第45話 ちょこれーとのための魔工具(シャルロッテ)


 シャルは鍛治職見習いのいる研究棟のとある一室の研究室のドアを開け放った。

 とてとてと、一人の男子学生の近くに進む。

「カーター!」

「……あの。叫ばなくても聞こえるけど。すごく距離近いよね」


 このやり取り毎回やるの? とカーターはため息をつく。

 シャルは満面の笑みだ。

「リシェルっ!」

 青髪の胸の大きなメイドの名前をだして、拳を突き上げる。


「や、やめてくれぇ。頼まれていたやつ、もうできてるからさ」

 カーターは顔を真っ赤にして観念したようにうなだれた。


 シャルは意外にも目ざとく、カーターがリシェルに惚れていることを理解していた。カーターから料理工具を受け取る。


 持ち手があり、先端にはホイッパーがついている。

 エルが生クリームを作る時に、風の魔法でホイッパーを回転させているものだ。

 ホイッパーを回転し続けることは大変そうで、よく力加減を間違えて、エルでさえも軸を壊していた。


 だからチョコの開発工具を作る前に、ホイッパー用の魔工具を作りたかった。

 そしてエルにプレゼントするのだ。

 前回は無理やり回転させてしまって、止める方法考えてなかったけど。


 魔術回路と魔法陣を描くためのプレートを撫でる。


 この魔工具にはまだカーターの技術しか入ってない。ここに情熱を注ぎ込むのだ。

 そしてこれがチョコレート作りの第一歩であり、初めてのエル君へのプレゼントになればいい。そう思った。


 カーターはよい鍛冶師だ。

 シャルは満足そうに頷く。


「ご褒美、だっ」

 とリシェルに作らせた、焼き菓子をカーターに渡す。


「何これ? シャルロッテ様が作ったのか?」

「リシェルのだっ!」


「へ、へぇ~。まぁなんだ。また何かあったら言ってくれ。俺結構器用だから、簡単なものなら作れるからさ。小さい頃からモノ作りしてきたんだぜ」

 カーターは少し自慢するように言ってお菓子を受け取った。

 カーターは何世代にもわたって鍛冶職をしてきた家系の男児だ。

 小さい頃からモノ作りを見て、父の姿に憧れ、自分でも作ってきていた。

 モノを形にしていくのは楽しい作業だから、努力を努力と思わずに続けてきていた。錬金術と、土の魔法と鍛冶の能力を磨き上げてきていたのだ。


「ぅぇ?」


 シャルは顎に手を置き、カーターにどうして欲しいのかを考える。やる気に満ちていたから。使えるものは使う主義でいく。エル君みたいに。


「ならこれっ!」

 マジックパックから図面を取り出す。

 チョコを作るために必要な魔工具。


 その魔工具の絵の周囲にはどんな仕様にしたいのか書き込んである。使用環境、用途、欲しい能力、使用したい材料、丸っこい字で、余白をびっしりと埋めるように。


 回転するから振動の対策や固定方法が書かれていたり、液体を扱いたいから、漏れないように密閉性や、熱を使うから耐熱仕様、などなど。


 シャルの書き込みは特徴的だ。

 文字間は恐ろしいほどに等間隔。縦と横、文字の大きさも揃っていて、どこか頭がおかしいのではないかと思われるほどの整然さだった。

 よく言えば、こだわりと几帳面さ。

 直球で言えば、異常さが伝わる。

 丸っこくてかわいい字なのが救いだった。


 カーターがあんぐりと口を開けている。

 先ほどの前言を撤回したいと思っているのだろう。


「お、俺、簡単なモノって言ったよな」

「……うぅ、リシェル……」

「今リシェルさん関係ないよな!?」


 シャルはがっくりと肩を落とす。

 半目でカーターを見る。

 情けない男だと目が物語っていた。


「男の子の頑張る姿、好きって言ってたっ」

「ぬああ! わかった! わかったけどさ! ちゃんとどれだけ俺が頑張ったか、伝えてくれよ!」


「うぅ! リシェル!」

 シャルが拳を突き上げた。心の中でカーターをお菓子同盟に昇格させる。そして男を魅了するリシェルの大きなおっぱいに感謝した。


「……でも俺一人じゃ無理だな……親父たちに協力してもらわなきゃだ、こりゃ。どうやって説得すりゃ……」

「金出す!」


「……え?」

「シャルロッテがカーター一家に正式に依頼するっ!」


「ヴァイオレット家が!? うちに!?」

 シャルは頬を膨らませた。

「シャルロッテがっ!」


「何が違うの?」

 全然違うっ! とシャルはぷんぷんした。

「後でリシェルに見積もり取りに行ってもらう! カーターへのご褒美だっ! 頼むぞっ!」

 シャルはエルのような口調で言った。

 そしてもう用はないとばかりに、カーターから受け取った工具を持って部屋を後にしようとして、声がかかる。


「なんかさ! シャルロッテ様、ちょっとエルさんに似てきたな……詳しくないけど。強引だけど、悪い気がしないっていうか。俺は今のシャルロッテ様、いいと思うよ!」


 シャルは、にへらとだらしない笑みを浮かべた。

