第32話 魔工具と才能の片鱗(シャルロッテ)


 アクアリス魔法大学では、他の大学と違い比較的魔工具科に評価を置いている。

 あくまで、比較的だが。


 マジックバッグなど、現代の魔術理論では再現できないアイテムは魔法具と呼ばれる。

 過去の遺物である魔法具があるため、基礎的な魔法を再現するだけの魔工具学科という学問を学ぶ者などほぼいないと言っていい状況だった。


 いつの時代も攻撃や回復魔法、防御結界、薬学といった授業が人気になるのは疑いようのない事実だ。

 魔物はびこる世界にとって、それらの学問の方が華があり人気になる。

 必然、そういった魔法を研究する方が地位も名誉も確立されていく。


 特に貴族の間では才能、血統、努力を魔法の才と結びつける傾向が強い。箔をつけるために大学に通っている者がほとんどで、シャルのように魔工具の授業をとる者は異端中の異端であった。


 魔工具の授業を受ける学生もほぼいなかった。

 多くても、広い講堂に数名いる程度なので、シャルは意気揚々と最前列の中央にいる。人が少ないから人の目を気にせずにいられたから。


 最初、シャルが魔工具の授業を選択した理由も、人気がなくて人が少ないからだった。

 でも今は選択して正解だと思っている。


 エルが特注の道具を使って料理をしている所を見ていたから。

 料理の魔工具を作ってプレゼントしたかった。

 シャルはエルが魔法のようにお菓子を作る姿が好きだ。

 生クリームを作ったり、スムージーを作ったり、色々なことに使っていた。

 それを見て、こんなしあわせな魔法の使い方があるのかと、シャルはいつも感動していたのだ。


 もっと使い勝手のよいものを作れば、きっとエル君は喜んでくれる。

 だからここ最近のシャルは、ふんふんと最前列の中央で授業を受けていた。

 魔工具で良い料理器具を作ることができたらと、毎日毎日空想していたから。


 今日は広い講堂にシャルしかいなかった。


 とんでもないやる気に満ち溢れていた。シャル一人しかいないというのに、若い女性の講師……エイラ・ガレノアは謎の圧を感じながら講義をしていた。


 エイラの前には、クリスタルと呼ばれる、魔力を保存できる結晶がある。そこにつながるのは魔術回路。その末端に音が鳴る魔法陣。


「魔工具の製作は既存のものを真似するのが一番です。例えば呼び鈴などがそうですね」

 とエイラが実演する。エイラがクリスタルに触れた。

 魔術回路に光が走り、魔法陣に到達すると音が鳴る。


「このように、クリスタルに触れると回路が構成されて、クリスタルを供給源として魔力が発生。魔術回路を魔力が走り、魔法陣に到達すると……音が鳴ります」

 エイラがクリスタルから指を離すと、回路が途切れ音が止まった。


 エイラは黒板に簡易的な回路と魔法陣を書き、理解しやすいようにしていた。


 実演と理論。


「これを応用したものが、アクアリス魔法大学に許可なく入ろうとすると警報がなるシステム。あれが最新の魔工具の成果です」


「エイラ先生、わかりやすいっ」


 シャルとしては心の中で思っていたことであったが、声に出てしまっていた。

 興奮していたから。

「え、えぇ。あ、ありがとうございます。シャルロッテ様……」


 もはや個別授業の様相だ。講義を受ける者がいないのなら、エイラも休みであったため、最初はやる気がなかったが、ここまで熱心に受講されるとやる気がでる。


「復習になりますが、魔術回路は、魔法という現象を解析した魔法陣に、魔力供給のシステムを組み込んだものになります。メリットは魔力がある人は魔力供給すれば簡単に、クリスタルがあれば触れるだけでだれでも、デメリットは簡単な現象のみで、複雑になればなるほど膨大な魔力を有することですね。だから人気がないのですけどね。魔工具に出来ることは自分でできちゃうし、その方が圧倒的に消費魔力が少ないから」


 光る、音が鳴る、冷やす、温める、燃やす、探知するといった簡単な物に使われている。

 少し複雑になるだけで、魔力消費が多すぎて誰も扱えない物になってしまう。


「先生っ!」

 シャルが手を挙げた。ふんふんと嬉しそうに。その傍らには謎の魔工具があって。

 エルが生クリームを作る際に使っていた、かき混ぜるためのホイッパーを改造したものだ。


 エルは風の魔法で回転させていたが、触れるだけでかき混ぜてくれるのならば、より簡単になるのではないかとシャルは思っていた。そして一度触れたら回転し続けてくれたらもっと良いと考えた。


