第4話

 トイレの床にははっきりと、白野花さんの痕跡こんせきが残っていた。そしてにおいも充満じゅうまんしている。

 なんというか、めっちゃドキドキした。


(女の子のって、あんまりくさくないんだな。いや。妹が入ったあとのトイレは臭いから、女の子じゃなくて白野花さんがなんだろうけど)


 なんか僕、また変態的なことを考えてる。

 ダメだ。これは深く考えちゃダメなやつだ。彼女の痕跡を見ないように、できるだけ息をしないようにして、


 コンコン


「白野花さん、いる?」


 トイレのドアをノックすると、内側からもコンコンとノック音。


「ごめん、遅くなって。タオルとか着替え持ってきたから、置いておくね。僕、外で誰もトイレに行かないように見張ってるから」


 トイレを出て、公園の入り口付近に移動する。


 待つこと……結構かかるな。

 20分は経過したころ、彼女がトイレから出てきた。


 僕が近づくと、


「そこでストップ!」


 5mくらい離れたところで静止させられた。


「この服、誰の?」


「妹。サイズ大丈夫? 着れてる?」


「妹さんに、話したの?」


 白野花さんが、口をへの字に曲げて不安そうな顔をする。

 

「女の子の友達が、ジュースこぼして困ってるって話した」


 彼女は表情をゆるめて、


「それで、貸してくれたの? 下着も?」


 再び確認。


「うん、そうだけど。なんで? あっ、下着は新品だっていってたから、安心して」


「新品なのはわかったけど。仲いいんだね、妹さんと」


「そうかな、普通じゃない?」


「わたしなら、貸さないかも。だってあやしいもん」


 あやしい?


「ごめん、よくわからない」


「そう……なんだ。ううん、ありがと。助かりました」


「そう? お役に立てたならよかった」


 なんとなく距離を詰めようと足を動かすと、後ろに下がられた。


「ご、ごめんなさい。わたし、におう……でしょ?」


 そうか。においを気にしてるんだ。


「僕こそごめん、気にならなかったから」


 いわれるまで気がつかなかった。

 トイレの中ですら、不快に思わなかったから。


「そう……かな?」


 彼女は頭を左右に動かしながら、自分の匂いを嗅いでいるような動きをした。


「やっぱり、近づかないでほしい。恥ずかしい……」


「うん。わかった。これからどうする? 僕の家近いから、なにか必要なものがあるなら持ってくるけど」


 妹がいうように、お風呂を進めた方がいいのか? 迷っていると彼女は首を横に振って、


「ママに電話して、迎えに来てもらう。恥ずかしいけど、どうしようもないから……」


 お母さんのこと、ママって呼んでるんだ? 新しく彼女のことが知れて、なんだか嬉しくなった。


「そうだね。それがいいと思うよ」


 それ以外、方法がないだろうし。


「トイレに汚れたままの、置いてあるから……そ、そのままじゃないけど! ついてたのはトイレットペーパーでとってできるだけ流したし、拭けるはふいたし……でも、靴まで汚れちゃってた、から……これじゃ、電車乗れない……もん」


 そういわれて初めて気がついた。彼女は裸足すあしだった。


「ごめん、靴と靴下まで気がまわらなかった」


「なにいってるの? そこまで気がまわってたら、むしろ変だよ。あやしーって思っちゃうかも」


 また、あやしいだ。

 なんか疑われてる?


「ううん……ごめんなさい。ありがとう、来栖くるすくん」


 そして彼女は電話を始めた。お母さんにだろう。

 僕は公園の入り口に移動して、トイレに入る人がいないか見張る。どうせいないだろうけど、念のために。


 お母さんが車で迎えに来てくれたのは、それから15分後くらいだった。

 僕は白野花さんが、お母さんに軽く頭をぺしっと叩かれてるのを確認してから、通りすがりを演じてそのまま帰宅した。


 その夜は、お風呂に入った後も彼女の香りが身体中に残っているようで、ドキドキして寝つけなかった。


(どうしよう? 僕、本当に変態かもしれない)


 彼女のあの匂いが、とてもいい香りに思えてきちゃっていた。

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