第8話

 学校でもそれ以外でも、僕は白野花さんといる時間が長くなった。

 というより、彼女が僕に近寄ってくることが多くなった。


 教室で昼食をご一緒したり、時間が合えば一緒に下校。

 休日だって、彼女は朝からメッセージを送ってくれたし、ときにはデートみたいに外で会ってお話ししたりした。


 僕にとっては幸せで、でも心苦しい日々が続き、季節は冬に。期末試験も終わり、まちは目前に迫ったクリスマス一色。彼女も、


「来栖くん、クリスマスの予定はある? わたしはないよー」


 なんて、聞きようによっては誘われてるようなことをいったりして、僕をドキドキさせてからかってくる。


「寒いねー。雪降らないかなー」


 今日は塾の日じゃないけど、用事があって二人で塾に寄ってから、くらげ公園のベンチに座っていた。


 ここ、彼女にとっては嫌な記憶があると思うんだけど、ときどき来たがるんだよな。なんでだろ。


「なに? なにかついてる?」


 隣に座った白野花さんが、横顔を見つめてくる。その露骨な視線に気がつかないほど、僕も鈍感じゃない。 


「な、なんでも、ない……です」


 トイレの方をチラ見する彼女。

 あぁ、心配しているのか、アレを。


「大丈夫だよ。誰にも話してないし、話さないから」


 そういえば僕の彼女に対する口調、ずぶん親しげになったよな。なんだか嬉しい。


 だけど僕の言葉に、彼女はぽかーんとしたお顔を見せる。

 あれ? なんかミスったか。


「白野花さんが僕の近くにいてくれるのって、あのことを誰かに話さないか心配で、見張ってるのかと思ってたんだけど……」


 違うのか? それしか考えられなかったんだけど。


 僕たちの間で、空気が急速に凍るような感覚がした。そして見てるこっちがゾッとするような、ショックを受けた顔をする白野花さん。

 妹が中学受験に失敗したときと同じような、目から光が消え、絶望と怒りと諦めが混ざり合ったお顔だ。


「……は?」


 底冷えするような、ドスの効いた声。白野花さんが発したとは思えない、恐ろしいものだった。


「……そ、そう……ですか」


 ギリッと、彼女が響かせる歯ぎしりの音。


「そうですよね! そうです、そうです、そうですよ! えぇ、そうです、見張ってたんです! 秘密をバラされて人生終了になったら困りますもんねッ!」


 立ち上がった彼女が、僕を見下ろして激昂する。

 この人、こんな激しい声が出せるのか。ビックリした。

 それに、


「ご、ごめん。泣かないで」


 こんな、悲しい顔で泣くのか。


「泣いてないですけど! な、泣いてなんかないですッ!」


 鼻水まで垂らして、えずくように訴える彼女。僕、相当やばいこといったらしい。


 と、急に。

 

『原因はあんただ。鈍感男子、かっこ悪い』


 勅使河原先輩の声が、頭の中で響いた。


 うそ……だろ。

 だって、白野花さんが僕を……?


「ごめん、その涙が鈍感な僕のせいなら、謝らせてください」


 そんなことがあるのか? 想像もしなかった。


「泣いてないっていってるでしょ! バカッ」


 上げられた彼女の拳が振り下ろされ、それが僕の頭の上で止まる。


「ひっ、ひぐっ……うっ、うぅ……」


 瞼と唇がぎゅっと閉じられたお顔を、涙がべちょべちょに濡らして滴っていく。


 さすがに、わかってしまった。

 僕がどれだけ鈍感で、かっこ悪かったのか。


「白野……」


「うるさいッ! バカッ」


 両手で顔を覆い、過呼吸になりそうなほどむせび泣く彼女。

 なにをいおうと、聞いてもらえそうにない。


 僕はスマホを操作して、彼女にメッセージを送信する。

 送ったのは、たくさんのハートマークだけ。これまで、彼女が僕に送ってくれたのと同じ数のハートマーク。


「メッセージ送った。見て、もらえますか」


 しばらくの間、彼女は動かなかった。でも、逃げもしなかった。

 そしてスマホを取り出して、メッセージを確認してくれたようだった。


「97個」


 説明しないとわからないだろうから。


「これまで白野花さんが、僕に送ってくれたハートマークの数です」


 彼女は濡れた目元を手のこうで拭って、だけどすぐに、新たな涙で頬を濡らしていく。


「白野花さんから届くメッセージにハートが付いていると、ドキドキして心臓がぎゅーってなった。勘違いしないようにって、自分にいい聞かせてた。こんなのただの記号だって。

 でも、数えるのをやめられなかった。うれしくて、幸せで、ずっと数えてたんだ」


 彼女はしゃくり上げながら、


「ひっく……と、とどいて……た? グスッ……やっ、やっと、とどいた……の?」


「うん、届いたよ。届いてたけど、僕が鈍感だったから、気がつくの遅れちゃった。ごめん」


 ハートマークだぞ? そんなの、友達に送るわけないだろ。


 僕は立ち上がって、彼女の正面に。

 僕が半歩近づくと、彼女は一歩近づいた。

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