第41話 華麗なるヴァイオレット家(ユキナ)


 シャル様がアクアテラに留学に向かう前日のことです。

 奥様……ロザリエッタ様に呼び出され部屋に入ると、彼女は椅子に座り、お酒を片手に外を見ていました。


「私きっと病気なんだわ」

 私の方を見た奥様は、酔っている時特有の、ぼんやりとした顔をしています。


「我慢しようと思っているの。でもね、あの子を前にするとダメなのよ。少しでもダメな所を見ちゃうと、そればかりに意識がいって、この子は本当に大丈夫なのかしらって。心配で心配で、頭に血が上ってしまうの。私、きっと嫌われているわ。怒ってばかりだもの。当然よね。母親、失格よね」


 今日の奥様はだいぶ酔っているようでした。

「私、本当に本当に、シャルを大切に思っているのよ……いい所も沢山知っているの……私と違って本当にやさしい子よ、自慢の娘なの。でも他の人から見たら違うみたいなのよ。だから他の人にも知って欲しくて、本当のあなたはもっとすごいって、つい娘に厳しくしてしまうの。これは見栄かしら。もし見栄なら私ってくだらない人間だわ。シャルが幸せならそれでいいはずなのに……。やっぱり、私は母親失格よ」


 ここ数日、奥様を見かけるだけで、シャル様は震えるようになりました。その様子に、奥様は弱っているのでしょう。


「ねぇ、ユキナ。私を慰めて下さらない? シャルの味方をする、勇気を下さらない?」

 いっかいのメイドに頼むことではない気がします。

 それほどに弱っているようでした。


「奥様ならきっと大丈夫です。いつか、お嬢様が何かを成そうとした時に、皆が馬鹿にするようなことを成そうとした時に、一番の味方でいたらきっと……奥様の気持ちは、シャル様に伝わるはずです」


 一番の味方。奥様がつぶやいて、控えめにほほ笑みます。

「私になれるかしら」


 私は頷きます。

「今も、奥様がシャル様の一番の味方ですから……」

「ユキナは世辞がお上手ね」


「……後は伝えるだけですよ、奥様」

 奥様は目を大きく見開いて、その後控えめに笑った。

「ありがとう、ユキナ。いつか、伝えられるように頑張るわ」


 奥様がシャル様の味方になると私は確信しています。

 いつも奥様が怒るのは、シャル様が伯爵家の令嬢としてよくないことをした時だけなのだから。


……。


 アクアテラのヴァイオレット家の屋敷は朝からあわただしいです。

 それもそのはず。

 今日はヴァイオレット家の方々が冬休みを利用し訪ねてくる日ですから。


「あわ。あわわ。あわわわ」


 シャル様は上半身が大変あわてていますが、脚は地面に縫い付けられているかのようにその場から動きません。

 大変かわいらしく、ずっと見ていたいのですがそうもいきません。

 シャル様は庶民的な簡単服を好みますが、今日はドレスアップして頂く必要がありましたから。


 赤毛のネイと、おっとりとした青髪のリシェル、メイド達が困ったようにシャル様の近くで待機しています。


 ネイが困ったように、けれど慌てた様子で言いました。

「シャルお嬢様っ! 早く着替えましょ!」

「い、急いでるよぉ? 景色が進まないぃ」

「シャル様〜さっきから一歩も進んでいないからですよぉ〜」

「うぅっ! 歩き方忘れちゃったぁ! ユキナぁ!」


「こうなったら仕方がありません。着せ替え人形作戦で行きましょう」


 作戦は単純で、シャル様を物のように運んで人形のように着せ替えるだけ。

 シャル様は小柄で端正な顔立ちなので、本物の人形のようです。いつもはあまりの可愛さに、メイド達もきゃーきゃーと着せ替えを楽しんでしまいがちですが。

 今回は真剣な顔のままメイド達は頷いて、シャル様の両脇と頭、足を抱えて走っていきました。

 伯爵家のご令嬢に対し、本来なら不敬ですが、仕方がないのです。


……。


 ユキネが慌てたようにかけてきました。

 どうやらヴァイオレット家の面々が到着したようです。長男と長女は仕事と家庭があるため来られませんが、次男ヴィンセント様と次女アナベル様、奥様のロザリエッタ様と旦那様のレオルド様がいらっしゃることになっています。


