第25話 アクアテラの祭典三日目②
アクアリス魔法大学の講堂には多くの学生と屋台出店の関係者が集まっていた。
いつか聖女アリシアが挨拶をした場所だ。
派手な髪色の女子生徒と思われる司会者が会場を盛り上げる進行をしていた。今年のアクアリスの来場者は前年の倍以上になったらしく、感謝を述べている。
会場にはお偉いさんが集まっているようで、前に来た時よりも、貴賓が誰かわかるように装飾された箇所が用意されていた。
そこにはアリシアが穏やかな笑みで座っている。
けど、少し違和感を抱いてしまう。姿かたちは一緒だがどこか雰囲気が違う気がする。ここにリッタがいたら魔力ですぐわかるのだろうが。
残念ながら俺の場合はただの勘だ。
派手な髪色の司会者がテンション高めに結果を発表する。
「優勝は『シャイロックのクレープ屋さん』! 推薦者はガイウス様。ガイウス・ブラント・シャイロック様です!」
隣のユキナは残念です、と小さくつぶやき唇をかみしめていた。
司会のテンションの高い声とは違い、まばらな拍手だ。
中には熱心に拍手をしている者もいたが、全く拍手をせず隣の人と話し合う者もおり、まばらな拍手になってしまっていた。
ざわざわと話し合う声が聞こえる。
ガイウスのクレープ高くなかった?
パサパサしてて盛り付けも種類も今ひとつで、食べづらかったよな
第二演習場行った? すごい盛り上がりだったよ
行った! シャル様のクレープ食べたけど香りも味も、違ったよね
てか何でシャル様は第二演習場だったの? あそこって出店場所じゃないし、初日誰もお客さん行かなかったよな
会場に不穏な空気が漂っている。
「あー! 静かにしてくださぁい!」
と司会が声をかけるもざわめきは止まらない。熱心に拍手をしていた者も周囲の目が気になったのか、拍手をやめてしまう。
ざわめきが大きくなっていく。
「あ、えーと、そのぉー! えっと! ガイウス様! 登壇して下さぁ~い!」
司会は会場の空気を察しやりづらそうにしながらも、ごり押しするように叫んだ。
その中ガイウスは意気揚々と子分を伴い、ステージに上がった。
アリシアやお偉方の前で誇らしげな顔を向け、用意された椅子に座る。
貴族という権力と、商会という人脈と金を持つガイウスに、歯向かえる人はこのアクアリス魔法大学にはいないとカーターは言っていた。
だが、その対抗馬がシャルロッテ・フォン・ヴァイオレットという留学生だったらどうだろう。金はガイウスに及ばないが、伯爵家という貴族の中の貴族。権威と血統で言えば、ガイウスより遥に上。
そしてクレープの味の違いが明確にあったらどうなるか。シャルのクレープの方が、値段もずっと庶民的で、お客さんが喜ぶ工夫がされている。ずっと丁寧で愛情が込められていた。
だから、どこかの誰かが声をあげてしまうのも無理はない。
真心のこもった味は熱狂的なファンを作ってしまうものだから。
そして不正を感じさせる結果を伴えば、どうなるか。
民衆は意思の無いモノではない。一人一人が心を持つ人間だ。
アクアテラの人々は食べて歌って恋をする。
好きなものを好きと言える、熱い心を持っている。
それは人に対してだけではない。
「『花のクレープ屋さん』のクレープの方がっ、ずっとず~っと美味しかったあーっ!」
会場のどこかから上がった女性の高い声は、拡声魔法付与のマイクがないというのに会場に響いた。
拍手がまばらで、シーンとした会場だったことも影響していただろう。
一言だ。
たった一人の感想が会場に伝播していく。
「最高にうまかったぁ!」
「シャル様のクレープ大好きだぁ!」
「最高だったよぉ! ありがとう!」
「もっともっとっ! 食べたかったあ!」
怒涛のような拍手喝采が会場を包んでいった。
それは自発的なもので、大きなうねりとなって会場を埋め尽くす。燃え上がる恋のように、人々の声は誰にも留めることはできない。
ある種の混乱のような雰囲気になっており、ステージの上で拍手喝采、表彰を受けるものだと思っていたガイウスは立ち上がり、二、三歩たたらを踏み、会場の人々に唾を飛ばしながら何かを喚き、隣の子分を怒鳴っている。