 エイラはあまりのシャルのやる気に冷汗を浮かべた。

 彼女は他の講義の合間に、魔工具の講義をしている。専門家は魔法大学といえどいないのが現状だった。いやおそらく世界を見てもそうはいない。


 魔工具は魔術教会から嫌われているから。

 社会には既得権益というものがあり、魔術協会の意向は絶大だ。


 冷蔵ボックスや呼び鈴など、生活に困らないくらいの物はもうある。

 冷蔵ボックスも定期的にクリスタルに触って冷やさないと使えない、初歩的なボックスなのだが、それ以上の進歩を魔術教会は望んでいない。


 何だろうと、シャルの作った魔工具を眺めてエイラは思う。


「え、えと、シャルロッテ様、それは、いったい……?」

「風の魔術回路っ! 回転っ!」

 ふんふんと得意げだ。シャルがとことことエイラに近づき、魔工具を渡した。


「確かに風の回転の基礎的な魔術回路ですが……ん? ちょっと変な気が……」

 エイラが試しにクリスタルに触れるとホイッパー部分が高速回転した。


「わわっと。……さすがシャルロッテ様。そうです。このように既存の魔術回路を真似すれば、勉強にもなって魔工具を作れます……ちょっと回転早くて怖いですね。改良の余地がありそうです……ん? そもそもどうやってこんなに早く? ……ん?」


 エイラはぶぃぃんと回転し続ける魔工具を持って固まった。

 クリスタルを離せば本来、魔術回路の魔力供給が断たれるはずだが、依然として元気にぶぃぃんと魔工具が回転している。

 なにこれ……とエイラはつぶやいた。


「えと、シャルロッテ様。これはいったい……?」

 広い講堂は静寂だ。二人しかいないから。

 ぶぃぃんと音がむなしくなっている。


「クリスタルから手を離しても、止まらないのですけど……」

 エイラは現実を認めたく無いのか、何度もクリスタルを触っては離してをくりかえしている。


「魔術回路、少し足したっ! 触れていない間も魔力供給してほしかったからっ!」

「足したって。え? 何を?」

 ぶぃぃん。


「一度回路構成すると、クリスタルから直接魔力供給するようにっ! 保持するバイパス入れましたっ! むんっ!」

「え? ちょっと何言っているかよくわかりませんね。なんのために?」

 ぶぃぃん。ぶぃぃん。


「触れてるの疲れる時もあるからっ! エル君に喜んでほしくてっ!」

「え、エル……だ、誰? え、え?」

 シャルは成功に諸手をあげて喜んでいる。

 ぶぃぃん。ぶぃぃん。ぶぃぃん。ぶぃぃん。


 ぶぃぃんと高速回転するホイッパーの軸部分から煙が発生し始める。

 それでも魔工具は止まる気配を見せない。

 魔工具の持ち手が熱くなっていき、エイラは冷汗が滝のように背中に流れるのを感じた。


「ち、ちなみにこれはどうしたら止まります?」

 シャルは固まった。魔術回路の魔力供給を絶つ方法を考えていなかったから。

 ぶぃぃん。


「……」

「…………」

「何も考えてないっ!」


「あつっ!」

 エイラはシャルの言葉を聞き、高熱を発し始めた魔工具を地面に叩きつけるように投げ捨てた。得体の知れない魔術回路が暴走する前に壊す必要があったから。

 砕け散る音が響きわたる。


「あぁっ!」

 シャルの悲鳴も木霊した。

 間髪入れずに、エイラが攻撃魔法でシャルの作った魔工具を粉々に破壊したのは言うまでもない。


 はぁはぁとエイラは呼吸荒く、頬を伝る汗をぬぐった。

 本気で魔工具を粉砕したから。


「ううぅっ……」

 エルへのプレゼントが残骸になってしまった。

 粉々の成れの果ての前で、シャルはこの世の絶望のように膝をつきガタガタと震えている。

 涙でべちょべちょだ。

 悲しかったし、きっと怒られると思ったから。失敗してしまった。


「え、えと。その。ごめんなさいシャルロッテ様。その……失敗は成功の母ともいいますし……また頑張りましょう」

「……うんっ、あり、ありがどうっ」


 怒られると思っていたシャルは慰められて、お礼を言った。

 他の教師なら講堂から追い出されていただろうから。

「今度はちゃんと安全に止められる回路を考えましょうね。安全が一番ですから」

「……うんっ」


「あぁ、それとシャルロッテ様はまだ卒業研究のテーマを登録していないようですけど、決まりましたか? 来月提出なので忘れないでくださいね」

「……うぇ?」

 シャルは友人がいないので初耳だった。


……。


 講義を終え、シャルは外に出てすぐに箒に跨った。

 箒をかっ飛ばして家に帰る。

 メイド達が出迎えてくれて、ユキナに飛び込む。

 報告したい事があったから。今日はお菓子好きの友人になれるかもしれない人ができた。

 ユキナはいつものように相槌を打ってくれて話しやすい。


 話を聞き終えたユキナが言った。

「そういえば冬休みに奥様達が、この別荘に来るとおっしゃっていました」

「……鬼が来るっ!?」

 シャルは青ざめた。


「奥様のこと鬼と言ってはいけませんよ、シャル様、奥様も悲しまれます」

「ごめんなさい……でも、こわいっ」

 三日三晩お菓子を禁止された時を思い出し、ガクガクと震えた。

「卒業研究のテーマを何に決めたのか気にしてましたよ?」

「……うぇ?」

 シャルだけが初耳だった。興味がなかったから。

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る