 特に次男のヴィンセント様はシャル様を馬鹿にしがちで心配ですが……。

 今は昔と違い、シャル様にも信頼ができる人ができたので、心折られ過ぎることは無いとは思いますが。


 セレニアムの花を模した家紋をつけた馬車が数台到着しました。

 月の出た夜の間だけ咲くという、セレニアムの花言葉は『秘めた情熱』。


 ヴァイオレット家は由緒正しい名門貴族。

 一見華やかだが、その胸の奥には熱い心を持つと言われています。実際に彼らは異常とも思えるほどの努力を怠りません。


 見た目や所作は華やかで優雅でありますが、その実力は鍛錬や勉学といった影の努力に裏打ちされたものでもありました。


 ヴァイオレット家には誇りがあります。

 戦場での武勇であったり、研究の成果であったり……逸話は様々。


 長男は主席、次男も主席、二人の姉も、主席。当たり前のように全科目でトップの成績を収めていました。

 みな、常にトップに立ち続けてきたのです。


 努力に裏打ちされた実力による結果は、ヴァイオレット家の誇りなのです。


 馬車から降りてきたヴァイオレット家の面々はみな、金髪碧眼の華やかな見た目。

 旦那様、奥様、次男のヴィンセント様は美形寄り、次女のアナベル様はゆったりとした雰囲気を持っています。


 水色のドレスに身を包んだシャル様が声を震わせます。

「み、みなさん、お、お久しぶりです。……いつ帰られますか?」

 最後小声で本音が漏れていましたが、メイド達がくしゃみをしてくれたおかげで、ヴァイオレット家の方々は気づかなかったようです。

 凄まじい反射神経でくしゃみをしたメイドは後で賞賛しましょう。


 旦那様と次女のアナベル様が破顔しました。


「シャル! 何を他人行儀なっ! 元気だったか?」

「シャルちゃん、久しぶりね~さみしかったわぁ」


 わわっとシャルは二人に抱きしめられつつ、その視線は奥様にいっていました。

 警戒しているのでしょう。

 小動物は常に強き者の動向を見逃しません。


 奥様が髪をかき上げるために手をあげれば、シャル様はびくっと動き、奥様が一歩踏み出せば、じりじりとシャル様は後退します。

 一進一退の攻防です。


 奥様はその様子に気づいたのか少し距離をあけてその光景を見ています。

 内心傷ついているように見えるのは私が内情を知っているからでしょうか。


 次男のヴィンセント様はつまらなそうに両手を頭の上で組んで言いました。

「あ~疲れたから休みてぇわ。夜遊びに行ってもいいよな?」

「構いません」


「母様、なぜそんな不機嫌なんだ? シャイロックの所でチクチク文句言われたからか? へへ。さすがシャルロッテ」

 どうやらこの屋敷に寄る前に、地元貴族のところへ挨拶に伺って周ったようです。


「な、なに? なにか言われたの、ですか?」

 シャイロックという単語と、文脈から、目に見えてシャル様が怯えました。ヴィンセント様に聞きますが、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるだけです。


 アナベル様がシャル様を抱きしめて言いました。

「まぁ。お兄様ったらいじわる。別にいいじゃありませんか。一緒に学園に通えば、喧嘩の一つや二つするでしょうし、こんなにかわいいシャルを嫌うのなら、その程度の男です」


