第2話

 塾を出て150mほどだろうか。たいして時間は経ってない。駅までの道のりを、半分ほど来たくらいだ。


「トイレ、いき……たい」


 しらはなさんが脚を止めて、お腹を押さえる。


 トイレ行きたい。女の子が男子にそうつげるのは、相当切羽詰まってる証拠だ。

 普通いわないだろうし、僕だって妹以外にいわれたのは初めて。


「カバン持つよ」


「う、うん……ありが、と」


 僕は、彼女の肩の通学カバンを引きうける。結構重いな。


 ここから一番近いトイレとなると、コンビニのを借りることになるけど、それはそれで嫌だろう。以前妹が、コンビニのトイレを嫌がっていた。

 理由はわからないけど、「恥ずかしいでしょ!」らしい。なので女の子は、コンビニのトイレが恥ずかしいという印象がある。


 じゃあ駅から少し離れるけど、公園のトイレか?

 この近くの『くらげ公園』と呼ばれている児童公園には、トイレがある。


「トイレなら、少し戻って……ほらあそこ、あのビルの裏、公園なんだ。そこまで歩ける?」


 僕の指差す方を彼女は見て、


「だい、じょうぶ……」


 うなずいてくれた。


「うん。じゃあ少し戻ろ。つらいなら、僕の腕につかまってね」


「……いい、の?」


「もちろん。お役に立てるならうれしい」


 僕が右肩に二人分のカバンを引っ掛けると、彼女が空いた左腕にもたれかかってきた。


(柔らかくて、いい匂いがする……)


 白野花さんが苦しんているのに、僕、なんでドキドキしてるんだ。


「歩ける?」


 一歩進むと、彼女も足を進めてくれたけど、


 ぷぴぃーっ、ぶすっ、ぷっ、ぷぴぷぴいぃいいぃ~っ


 同時にすごい音もした。


「……ごっ、ごめんなさい!」


 正直、胸が苦しくなるほどドキッとした。

 でも、


「なに? なんのこと?」


 ごまかせてはないだろうけど、これ以外に言葉がない。

 僕だって、女の子はオナラをしないとは思ってない。家で妹が、プープーさせているから。


 無言で、ゆっくりと足を進める。白野花さんも無言で、ゆっくり足を進めてくれた。

 ときおり「ぷぴっ」と、かわいいとも思ってしまう音が溢れていたけど、それは聞こえないものとして扱った。


(やばい……かわいすぎるんだけど)


 僕は変態なんだろうか。女の子のオナラにドキドキするなんて。

 でも妹のは本当にムカつくから、する人によるのだろう。


 音を出さないように深呼吸して、心を落ち着かせる。

 この辺りは地元だから、土地勘はある。向かっているくらげ公園だって、子どもの頃は友達や妹と毎日のように遊んだ場所だ。


「もう少しだから。少し休む?」


 首を横にふる白野花さん。僕は足を止めることなく、ゆっくりと進む。


 そして、多少時間はかかったけど、無事公園に到着。

 そこは暗く、数本の街灯が照らしているだけ。子どもが遊ぶ時間じゃないから、誰の姿もない。


 トイレは入り口のすぐそば。あと10mほど。その距離を、足を引きずるようにして進む白野花さんをささえて移動する。


 そしてやっと、公園のトイレに到着。内部の電灯は生きていて、それなりに明るくはあった。

 このトイレ、個室は男女共有でひとつしかない。小さな児童公園だし、そんなものだろうけど。


「きれいじゃなくて、ごめんね」


 女の子を案内するにしては、清潔感がない。昔は掃除もされてたんだけど、最近は公園全体が薄汚れてきたというか、古くなってきている。

 今は習い事で忙しく、公園で遊ぶ子どもが少ないらしい。だから公園の手入れの優先度が下がってるって聞いた。今は手間をかけるのは、子どもより老人のことが優先なんだって。

 

 でも、間に合ってよかった。人目がある場所で最悪の展開になったらとヒヤヒヤしたよ。

 だけど白野花さんが、


「あ、ありがと……」


 僕から離れ、個室のドアノブに手を伸ばした瞬間。


 ぶりゅうぅっ! ぶりぶぶぅっ! ぶりゅっ、ぶりぶりゅぶちゃぶちゅぅ~っ!


「いっ、いやぁっ! 見ないでえぇーっ!」


 トイレ中が、彼女の声と香りで満たされた。

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