第47話 しあわせのちょこれーと開発①
研究室にはカカオ豆の麻袋と魔工具が並んでいた。
シャルの頬は赤くなっている。
これから始まる研究が楽しみだったから。
それに八重歯で快活なネル・アルジェ、おっとりしたクラリッサ・フローリス、幼馴染のセシリア・ハインリッヒ、エイラ先生も協力してくれるから。
ネルが八重歯を見せて言った。
「わぁ、すごいね! これ全部チョコレートを作る魔工具?」
「そ、そうっ! カーターに作ってもらったっ! 鍛冶科のカーター! いいやつで、できるやつだっ!」
大きな胸が好きだけど、と心の中で付け加える。
言わないだけの配慮はシャルも持ち合わせていた。
「シャルロッテ様~どの魔工具で何をするのか、教えていただけますか~?」
クラリッサのまったりとした声は、純粋な興味を含んでいるようだった。色々な角度から魔工具を眺めている。
シャルはダダダっと動いて説明する。
「こっちが
シャルの背丈より少し小さいくらいの焙煎用の魔工具だが、あくまで試作用だ。いつかはもっと大きくする予定だった。
「ゆっくりとした回転の風の魔法陣と、過熱のための火の魔法陣っ! 選別したカカオ豆を入れて、中でゆっく~りぐるぐるっ! 全体がじわぁ~と加熱っ! 香りの決定と、酸味や渋みを減らす重要な工程っ!」
シャルが触ると、中の軸がググっと動き始め、ゆっくりと回転していく。
中の温度も温かくなっているようで、セシリアが近づいて笑顔を浮かべる。
「うぅっ! つ、つぎっ! こっちっ!」
シャルはうれし過ぎて、ずっとセシリアの傍で語ってしまいそうだったので、強い気持ちで次の説明に入る。
自分の想像していた機械が目の前に実現して、想定通りの動きをしてくれたのがあまりにも、うれしかったから。
それをお菓子同盟のみんなと共有できるのは何より、うれしい。夢で何度も見た光景だった。
当然試作的な簡易の機械では何度も失敗していた。
加熱し過ぎて軸が固着して動かなくなったり、カカオ豆を入れると動かなくなったり、無茶を言いすぎてカーター一家に文句を言われたり、軸が重すぎたから回転の調整が上手くいかなくて逆に文句を言ったり。
けれど、カーター一家はそんなシャルに応えてくれた。文句は言われたけど一度も馬鹿にされなかった。作りたい物があれば応えてくれる、情熱があった。
だから無茶を言ったし無茶もした。
そして、今思えばここにいる人たちに、シャルは一度も馬鹿にされていない。
好きで溢れていると思った。
ここからはお菓子同盟のみんなの手伝いが必要だった。
シャルだけでは偏ったチョコ開発になりかねないから。
「こっちが
だだっとシャルは動く。
「こっちが
「ここの工程も温度、粒度、香り風味、どのくらいの時間継続するとよいのか、シャル様と共に、検証することが私たちの役目ですわ」
とセシリアが子供のような顔で二人に説明を付け加える。
お菓子の魔工具には魅力があった。
触れると決められたように自動で動いてくれる。
単純だ。
派手な魔法と比べ地味でもある。
だがそれは世界を変革させる力を感じさせた。
そして、それを使うのは世界の平和のためではなく、チョコの開発。
セシリアは魔工具を見て、シャルを眺め、本当に天才です、と独り言をつぶやく。
それは誰にも聞こえないほど小さな声だった。
「うぅっ! あり、ありがとうっ! ありが、とうっ! い、いっぱい検証しようっ! カカオ豆沢山買うからっ! 沢山できるっ! 公平な条件でっ! 温度と時間を色々変えてっ! カカオ豆がチョコになって、チョコがきれいになめらかに、なっていくのすごくきれいだからたのしいよっ! つ、次っ!」
シャルはぶんぶんと顔を振る。一つ一つの工程でずっと喋りたい欲に駆られる。
「次がテンパリングっ! 温調だっ! 風の魔法と火の魔法陣っ! なめらかになったちょこれーとを整えるっ! 最適な温度を導き出すっ! 常温では固体っ! 人の体温……くちの中ではとろけるっ最高のくちどけを目指すのだっ!」
説明し終えたシャルは頬を赤く染め、カカオ豆を麻袋から取り出した。
「選別……」
そしてシャルは皆の顔を恐る恐る見る。
手伝って欲しいが、メイドとエル、リッタ以外に甘えた経験がなくて、手伝ってもらう頼み方がよくわからなかったから。
エイラは頼まなくても研究していると、手伝ってくれるというのもあった。
セシリアが選別作業に加わった。
「わたくし達もやりましょう。木片や石を取り除くのと、形を整える作業。最初の
「うぅっ! こっちっ! これっ! エル君に目安教えてもらったっ!」
シャルが取り出した紙には、カカオ豆の絵と特徴が記してある。
奇形、小さい物、平べったい物、くっついてしまっている物。
これらを取り除かなければならない。
その絵は仔細で、実写のような絵だった。
色々な形のカカオ豆を見るのが楽しくて、デッサンしていたら書き込みの量が増えてしまっていた。
ネルとクラリッサ、エイラも加わり、みんなで選別していく。
どのカカオ豆もかわいく思え、シャルは、うぅカカオ豆さん……と泣く泣く取り除いた。
わいわいと好きなお菓子の話や、最近できた料理屋の話をし、楽しみながら選別作業をしていく。
シャルにとって夢のような時間だった。
いやシャルだけではないのかもしれない。
チョコを作っている間はセシリアも子供のような顔をしていたから。
それを見て、ネルとクラリッサもテンションがどんどん上がっていく。
ハインリッヒの状況が悪くなり、婚約が決まってから、ずっとセシリアは不憫な様子だったから。
三人は大人の事情を忘れ、子供のようにお菓子と向き合っている。
エイラは姉のような顔で皆を見守っていた。
しあわせの匂いに満たされていった。
固体だったカカオ豆の粒が、ぐるぐると回り続ける魔工具で、とろとろの液体になっていくのだ。シャルとセシリア以外の三人の、チョコに対する常識はもはや崩れ去っている。
ネルとクラリッサ、エイラが経験したことのないチョコの香りに笑顔を浮かべていた。
ネルが少しすくって口に含んで、べぇと舌を出して皆笑った。
糖を入れる前の、最高純度のカカオの味はとてつもなく苦いから。
だが、酸っぱさは大分消えているようだった。
水銀が高い温度を保っていることを確認し、まずは二時間で糖を入れる。次は三時間。次は……。
その次は温度を変えて同じように時間を変えていく。
出来上がったうつくしいチョコは次のテンパリングの工程へ。
それぞれがそれぞれの工程を担当して、条件の変更と記載は、正確に行なった。
決められた動きで、温度と時間、糖の投入タイミングを変え、何度も何度も繰り返し、出来上がった物を条件ごとに記載し、チョコを冷やし固形化していく。
冷やす温度もすべて記載していった。
気づけば夜中になっているほどに皆熱中していた。
当然失敗も多く経験した。
だが成功したものは、今まで経験したことのないほどおいしいチョコで。
でも皆気づく。
どのチョコも風味や味わい、くちどけが違うことに。
もっとおいしい最適解があるのではないか。もっともっと、もっと……。
チョコの魅力に、内から湧き上がる欲求は止まらない。
心の中に灯っている情熱に、チョコという油を焚べる。
彼女たちの実験が終わることはなかった。
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