その涙が、鈍感な僕のせいなら

小糸 こはく

第1話


 しらはなれんさんは、名前の通り色白でかわいらしい人だ。

 名は体を表すっていうけれど、そういうこともあるんだなって思う。


 毛先が腰にまで届きそうな、艶やかでまっすぐな黒髪。

 こんなに長くてキレイな髪なら手入れが大変だろうと思うのは、髪の手入れに四苦八苦している妹を見ているからだろう。


「おはよう、来栖くるすくん」


 朝の教室。左側の席に座ったしらはなさんが挨拶あいさつをくれる。


「おはよう、しらはなさん」


 僕が挨拶を返すと、彼女は笑顔をくれた。

 かわいいなー。朝からテンション上がる。


 白野花さんとは受験のときに席が隣で、クラスでも隣の席になった。

 偶然だろうけど、こうして挨拶を交わせるくらいに親しくなれたは、そのおかけだ。


 入学式が終わり、自分のクラスに移動して席に着いたとき、


「また、おとなりですね」


 声をかけてくれたのは、白野花さんからだった。


「う、うん」


 彼女はとても美人さんで、当然僕は受験の日のことを覚えていたけれど、彼女も僕を覚えてくれているとは思っていなかった。

 だから不意打ちの挨拶にドキッとして、ちゃんと言葉を返せなかった。


「よろしくね。わたし、白野花可憐です。あなたは?」


「来栖、来栖くるす守矢もりや。よろしく、白野花さん」


 さらに白野花さんとは、高校から通い始めた塾でも同じになった。


「来栖くんもここなの? ここの先生、評判いいもんね。わたしも、運良く入れてよかった。入塾倍率高かったらしいよ?」


 それは知らなかった。その評判がいいらしい先生が母さんの妹、僕にとっては叔母さんだから、「親戚割引で安く済む」と親に無理矢理放りこまれただけだったから。


 そんな偶然が重なり、「学校で一番親しい女子は、白野花可憐さん」といえるくらいの関係になれた。

 友達? そういえたら嬉しいけど、どうなんだろう?

 僕、女の子の友達はいないから、よくわかんないや。


     ◇


 水曜日の夕方から夜にかけては、塾の時間だ。

 塾は少人数制で、僕と白野花さんを含めクラスには6人の生徒がいる。

 だけどあとの4人は別の高校の人たちで、学校が同じだからだろう、いつの間にか塾でも僕の左隣が白野花さんの指定席になった。


(どうしたのかな……?)


 塾での講義が進んでいく。だけど僕は、すぐ左隣に座る彼女が気になって、講義に集中できないでいた。


(白野花さん、なんだか顔色がよくない)


 ときおり顔をしかめるような感じで、なんだか調子が悪そうに見える。


 だけど女の子には、周期的に機嫌が悪くり、凶暴になり、わがままになる期間がくる。僕は男だけど、妹がいるからわかっている。

 そういうものだと理解してしまえば、どうということはない。時期が過ぎれば元に戻るから、そこまでほっておけばいい。


 いいはず、なんだだけど……。


 講義が終わると、彼女の表情は穏やかになっていた。

 よかった、少し良くなったのかも。


「白野花さん、駅まで送るよ」


 僕の家は塾の近所で徒歩で5分くらいだけど、彼女の家は2駅先になるらしい。

 時間は午後8時30分。遅すぎる時間じゃない。塾の日はお母さんが最寄駅に迎えに来てくれるというけれど、ここから駅まで彼女をひとりにするのは心配だ。

 駅までの道には、暗い場所もあるから。


 僕はこれまでにも彼女を駅まで送ったことがあるし、そう提案したけど、


「今日はいいよー」


 断られてしまった。


「なにか、用事でもあるの?」


「そ、そんなことない……けど」


 彼女のなんだか困ったような顔をして、


「いつも送ってもらうの、悪いなって……」


「ごめん、迷惑だった?」


「え!? ち、違うよ、ぜんぜん迷惑じゃない! うれしい……よ? わ、わたしも女子だし、男子に気をつかってもらえるの、うれしいけど……」


 その言葉にウソはなさそうだった。少なくとも、妹がウソをついているときに見せる動きや表情は、彼女になかった。


 うれしい。そういってもらえるのは、僕の方がうれしい。

 だから、少し勇気を出して、


「僕が、送りたい……んだ、けど」


 彼女は一瞬驚いた顔をしてから、これまで見たことのない、うれしさを堪えているような、ニヤニヤした感じの顔をした。

 なにその顔。とてもかわいいですね。


「ふーん」


 僕の顔を覗きこんでくる彼女。

 これが妹なら、僕の考えを読み取ろうとしているんだなとわかるけど、彼女がどういう意図なのかはわからない。


「な、なに?」


「なんでもー。ありがと。じゃあ、お願いします」


 これ、本当に迷惑じゃないんだよな?

 よくわからない。白野花さんの笑顔は、うれしい形。妹の表情ならそういいきれるんだけど、彼女は妹じゃないから。


「じゃ、いこ?」


 カバンを肩に、教室を出る彼女。僕はその背中を追って、すぐ横に並んだ。

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