 カーターが笑って手を挙げた。


……。


 一月後、シャルは目を輝かせていた。

 完成したホイッパーエル2号君を掲げる。

 1号君は暴走しエイラに粉々に壊されたが、2号君には期待していた。


 セシリアから教わった、接点構成の魔法陣を試しに組み込みまくったものだ。

「セシリーは天才だ!」

 エイラでも分からなかった魔法陣を一月ほどで作り上げた。


 自慢の幼馴染に感謝を捧げつつ、緑1の部分に触れる。

 ぐぐっと軸が回り始め、規則的な回転に至った。

 手を離しても回転を続けている。

 魔力供給が自己保持している証拠だった。

 そして前回と違って低速な回転。

 

 赤の部分に触れる。

 しばらく惰性で回り、見事に止まった。


 喜ぶのはまだ早い。

 緑2の部分に触れる。

 ぐるぐるっと軸が回り、先ほどより力強い。

 中速の回転。

 赤の部分で止まる。


 緑1と緑2の部分に触れた。

 ぐぐぐぐっと今までで一番力強く回転する。

 高速の回転だ。

 赤の部分で止まった。


 緑の部分で風の魔法陣1、2への接点構成と自己保持。

 赤の部分で接点の切り離しの成功の証だった。

 ぱちぱちとエイラが拍手をする。

「シャルロッテ様っ! すばらしいですっ!」

「エイラ先生っ!」

 シャルはぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 涙がでるほどにうれしかった。


 傍から見れば馬鹿にされてしまう光景だった。

 魔法であれば、魔力制御さえあればできることだから。

 大したことじゃない。

 ただの回転させる魔法。


 地味だから。魔工具だから誇るようなことじゃない。

 強さを誇るわけではないし、人の命を救うわけでもない。

 何かをかき混ぜるだけの、料理用の魔工具。

 単純な動きをする魔工具に過ぎない。


 だが、その中身は技術革新と呼ぶにふさわしいものだった。


 単純であるがゆえにどんなものにも活かせ、応用が効く。

「本当にすごいことです! シャルロッテ様は天才ですよ! 本当に! 本当にすばらしいです!」

「エイラせんせっ! うれしっ! 手伝ってくれて、ありがとうっ!」

 けど、とシャルは続ける。

「まだ。始まりっ! ここからちょこれーと作りっ! たくさん実験。最高のっおいしいっ、世界中の人々をしあわせにするっ! ちょこれーと作りの条件をっ導き出すっ!」


 エイラは笑った。もうすでに卒業するには十分過ぎるほどの成果だ。

 いや、魔術教会に喧嘩を売るほどの革命。

 ここからどのように論文を書いていくか。

 どうやって聞こえの良い甘言や、貶める悪意からシャルを守るか、考えていかなければならない。

 だが、シャルにとってはスタート地点に過ぎないようだ。


 あくまで、この成果は、最高のチョコレートを作り出す条件を導き出す、道程に過ぎない。

「先生っ! これっエル君に渡してきますっ!」

「……はい。きっとよろこんでくれると思いますよ」

「うんっ!」

 シャルは跳ねるように研究室を飛び出した。


……。


 シャルが飛び出した後、エイラは椅子に深く座って天を仰いだ。

 もし、魔術教会や大学を説得できない場合は、教師としての推薦という形で、卒業単位を付与しようとエイラは思った。

 まだ世に知られていない、天才に祝福があることを願って。

 果たして、かわいい生徒を守ることができるだろうか。


 こんこんと研究室のドアがノックされた。

 シャルであればノックなどしない。

「はい。どうぞ」

「失礼します……」

 恐る恐るといった具合に入ってきたのは男子学生だった。

「えと、シャルロッテ様に頼まれてた工具出来たんですけど……どこ置けばいいですかね? 結構大きくて」

「カーター君? よね? シャルロッテ様に聞いています」

 カーターは頷くと機材を運び込んでくれた。

 友人が二人ほど、協力してくれている。

 シャルに伝えられていた通りに機材を配置してもらった。


 カーターが帰った後の研究室を見ると、いよいよ魔工具の研究室という様相だ。

 薬学の研究室であるのだが、最近は魔工具にも力を入れているな、とエイラは思う。普段の薬学の生徒の研究を見つつ、自分の薬学の研究、そして魔工具の研究と、寝不足気味であったが、充実していた。


 本当は魔工具の可能性を信じていたから。

 学生時代、自分の情熱を偽って、魔術協会に媚びた卒業論文を書いたことを思い出す。泣く泣く本来の研究を捨て、誰かの目を気にした論文を書くのは悔しかった。

 シャルには同じ思いをして欲しくない。


 洗練された機材たちで、どのようにチョコレートが出来ていくのか、楽しみにしつつ、エイラは椅子に深く座り、目を閉じ少し眠ることにした。

 

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