第52話 街角勇者亭②


「あ~玉ねぎマシマシ肉汁たっぷり煮込みデミグラスソースハンバーグ卵付き、スタミナ満点にんにくマシマシ超ガーリックライス……フロストバイソンの肉を使ってくれ。もちろんライスにはバター特盛で、あと出来れば、おこげも作って。野菜も食べておくかー。そうだな~、ん~おいしそうな旬の野菜を肉で包んだやつもよろしく、。なぉエル! 野菜食べようとして偉いだろ? 褒めてくれ!」

 デュークがよどみなく言った。


 街角勇者亭の従業員としての制服に身を包んだ黒髪のアリシアが、目をぐるぐるさせて、難解なデュークの注文を覚えようとしている。

 接客中はリシアと呼んでいた。


「デュークさん常連だからって変な注文頼み過ぎですぅっ! 覚えられないよっ! ぶんなぐりますよっ!」


 離れた席でデュークが立ち上がり、こちらに叫ぶ。

「おいエル! この店員俺を殴ろうとするぞっ! どうなってんだっ!」

「告げ口禁止っ! エルさん違うのっ! だ、だってデュークさんがいじわるするからっ!」 


 リッタとミスティもデュークと同じ卓で、料理を楽しんでいた。

 懐かしいメンバーが揃っていて、俺も混ざりたい気持ちもあったが、そんなわけにもいかない。

 今日はなかなかに盛況だったから。


、残念ながらデュークはこれが常だ。いい練習になる。頑張れ。後、向こうのお客さんも注文だ。酒も注いで持っていってくれ。あわてなくてもいい。お客さんが待っているぞ。ゆっくり急いでくれ」

「ゆっくりと急ぎ、どっち!? エルさんも酷いよぉ! あーん!」

 とアリシアは、わたわたとしながらも正確に接客をこなしていた。


 おっとりとした見た目と違い、運動神経も良いようで、大量の酒や料理を器用に持ち運んでいる。

 アリシアには注文だけでなく、簡単な料理と盛り付けも担当してもらっていた。


「もう一杯、くださいっ……ぐすっ」

 飲んでは泣いて、泣いて飲んでを一人繰り返している女性が、もう一杯注文する。

「お客さん、飲み過ぎですよ。さすがに身体に悪い……」


 限界近くまで飲んでいる様子だ。

 女性が来た時には、すでに酔った状態でふらふらとしていた。

 その状況から更に、ここで何杯か飲んでいる。


「やさしい言葉っかけないでくださいっ! 私に、そんな価値……ぐすっ」

「何があったか知らないのだが酒ばかりはやめた方がいい。こちらはサービスです」

 野菜がとけるほどに煮込んだスープを提供する。


「……ありがとう、ございますっ。……うぅ、おいしいよぉ。……ぐすっ。どうして……どうしてセシリア様は……」

 どうやらセシリアの関係者であったようだ。

 その名前に反応したのは、近くで料理と酒を一人楽しんでいた、白髪の男性だった。

 常連の客で、ハインリッヒ家の執事クラウス。


 すくっと酒を持って立ち上がり、女性の近くに座る。

「セシリア様とは、ハインリッヒのセシリア様でしょうか? 何かお嬢様がご迷惑をおかけしたのならお話を伺いたい。ご迷惑でなければ」


「……ぐす。私は、何も……そんなには迷惑は掛かってないです。頭の良さに心を折られたくらいで。教師顔負けの魔法陣の開発……心をぐちゃぐちゃに折られたくらいで……」

 大分ひどい目にあっているように思う。

 自覚のない天才は恐ろしいものだ。

 実力主義の大学とはそういう場所なので仕方がないのだが。


「私じゃなくて……シャルロッテ様が……ぐすっ」

 

 どうやらシャルの関係者でもあったらしい。

 当然、非番で店に来ていた、赤毛とそばかすがチャームなメイドのネイが反応する。さっきまで、ふにゃふにゃとだらしない顔でメイド達と飲んでいたのに、うらぁっと立ち上がり、ずんずんと彼女の近くに来て、どかっと椅子に座った。

