第42話 華麗なるヴァイオレット家②


「エル様も会食に参加して頂けますか?」

「え? 俺も一緒に食べていいの?」


 シャルを連れて行って、戻ってきたユキナが言った。

 後はユキネに任せても良いくらいには料理の準備ができたけど、俺も参加していいのか。


 貴族も意外と気さくなんだな。

 酔っぱらったら肩とか組んだり、デュークみたいにゲップもするのだろうか。


 リッタが半眼でこちらを見ていることに気づいた。

 いつもの眠そうな顔とは違う。

 そんなわけねぇーでごぜぇーます。

 そう言っているようだ。


 俺はどうやら常識をはき違えたらしい。

 人生の大半を冒険者で過ごしたんだ。

 一から言ってくれないとわからない。


 ユキナが申し訳なさそうに言った。

「あ、いえ、その……」

 その表情がつらい。そして恥ずかしい。


「シェフとして参加して欲しいのです。料理について聞かれたら説明して欲しくて」

「いや、俺はそんな大層なもんじゃなくて。正直街角の居酒屋の店主として雑にふるまったり、雑に扱われる方がいいのだが」


「そうですよね……それがエル様の魅力ですものね……会食の場にシェフとして、いらしてくれれば、シャル様もきっと安心……あ、いえ。なんでも、ありません」

 よよ、とユキナは涙を流すような仕草で、袖で目を隠した。

 ちらちらと俺の表情を盗み見ている。

 

 そんな言い方はずるい。

 俺の答えが分かっている顔だ。


 確かに俺はシャルを元気づけるためにここに来ている。

 だったら中途半端なことをするべきではないだろう。

 俺が我慢して、少し変な役をすればいいだけの話。

 それでうまくいくなら。


「わ、わかった。だが、いいのか俺の身なりで。冒険者をずっとやってきて粗雑だ。貴族の人たちは嫌がるんじゃないか?」


 料理をする時は清潔な格好をしているが、無精ひげだし、育ちも悪いから言動もよくない。貴族のマナーも知らないし。


「大丈夫ですっ」

 とユキナは舌を出しパンパンと手を叩く。

 メイド達が、タタッと調理場に現れた。

 手には剃刀やら、服やら身なりを整える道具を持っていて。


 俺は嫌な予感がした。


「髭はやめろ」

 俺は小さな声で呟いた。

 怖かったから。


 だが、メイド達はじりじりと近づいてくる。

 

 俺は叫んだ。

「ひ、髭はやめろっ!」

 メイド達は、にやにやとしている。


 もう一度、猛獣を諭すように言った。

「髭はやめろ。髭は俺が俺としてあるために必要なものだ。髭の無い俺は俺ではない!」

「大丈夫ですっ! エル様はいつだってエル様ですから」


 ユキナの笑顔に俺は逃げようとしたが、何かに捕まった。

 化け物のような力強さで。

 それは信頼している仲間の裏切りだった。


「やめろリッタ! 俺を羽交い絞めにするな! 髭を剃られるなら話は別だっ!」

「こんな面白イベント逃せねぇーでごぜぇーます! エル! 観念して生まれたてのつるつるクソガキになりやがれです!」


 暴れるがびくともしない。

 メイド達が、きゃっきゃっとうれしそうな顔で近づいてくる。


「た、頼むぅ。頼むよぉ。お願いだぁ。頼むぅ」


 泣き落としのつもりだ。

 だが俺は本当に少し泣いた。

 うれしい時以外泣いてはいけないというルールを破るほど、本気で怖かったから。


 メイド達は、にやついている。


「やめ……ヤメテッ! ヤメッ――!」


 やめて許してごめんなさい何でもしますと謝ったのにクソガキたちは、それはそれはうれしそうに、情け容赦なく、俺が俺であるための髭を剃った。

 俺は年下のクソガキたちに、つるつるのクソガキにされた。


 屈辱だ。

 俺が俺として、あるための自己を喪失した記念日。

 この恨み一生忘れない――。

 床に散らばった髭を見て思った。


 クソガキ達は悲しむ俺をきゃーきゃーと着飾り遊んでいる。

 人の不幸を喜ぶ外道めが。

 人の心がないのか。


「くそ。全員がニーソ履くまで絶対に許さない。絶対だ」

「いいですよ。シャル様も履きます」

「え?」

 ユキナの言葉にメイド達が頷いた。


 え? いいの?

