第31話 お菓子同盟(シャルロッテ)
アクアリス魔法大学の午前の講義が終わり、大好きなお昼の時間がやってきた。
シャルは終了の鐘と同時にガタッと立ち上がり、こそこそっと独りでいられる場所に行こうとして、扉の前に女子生徒が立っていることに気づいた。
二、三歩たたらを踏む。
怒られる前に下を向いたまま女性達の脇を抜けようとしたところで声がかかった。
「シャル様」
どこかで聞いたことのある声。
「ふえっ」
と顔を上げると真っ赤な髪と瞳のセシリアがいた。
セシリア・ハインリッヒ。
彼女はハインリッヒ商会のご令嬢。
同い年だというのに、大人っぽくてきれいだ。
社交界で出会った、シャルの数少ない幼馴染。
社交界で盛大に恥をかき、落ち込んで隅で宙を見上げていた時に、セシリアがショコラトルという飲み物を教えてくれた。
それがシャルとショコラトル……チョコという飲み物の出会いだった。
アクアテラにハインリッヒ商会があることは知っていたが、アクアリス魔法大学で出会うとは思わなかった。本来貴族の習わしとして、留学の際に、その土地に根付く貴族のハインリッヒ商会には挨拶に行くべきであったが、シャルはお腹が痛くなったので行っていなかった。
当然仮病だ。
シャルは驚いて飛び跳ねてしまう。
「なんでっ!」
「なんでってわたくしもアクアリス魔法大学の生徒だからですよ。もしかして気づいていませんでしたの?」
「……う、うん」
「そういうことでしたの。てっきり忘れられているのかと思っていましたわ」
シャルはぶんぶんと首を横に振り、金髪縦ロールが自分の顔にぺちぺちと当たる。
「わ、忘れるわけないのでしてよっ!」
セシリアはチョコという飲み物の存在を教えてくれた、いわばお菓子同盟だ。その絆は固い。当然シャルが一方的にそう思っているだけなのだが。
「ふふっ」
と彼女はおかしな言葉遣いにひかえめに笑った。美人顔だが、笑顔はやわらかい。彼女を怖いという同い年の子は多かったけど、シャルはセシリアのやさしさを知っていた。昔と変わらない様子に安心する。
お菓子同盟の彼女を忘れるわけがない。話したい事が沢山ある。
「あ、あのねっ! あ――」
ふんふんと最近出会ったお菓子職人のことを教えようとして、彼女の隣にいる二人の女生徒に気づく。
幼馴染のセシリアに負けず劣らず陽のオーラを身にまとっている子たちだ。
眩しくてシャルは逃げ出そうとした。
長年のぼっち生活に慣れてしまったから。
「ご飯……」
とだけ呟いて彼女達の脇を抜けようとしたが、見事に幼馴染に捕まってしまう。
「シャル様もご飯ですね。一緒に食べましょうそうしましょう、さぁ行きましょうネルさん、クラリッサさん」
「「えぇっ」」
右手をセシリアに左手はネルと呼ばれた子に、背中はクラリッサに。
あっという間の包囲網。そして陽キャの集い……学食へ向かうことになる。
別に陽キャの集いでもなんでもないのだが、シャルはそう思っていた。
「ふえぇ……」
……。
八重歯で快活なネル・アルジェ。おっとりしたクラリッサ・フローリス。
そして真っ赤な瞳と髪の幼馴染セシリア・ハインリッヒ。
目の前には陽のオーラの三人。
周囲は友人と楽しそうに喋る学生たち。
陽の気に満ちた学食。
いつもの誰も来ない校舎裏の木陰のさびれたベンチとは違う。
久しぶりの独りじゃない昼ごはんにシャルは目を回していた。
「おーほっほっほ……ごほっ……ふえぇ」
清潔感があり、広く開放的な学食にシャルの高笑いが響く。
シャルは席に座ったり、立ち上がってみたり、逃げようとしたりと奇行を繰り広げていた。
セシリアが手を握っていて逃げることができないから、情緒が悪化している。
ネルとクラリッサは伯爵家であるはずのシャルの奇行に驚いていたが、セシリアはニヤニヤと見ていた。
小さい頃と変わっていないからか、なつかしい子を見るような目だ。
一人で大混乱するシャルをひとしきり眺めてから、助け船を出した。
「シャル様の今日のデザートは何ですか?」
「……っ! あ、あのねっ! プリンっ! これおいしいよっ!」
シャルはプリンをマジックパックから取り出した。ふんふんと好きなプリンについて語り始める。エルに教えてもらったレシピで、ユキネが作ってくれたもの。どれだけ美味しいのか、幸せになるのか、身振り手振りで説明する。
楽しそうな姿に三人は笑ってしまう。
みなの笑顔に安心したシャルがおずおずと言った。
「こ、これっ……食べる?」