 酒を片手に。


 酔っ払いの女性は渦中の人物だったようだ。エイラ先生という方なのだろうか。

 俺は内心焦る。

 シャルの望みは、関係の修復だ。

 それに対し、彼女の主観による事実次第では、対立を決定づける完全な火種になりかねない。


 事件の真相は当人たちしか知らない。

 シャルが詳しく話そうとしなかったから。

 何かが起き、シャルが盗作の疑惑をかけられ悲しみ、大学を辞めたという事実しか分かっていなかった。俺はシャルが望まないのなら、それでいいと思った。


 事実は必要ない。子供同士の行き違いだ。

 俺が知りたかったのはシャルの望みだけだったから。

 関係の修復のために、事実が邪魔になる可能性があった。


「シャル様がひどい目にあったのならぁっ! 聞かせてもらいましょうかぁっ!」

 ネイが叫んだ。


「……ぅ?」

 女性は状況をよく理解していないようであった。

 何なら少し船をこいでいる。

 配慮などは期待できない絶望的な状況だった。

「……きっかけは……えと、セシリア様が研究を盗んで、シャイロックに情報を流したことで……」


「お嬢様が大変申し訳ないことをしました。シャルロッテ様、エイラ様には大変酷いことをしたことは事実であります。今一度謝罪をしたいと思います」

 ハインリッヒを代表し、クラウスが謝る。

「謝ったって遅いからなっ!」


 憤慨するネイを真摯に見据えてクラウスが言う。

「ですが一部誤解だけ訂正させていただきたく。お嬢様は技術を盗むことなどしていません。ハインリッヒ商会の従業員の立場を上げる条件に、シャイロックに技術を盗むように言われたのは事実。ですが独自の魔工具を作っているだけです。当然失敗ばかりの欠陥品。毎日毎日、魔工具の修理とシャイロックからの叱責の日々を送っております」


「そんなの、信じられるかっ!」

 ネイが食い掛らん勢いでテーブルを叩く。


 エイラは眠たそうな顔をぶるぶると振った。

 そしてこめかみを押して、正気を取り戻そうとする。


「……あれ? え、待って。た、確かにセシリア様が盗んだと言っただけで、事実の確認はとれていませんが……で、でも……あれ? 失敗? そんなはずは、シャルロッテ様の次に詳しいのは――」


 横から我慢ならないと叫ぶ声が入る。

「けど、シャル様を泣かした事実は変わらないよねっ!」

 とネイがグビッと酒を一気飲みした。


 クラウスがグビグビッと酒を一気飲みして立ち上がり、びたっと腰を折り頭を下げる。

「おっしゃる通りでございます。その件に関し、お嬢様が大変申し訳ないことをしました。何度謝罪を述べても足りません」


 威風堂々。誠心誠意。だが。

「謝るのか酒飲むのかどっちだぁっ!」

 ネイも立ち上がった。


「私は今、非番ですので。今はハインリッヒではありません。街角勇者亭のただの大ファンです」

「うぎぎぎぎっ! あたしも非番っ! そして私の方が大ファンですぅっ!」

 喧嘩が始まりそうな予感に、品の無い連中が囃し立てる。


 主にデュークだったのだが。

 アリシアに目で合図を送る。

 彼女はうれしそうにデュークを殴って黙らせた。

 

「ネイ。本当にクラウスさんは常連だ」

「うぅっ! エルさんはどっちの味方なのぉっ!」


「当然シャルだ。だが、セシリアにも情がある。誰かのために頑張る若者は応援したい」

「でもでもっ! 酷いことしたんだよっ!」


「あぁ。だが、シャルが懐く子はやさしい子ばかりだ。それを一番知っているのはネイ達のはずだ」

「ず、ずるいっ! その言い方っ!」


「大人はいつだってずるいもんだ。ですよね、クラウスさん」

 クラウスが酒を飲んで、頷いた。


「じゃあ尚更、信用ならないっ! なんで平気で会話できるのっ!」

「一番の理由はハインリッヒが地元民から愛されているからだ。信頼を得るのは難しい。その事実だけで、ハインリッヒが今まで、どういう立ち振る舞いをしてきたのかわかる。多少の損を承知で誰かの為に何かを成す貴族なのだろう」


