第7話

「昨日はいやな気分にさせて、ごめんなさいでした!」


 きれいな髪をさらっと下に流し、頭を下げる白野花さん。


「いやな気分? そんな気分になってないけど」


 むしろドキドキして興奮してた。さすがに、それはいえない。


「そ、そう? だって……くさかった、でしょ? きたなかった……でしょ」


 どう答えるの正解なんだろう。これが妹なら、「今さら、お前の臭いを気にする兄だと思うのか」でいいけど、


「気にしないでもらえる方が、助かるんだけど。なんで、そんなに気にするの?」


「だ、だって……気になる、もん」


 気になるのか。僕が誰かに話さないか、気になるんだろうな。

 妹に話したかどうか、気にしてたみたいだし。


「全然、不快じゃなかったよ。むしろ、かわいいなって思った」


「わ、わたしのあれ、かわいいって思ったの!?」


 やばい、誤解を生む表現だったか? でも、素直に「興奮した」とはいえないでしょ。そんなの変態だ。


「白野花さんは、名前通り可憐かれんですてきな人だから、なにをしてもかわいいよ。許せちゃう? えっと……僕はってことだけど」


 僕は不快に感じなかったけど、他の人がどう思うかはわからないから。確かに、特殊な状況だったしな。

 僕だって妹がおもらししてたら、


「クサ! キモ! なにやってんのお前ッ」


 ってなるだろうし。

 白野花さんだからドキドキした。僕にとってはそんな、『特別な状況』だったのかも。


「いいかたが変だったね、ごめん。白野花さんに、汚いところはないよ。全部きれいです。お顔もかわいいけど、僕が一番きれいだなって思うのは髪かな。そこまできれいに整えるの、手入れが大変でしょ? あっ、ごめん、話逸れたね。さっきもいったけど、気にしないでもらえると助かるんだけど。安心してください」


 誰にも話しません。むしろ、僕と白野花さんだけの秘密にしたいです。

 なんだ? 白野花さん、顔をうつ向けて肩をフルフルさせてる。


「どうしたの?」


「な、なんでもにゃいっ!」


 なんでもにゃいって顔じゃないけど。すごい勢いで前髪をなでつけてるし、目も泳いでて耳まで真っ赤だ。


「暗くなってくるね、そろそろ帰らないと。駅まで送らせてくれる?」


 この話は、これで終わりにしてほしい。


「は、はい! お、おにぇがい、い、いた、いたしまっしゅっ!」


 彼女、やっぱりなんか変だ。今日も体調が良くないのかな。


 僕は自転車通学をしているから、カゴに白野花さんの通学カバンを乗せた自転車を押しながら、学校最寄り駅まで彼女を送った。

 その間、僕たちに会話はなかった。


 ただ、500mほどを並んで歩いた。

 それだけで、僕はとても楽しかったしうれしかった。


 駅に着き、残念だけどお別れの時間。

 すると彼女は深呼吸をして、


「来栖くん、また明日ね!」


 大きな声でいった。


「うん、また明日」


 明日は土曜日だけど、彼女とは塾で会うことになるだろうから「また明日」だ。


「あ、あとで、メッセージ送っていい……ですか?」


「いつでも気にしないで送ってくれればいいよ。すぐに返信できるかわからないけど、ちゃんと読むし、もらえたらうれしい」


「うっ、れしい……ですか?」


「うれしいよ。かわいい女の子からメッセージもらえるなんて、うれしいよ」


 僕、自分でもわかるほど自然と笑顔になってる。

 本当はかわいい女の子からじゃなくて、白野花さんからもらえるのがうれしい。そう伝えたかったけど、気持ち悪がられると嫌だしいえなかった。


 その日、彼女から届いた最初のメッセージは、


『家につきました』


 だった。


 つぎに、


『今夜はシチューです。野菜を切るのを手伝いました』


 そして、


『学校の課題終わりました』


 だったけど、これ、なんの報告だ?

 僕としては、『おかえりなさい』『うちはカレーみたいです。材料は似てますね』『頑張りましたね』と返したけど、それが正解かはわからない。

 女の子とこんな他愛ないメッセージを送り合うなんて、初めてだから。


 午後11時ちょうど。


『今日はこれで最後にします。おやすみなさい♡』


 最後のハートマークに、心臓が跳ねた。


 意味はないと思う。思おうとしてしまう。

 調子にのるな。自分にいい聞かせる。


『おやすみなさい』


 そう送ろうとして、ひとつ付け加えた。


『おやすみなさい。また明日』


 と。


 これくらいは、許してもらいたかった。

 明日会えることが待ち遠しいと、わかってもらえなくてもいい……そう、伝えたかったんだ。

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