司会者もあわてている様子だ。
もともとシャイロック商会はあくどい商売も選択してきた。親が被害にあっている学生がいても不思議ではない。だからブーイングが会場を埋め尽くしていくのも必然であるように思う。雑然とした雰囲気になった時のことだ。
一人の教員と思われる女性が司会者のもとへ駆けつけ、何事かを伝えている。
「えっ!? いいの!?」
という司会者の素の声がマイクにのる。
「し、失礼しましたっ! え~と、あのですね! 集計ミスというか。あの。その、特別賞があります! 『花のクレープ屋さん』で、推薦者、シャルロッテ・フォン・ヴァイオレット様!」
一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手喝采が満ちた。
ガイアスが多くの生徒から嫌われていたのもあるだろうが、それ以上にクレープが好評でこの結果を望んでいた人々がいてくれたのだろう。
「シャルロッテ様! 登壇してください! ヴァイオレット様! 怒っちゃいましたか!? 登壇してくださぁい! シャルロッテ様ぁ!?」
司会は懸命に声をかけていたが、シャルは登壇しなかった。
それもそのはずで、今彼女はたのしいたのしい夢の中にいるのだから。
「あ! ちょっとそこのお兄さんっ! 石投げようとしないで! もうちょっとで見つかりますからぁ! 迷子の迷子のシャルロッテ様ぁ!? 至急登壇して下さぁ~い! 私の冷汗がとまりませぇ~ん!」
必死の司会の呼びかけにもシャルが現れず、会場が笑いに満ちた。
司会は破れかぶれの様子だ。
失うものはないとばかりに投げやりな感じになっている。
「あ~現れないのかなぁ? 怒っちゃったかな~? あ~駄目ですね~こりゃ。私をシャルロッテ様と思ってね皆! 私が表彰状受け取りまぁす! ごめ~んねっ★」
会場にどっと笑いが満ちた。
「気を取り直して表彰にうつりましょっ! あ~ガイウス様どうぞ! え~あなたはこのグルメ対決で優秀な成績を~以下略っ! 私この状況耐えられないのでっ! どぞスピーチしてくださいっす! うっす!」
ささっと司会者はガイウスに場所を譲り、彼女は宣言通りに、シャルが座る予定だった椅子の上に座った。コミカルな動きに再度笑いが起こる。
調子に乗り、どや顔でポーズまでしていた。
笑いの中、ガイウスが賞を受け取っている。
この状況でスピーチまでするのか。
とんでもなく雑なバトンを渡されていた。
俺なら腹痛を訴え逃げる状況だ。
大勢の観客がいる中、誰も耳を傾けていない状況で、偽りだらけの虚しいスピーチをガイウスは始めた。
どのようにクレープを開発したのか。その経緯を事細かに語っていた。
シャイロック商会の歴史と、いかに自分がすごいのか、長い長いスピーチだ。
白けきった空気が満ち、陰口、野次が飛んでいる。
途中だというのに、会場を後にするものが多かった。
彼はまだ若いし、少しかわいそうなことをしてしまったかもしれないな、と俺は思う。今度会ったら何かおまけしようかな。嫌われているだろうから、そんな機会はないだろうが。
逆に言いがかりは前のようにされるだろう。
難癖付けられ前に何かしら対策を打たなければならないかもしれない。
しかし、多くのお客さんの笑顔が見れた、楽しいイベントだった。
「ありがとう、ユキナさん。みんなに伝えてくれ。楽しかった」
「楽しかったで済ませてしまうのですね」
俺は薬の効果でしばらくは眠れない。時間ももったいないし、店を開業させよう。
もっと人の喜ぶ顔が見たいから。
クレープを食べたい人がいるかもしれないから。
じゃあ、また打ち上げで、とユキナに一旦の別れを済ませる。背中に声がかかった。
「どこへ向かわれるのですか?」
「もちろん」当たり前のことを聞かれ笑ってしまう。「開店準備だ」
はは、とユキナは笑ってその場に座りこんだ。
「元勇者パーティーのA級冒険者というのは、どれだけ化け物なんですか……」
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