 一朝一夕では支持を得られない。信頼を得ることは難しいが、その逆は簡単だから。長年愛されているという事実だけで、ハインリッヒがどういう生き方をしてきたのか、わかるからだ。

「まぁ、ヴァイオレット家に都合が良いわけではないだろうが」


 誠実であるからといって、彼らの気持ちがこちらに向くとは限らない。

 資本には限りがあるから。

 敵対と言わないまでも、他の誰かに対しては、多少の冷たさを持ち合わせなければならないから。ハインリッヒは従業員と地元民のためにある貴族なのだろう。

 だからヴァイオレット家に牙をむいてもおかしくはない。


「おっしゃる通りでございます」

「だからクラウスさん。俺の心からの助言です。これは常連客のあなたへの願いでもある。ヴァイオレット家と敵対しない方がいい。シャイロックを裏切る準備を」


 クラウスは百も承知であるという顔で頷いた。

「そのようでございますね」


「……ど、どういうことっ! き、貴族が裏切るなんてっ名誉が……貴族でいられなくなるでしょっ。だから、そんなこと信じられないっ!」

「ハインリッヒはドブネズミがお似合いの成り上がり貴族。我々はヴァイオレット家とは正反対の貴族です。長い間、嘲笑の的でしたから。嘲り、見下しクソ喰らえでございます。従業員のしあわせが得られるのなら、あなたの靴だって舐めましょう」


 それは貴族としての名誉のはく奪すら厭わないという意味で。

 従業員の幸せのために、真逆の商売をするシャイロックと政略結婚の道を選んだほどだ。

 そして自らの都合で破棄する可能性すらあることを示していた。

 裏切りや嘘つきと罵られようと。

 大切な人のためにどんなことでもする。

 彼らには彼らの信念があるのだろう。


「こうもりやろうだっ!」

「えぇ、華麗なるヴァイオレット家には無縁の生き方でしょうな!」


 二人は空の器を片手に、にらみ合った。

 そして二人は俺を見る。

 やめてくれ。


「ですが、今は私は非番です。靴は舐めたくありません。エルさんお代わりを」

「……あたしも非番っ! エルさんお代わりっ!」

「飲み過ぎですよ、二人とも」

「楽しめるうちに楽しむのが私の信念です」

「負けられない戦いがあるのっ!」

 

 俺は、これでもかと酒を注いで渡した。

 敵対している二人は同じ酒を飲んでいる。

 いつか、手を取り合い酒を酌み交わす光景を見たいと思う。

 

 誰かのために自身の何かを犠牲にできる、やさしい心を持つ人たちが、手を取り合うことが出来ないのはなぜなのだろう。

 ほんの少しの偶然で、ほんの少しの言葉で、ほんの少しのかけ違いで、きっと違う『今』になっていたはずなのに。


 だから俺は、彼らが幸せになってくれることを願って料理と酒を提供する。

 言葉と料理が、彼らが手を取り合う未来につながることを願って。


 そして愚策を弄することにした。

 なるようになれだ。


 神様お願い。ここにいる全員を酒で酔い潰しますから。どうか神様、みな都合の良い事実だけを覚えて帰らせるようお願いします。何でもしますから。


「皆さん今日の酒は無料です」

 野次馬たちから歓声が上がった。

 ミスティはこれこそ愛だと身体をくねらせ、リッタに羽交い絞めにされ、乱闘をしている。

 とんでもない勢いで酒が減っていく。


 ハインリッヒとヴァイオレットの従者の飲みあいが始まった。

 クラウスさん一人に対しメイド三人だ。

 渦中の火種の女性は酔いつぶれて泣きながら寝ている。


「飲み過ぎですよ、みなさん」

「え、エルさん矛盾しています……」

 心配してくれる、かわいいアリシアを塔まで無事に送り届けられるだろうか。

 俺は現実逃避をしたくて仕方がなかった。

 





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る