 俺は全てを許した。


「つるつるクソガキ顔してるでごぜぇーます」

 料理をつまみ食いしながらリッタがうれしそうに言った。


……。


 会食の場に行くと、ヴァイオレット家が一堂に会していた。

 ここに来てようやく、あぁ、そういえばシャルって伯爵家のとんでもない貴族様なんだなって他人事のように思った。


 今までの言動を振り返る。普通に頭揺すったり、呼び捨てにしたり、斬首されてもおかしくないよな。うん。


 シャルと目が合う。

 大きな瞳をさらに大きくした。ぱたぱたと腕を動かしている。

 動きたいけど、沢山話したいことあるけど、家族の前だから我慢しているようだ。


 シャルがほっぺを真っ赤にして、わざとらしく顎を触る。


 俺に髭がないから、似合わないって言ってるんだ、きっと。

 やっぱり俺には髭が必要なんだ。


 俺はユキナやメイド達にやられたとジェスチャーを送る。


 シャルは笑って、嬉しそうに拳を握った。

 なぜ喜ぶ。


 俺は一応ヴァイオレット家の面々に会釈したが、彼らの視界に俺は入ってないようだった。

 まぁ、その方がありがたいが。


 静かに食事が始まった。


 まず一品目はパテ。


 肉や野菜をパイ生地で包んでゆっくりと熱した料理。

 肉はデュークから昨日送られてきたモノだ。

 フロストバイソンと言い、寒冷地で狩れる魔物。寒さを超えるためにこの時期のバイソンは脂が乗っていて、口の中で溶ける。

 寒冷地のヤクにグラントボアの肉もデュークは送ってくれた。


 パテの肉は混ぜるとうまくなる。

 それらを混ぜ合わせた肉を、パイ生地で包み、薬味とソースで美しく盛り付けてある。


 素朴でありながら、味は絶品だ。


 食べた旦那様が目を見開いて、俺を見た。

 何をすればいいかわからないので、俺は髭を隠した。

 隠す髭がないのが悲しかった。


 続いて、サーモンのタルタル。


 アーキシアと呼ばれる、美しいピンク色の身を持つ魚を粗く刻み、そこに玉ねぎ、ねぎ、ウスターソースにヴァルナスオイル、レモン汁を加え、調味料で味を調えたモノを円形に形作った料理。


 アーキシアはリッタに今朝、東の海岸まで爆速で飛んでもらい仕入れてもらった。

 冬の東海岸のアーキシアは俺が13年の旅で食べた魚の中でも脂が乗っていて、最高の魚の一つ。


 本当は寿司として食べてもらいたいのだが、生で食すことに抵抗があるかもしれないので、メインとしては出さない。


 次男のヴィンセントはサーモンのタルタルを食べ驚いた。そのまま恐る恐ると言ったふうに寿司を食べて、マジかよ、と呟き俺を見た。


 きっと髭のない顎を触った時の俺も同じ顔をしていたのだろう。

 顎を触るとツルツルだ。

 マジかよ。


 サーモンのカルパッチョ

 アーキシアとフロストバイソンの肉とチーズで作った。

 塩をかけ寝かせていたアーキシアをさばくのは楽しかった。

 相変わらずピンクのうつくしい切り身だ。


 均等の厚みで、丁寧に丁寧に切り、最後は花のように、皿の余白を意識し、端から中央にかけて円形に並べていき、盛り付けた。

 野菜とチーズとドレッシングの色合いが、輝いて見える。


 きっと匠が作った皿なのだろう。

 ならば皿さえも主役になって欲しいと願った料理だ。


 へぇ、と奥様が俺を見た。

 目力が凄くて、シャルの無駄に怯える気持ちが少しわかる。

 褒められてるのか、これから何か試されるのかわからない。


 ヴィシソワーズ。

 冷製スープ。煮詰めたイモや玉ねぎを冷やし、ミキサーにかけ、できたなめらかな白く美しいスープに、自慢の牛乳やクリームを加えていた。

 そこに緑の薬味で色合いを加えている。


 次女のアナベルはスープを飲み、やさしい味です、と呟き嬉しそうにシャルを見た。


 他にも異世界の料理の数々を準備した。


 異世界の食事をきっかけに、笑顔と会話の華が咲く。珍しい料理というのもあるだろう。そして貴族というのは得てしてグルメだ。何が入っているのか、どこの食材なのか、自分たちで類推するのも楽しみにしているようだった。



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続きます……。

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