってるの?」なんて聞かれるほどに♡


「ど、どうかなー?」


 とぼけてみせると、


「なんだ、付き合ってないんだ。わかってると思うけど、来栖くんって結構モテるよ? かっこよくはないけどさ、優しくて穏やかで頭いいから、狙ってる子多いからね」


「ウ、ウソ!」


「ウソじゃないよ。カレンだって狙ってるんでしょ? あからさまじゃん」


「そ、それは、まぁ……そう、だけ……ど」


 だって、わたしたちには『特別』があるから。

 わたし、他の子とは違うから。


 でもそれは、わたしが勝手に思いこみたいだけの、ただの幻想。


「来栖くんって、わたしのことどう思ってるんだろう? わたしたちって、どう見えてる?」


「難しいね。彼、誰にでも優しいし、カレンだけが特別ってわけじゃないもん。あたしだってカレンが彼女ヅラしてるから、もしかして付き合ってるのかなって思っただけだし」


「わ、わたし彼女ヅラしてる!?」


「してるよー。付き合ってないなら、気をつけないとね。知らないところで恨み買ってるかも。刺されるよ?」


 なんか、モヤモヤする。

 彼がモテるのはわかる。ステキな人だから。


「そんな怖い顔してないで。冗談だって、刺されないよ」


 刺されるのを気にしたわけじゃないけど、


「う、うん……そうじゃなくて、もっと積極的になった方がいいかな」


「ふーん、本気なんだ?」


「本気、だよ。本気なの」


「そう……だったら、なった方がいいかもね。恋愛は、早い者勝ちだからね」


 もうすぐクリスマス。

 絶好のチャンスだ。


「クリスマスの予定、聞いてみる。もし空いてたら、わたし……頑張るから」


「ん、だね。頑張れ」


「……で、どう頑張ればいいかな!?」


 わたしの質問に友人は、


「うーん……今年のクリスマスケーキはわたしです。とっても甘い夜にしてください、とか?」


 なにそれステキ!


 目を輝かせたわたしに、


「冗談だから、そんな古臭いこといっちゃダメだからね。ねぇ、聞いてる? ホントやめなよー」


 その声は聞こえていなかった。



〜Fin〜



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あなた、「うんこタグ」をクリックしてここに辿たどきましたね?

未来視みらいし魔眼まがんを持つ私にはえていましたとも!


最後の「第10.5話」は10話に入る内容として書いたのですが、「これ、大丈夫なのかな? カクヨム的に」と思った部分なので、別枠にしました。汚いシーンなので、読むのが嫌な人もいるでしょうし。

うんこ漏らした可憐が公園のトイレにこもっていたときの、可憐目線の話です。


【小糸 こはく】2024.09.10

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