ちょうど三つプリンがあった。本当は全部自分で食べるためのものだったが、おいしさを知ってもらいたかった。
グルメ対決以来、お菓子で笑顔になるのを見るのがとても好きになったから。
「よろしいのですか?」
「……うんっ」
三人は顔を見合わせて、笑顔で頷いた。
「シャル様、ありがとうございます。それではわたくしはこれを」とセシリアが。
「ありがとうっシャルロッテ様っ! あたしはこれを!」とネルが。
「ありがとうございます~ではでは、私はこれを~」とクラリッサが。
三人がそれぞれのデザートをシャルの目の前に置く。
三人とも甘いものが好きだった。
シャルは夢のような光景に固まってしまう。友人と甘い物を持ち寄って食べることに、ひっそりと、だが強く強く憧れていたから。セシリアだけじゃなく、ネルとクラリッサもお菓子同盟に心の中で加えた。
三人がプリンを食べ、おいしさに驚く顔にシャルのテンションは最高潮に達した。
さらにセシリアがうれしい話題を提供する。
「そういえばシャル様のクレープすごくおいしかったですわ。今日はそのことを話したくて勇気を出して誘ったのですよ。シャル様に忘れられててもかまわない、その時はもう一度、一から仲良くって思うくらいに、クレープはおいしかったのです」
シャルの心の中は、火に油を注いだような状態になった。
「うっ!」
シャルは立ち上がった。
だが残念ながら、うれしさのあまり言葉がでない。心の中では沢山話しかけているのだが、言葉がついてきていなかった。
だからシャルは無言で手をバタバタとしている。
「生地がもっちりしていて最高だったよ!」とネルが言う。
「生クリームがかわいくて~甘くて~幸せでした~」
とクラリスがまったりと。
「ありっありがどうっ! うううっ! あり、ありがどうっ! エル君っ! エル君のぉっ! うううっ! ありがどうっ!」
シャルは何度もお礼を言う。
いかにエルの料理がすばらしいのか語ろうとしたところで、午後の講義の始まる予鈴の鐘の音が鳴った。
「あっというまですね~」
「シャル様と話せてよかったよ!」
「ふえぇ」
もっと話したかったとシャルは落ち込んだ。その様子を見たセシリアがクスっと笑って提案する。
「シャル様。また誘ってもよろしいですか?」
「あり、ありがとうっ!」
シャルはぶんぶんと頭を縦に振った。
「それじゃあシャルロッテ様っ! またね!」
とネルが八重歯を見せた。そしてクラリスがおだやかな笑みを見せる。
三人が学食を後にするのを見送ってから、シャルはゆっくりとお弁当を片付け始めた。
講義がないから遅くなっているわけではない。久しぶりの同級生との会話を頭の中で何度も繰り返していたから動きが遅くなっていた。うれしかったのだ。
シャルのほっぺは赤くなっていた。
「エル君のクレープのおかげっ……エル君のおかげっ……うう、ありがとうっ」
屋台出店したことで会話のきっかけになった。
やはりお菓子は幸せにする効果がある。エル君はすごいっ、とシャルの中でエルの評価がうなぎ登り。もともと高かったのだが、もはや神様の領域に近づいていた。
お菓子の神様だ。
シャルは授業開始間近だというのに、呑気に花のクレープ屋さんがある方角に向かって合掌していた。
「神様お菓子様エル君様」
チャイムの本鈴が鳴り、飛び跳ねる。
「魔工具の授業っ!」
シャルは不人気の魔工具の授業を大切にしていた。
日頃の感謝を込めた、エルへのサプライズプレゼント……。
密かに作っている料理用の魔工具があったから。
それは誰にも教えてない秘密。
少し恥ずかしかったというのもある。
リッタにはプレゼントしても恥ずかしくないけど、なんでだろう。
よくわからない。
それ以上に、何より、沢山喜んでほしいから秘密にしている。
「急がなきゃっ!」
脱兎のごとく講義場へ向かった。
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※一章でチョコを普通に出していたのですが、この異世界のチョコはショコラトルという飲み物ということで……過去の話も訂正しました。混乱させてしまったらすみません!
チョコの歴史調べてて、あれ?ちょっと厳しいかも…となってしまいまして。
エルがクレープに使っているチョコソースはセーフ…かな?ということで、訂正してないです。
いつも読んで頂きありがとうございます!
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