 奥様が言います。

「気にしてもらわねば困ります。シャル。シャイロック家はあなたの婚約者候補でもあったのですよ。王族の覚えもよいですし、このアクアテラはよい土地ですから」

 旦那様は困ったように額の汗を拭きました。


 シャル様が絶望したように叫びます。

「シャ、シャイロックは嫌だっ!」

「安心しろって、シャルロッテの奇行っぷりに向こうもお断りみたいだぜ」


 シャル様とメイド一同、ほっとした顔をしていますが、シャル様が振られた形になっていることに私は腹が立ちます。


「立ち話はやめましょう。ユキナ。一旦休みたいです。色々と準備を」

「はい。奥様」


「シャル。あなたには聞きたいことが山のようにあります」

「……ぁぅ」

「返事」

「ひ、ひゃい!」


 ヴァイオレット家の者は本当に華やかです。貴族の中の貴族として隙がありません。


 ヴァイオレット家に劣等生なし。

 優秀でなければヴァイオレット家の者に非ずを地でいく家系です。

 優秀な兄姉と父母。

 シャル様が重圧に怯え、震えてしまう理由もわかります。

 日々、そんな方々と比べられてきたのですから。


 シャル様も劣等ではありません。

 ただ、向き不向きが顕著なだけです。

 全てを高いレベルでこなせる皆さんとそこだけ違います。


 特化しているという言葉が正しいでしょう。

 アクアリス魔法大学という、年齢が様々な人たちの中で、特定の科目ではトップの成績を収めているのですから。

 講師が怖いとか、人前での発表や武力を誇示する科目では、落第もチラホラ見受けられますが。


……。


「エル様、ありがとうございます。屋台の方も休んで頂き、料理の提供を手伝ってもらうなんて」

「いえ、俺の方こそ頼ってもらえてうれしいです。皆さんにはいつも世話になっていますから。それに前々からの約束でしたしね」


 今日はエル様リッタ様という最強の助っ人を用意していました。

 晩御飯はおいしい料理で少しでも機嫌を取ってもらいたいと思ったのです。

 

 しかし、エル様の料理姿はなかなかに、格好良いものです。メイド達の間でも噂になっていました。

 ユキネは特に嬉しそうです。

 料理の師匠のように思っている節がありますから。


 丁寧に時間をかけた仕込み。

 お肉を焼くにしても、スープを作るにしても、必ず一手間、二手間加えています。

 野菜を刻む音は規則正しくやさしく、目で見るだけでなく、目をつぶって音を聞いているだけで、なぜか安らぐ心地。


 なぜモテないのか不思議でなりません。

 不思議と男を感じないというか。

 何なのでしょう。

 呪われていると言われたら納得できるのですが。


「ユキナは惚れちまったでごぜぇーますか?」

「あ、いえ。……あはは」

「リッタやめてくんない。俺がダメージ受けるようなこと聞くの。困り方がリアルなんだよな」


 デューク様にはメイドの一人が熱狂的なファンとなっていたのですが、なぜか不思議とエル様は……。


 本来勇者を守る使命を持っているはずのリッタ様がエル様と一緒にいるのも、魔王がもういないという会話をしているのもよくわかりませんし、最近は竜王ミスティ様も現れて顔なじみと言います。

 謎の多い彼らですが、エル様がモテない理由も大きな謎の一つです。


「ところでユキナ」

 エル様がひそひそ話をしてきます。

「なんでシャルは家具の間に挟まってるんだ?」

「隠れているのです」


 簡単服に着替えたシャル様は消えてしまいました。

 奥様に怒られる気配を感じたからでしょう。今回も人が寄り付かなそうな所を探しましたが、いませんでした。少し焦って、外まで探しに行かなければならないと、エル様に料理の提供時間だけお伝えしようと料理場に来たところで納得しました。


 小動物が隠れそうな場所は二つです。

 誰も寄り付かない所と、安心できる場所。

 今日は調理場に安心できる場所があったのです。

 いつでも味方でいてくれる二人だから。


 隠れていながらも、料理の音を聞いて、ふんふんと機嫌が良さそうです。

 あまりにうれしいのか隠れられていないくらいに。


 しかしそろそろ晩御飯の時間です。かわいそうですが。

「シャル様」

「うぅ。ユキナぁ……」

 シャル様の手を引いて、とぼとぼと晩餐に向かいます。


「シャル!」エル様の声に振り向きます。「ごはん楽しみにしててくれ! ユキネと腕によりをかけたから」


 エル様は普段無表情寄りの顔を、笑みに変えていました。

 リッタ様に向けるようなやさしい顔で。

 シャル様が私の手をにぎにぎと握りました。嬉しいという感情が伝わってきます。


「あ、ありがとうっ! うぅ! あり、ありがとうっ!」


 エル様の料理はいつも勇気を与えてくれます。

 失敗しても帰る場所を作ってくれているかのような、あたたかさが、そうさせるのだと私は思っています。


 勇気を与える者。

 私には勇者に思えてならないのです。

 本当にモテないのが不思議でなりません。


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 いつもすみません!

 長くても4000前後にしようと思っているのですが、キリの良い所が!

 続きます……。

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