第24話 アクアテラの祭典三日目①


「休んでくれと皆に伝えてくれないか?」

 俺は何度目かの伝言をユキナに頼む。

 一日目の夜も徹夜で準備、みんなはほんの少しの睡眠時間で、慣れない屋台出店を乗り切った。そして二日目の夜も徹夜で準備し続け、今三日目の終了の時刻……昼を迎えようとしていた。


 もう肉寿司はなくなり、想像以上の集客で準備していた屋台飯もなくなっていた。

 クレープの売れ行きも想定を軽々と超えていた。材料が足りなくなったほどだ。メイドたちに走って材料の購入に行ってもらい何とか営業していた。

 俺は近くの屋台でユキネをサポートするように、受注したクレープを作っている。今は全員と協力して、クレープ販売に全力を注いでいる状況だ。


 うれしい悲鳴だが、みんな頑張りすぎて身体が心配になってきていた。

 事実今日の明け方シャルは電池が切れたように寝落ちした。

 起きた後は、「ごべんねぇみんなぁ」と何度も何度も謝っていた。


 謝る必要は全くない。

 ガイウスのクレープに勝つことを目標にしていたが、一番大事なのは彼女たちが健康で無事に楽しい思い出をつくることだ。

 そこだけは見失いたくない。

 欲に負けて、本当に大事なモノを見失うことほど後悔するものはないからだ。


「何度も伝えているのですが、誰も休もうとしなくて……きっと……」

 ユキナがクレープの下準備をしながら、姉のような表情で周囲を見渡して言う。

 視線の先ではお客さんの笑顔が溢れ、シャルは楽しそうにクレープの魅力を伝え、リッタやメイド達も接客やその補助をしている。


 リッタはおいしそうにクレープを食べながらだが。

 ドランの花屋で買った花を髪に飾ったまま、食べる姿が『花のクレープ屋』の宣伝になっているのかもしれない。


 皆の表情を見て、ユキナが言おうとしていることが分かった。

 

「どう思いますか?」

 ユキナがささやく。

 彼女の視線の先ではユキネがクレープを作り、お客さんに手渡ししていた。

 疲れているだろうに二日目と同じ楽しそうな笑みだ。

 普段の気弱な仕草はなく、シャルのような楽しくて仕方がないという笑顔。


「ユキネはあまり身体が強い方じゃないから、止めた方がいいという理性も私にあるのですけど。あの子のあんなに楽しそうな顔なかなか見たことがなくて。小さい頃から料理が好きで好きで仕方がない子なんです」


 二人の間にも色々あるのだろう。ユキナは自信と芯の強さが垣間見れる。そして何より優秀過ぎだ。何でもそつなく人並み以上にこなしてしまう。だが一方でユキネからは自信がなさそうな所を感じていた。姉妹兄弟というのは比べられてしまう。憶測や邪推はするべきじゃないが、どうしても想像してしまっていた。


 だが、料理をしている時のユキネは違うと、この祭典で知った。自信の無さを上回るほど、料理が好きなのだろう。自分を卑屈にかえりみる暇がないほど、夢中になっているのだ。

 そしてその夢中な思いを包み隠さず、自然な笑顔でお客さんと接している。

 ユキネはこういった商売が天職なのかもしれない。


 同時に楽しさは、身体の酷使につながることも事実だ。

 辞め時を諭すのも大人の仕事であると思う。

 そして中には気づかないうちに無理をして頑張りすぎてしまう子もいる。逃げ道は必ず用意しておかなければならない。本心ではユキネの頑張りを見てみたいと思いながら言った。


「止めたほうがいいと思う。その気になればこういったチャンスはいくらでもある。大事なのは楽しい思い出で、ほどほどに終わって身体を労わることだと思うが」

 ユキナは俺の顔をじっと見た。


「エル様ずるいですよ」

 ユキナは年相応に少し頬を膨らませた。

「自分だけ寝ないで、こんな楽しい時間を独り占めしようとするなんて。それに、ほどほどに終わる、なんていう人が不眠不休で働きませんからっ」

 一日目の第二演習場は希望も何もなかった。

 シャルは泣き、リッタは困り、ユキナは申し訳なさそうにしていた。

 だが、今は音楽も歌も飯も、仲間もお客さんも……何より笑顔がいたるところに溢れていた。

 

 ほんの少しの心遣いで、ほんの少しの工夫で、お客さんが笑顔を見せてくれる。

 こんなに楽しくてやりがいのある時間があるだろうか。


 寝ないで、楽しい時間を独り占めか。

 確かにそう見えてもおかしくない。

 俺は少し笑ってしまった。

 

「大丈夫です」ユキナはきっぱりと言った。「私の妹には倒れてもらうって決めました。今決めました。エル様がやさしいいじわる言うから」

 ユキナは妹の元へクレープの材料を渡しに、ぱたぱたと小走りで行った。

 何事かユキネに耳打ちしている。

 仲の良い姉妹らしく笑いあって、クレープを手際よく協力して作っていく。


 小さな屋台で、来てくれる人、一人一人が喜んでくれる店を開店できれば満足だった。だけど、こうして知り合った人々と一つの目標に向かって協力し、自分一人では見ることのできない多くのお客さんの笑顔を見ることができて、こんなにうれしいことはないと思ってしまう。

 自分の単純さと欲深さを笑ってしまう。

 

 リッタがとことこと近づいてきた。

 出来上がった注文通りのクレープを渡そうとするが受け取らない。

 少し怒っている気配があった。

「飲んだでごぜぇーますね」

「飲んでないよ。それよりもほら。これ注文通りのやつ。食べてばかりいないでちゃんと接客してくれ」


「ユキナに聞いたでごぜぇーます。この数日一睡もしてないって。薬飲まないって約束したはずじゃねぇーですか」

「……副作用はない。眠気が吹き飛ぶだけだ」


「副作用のない薬なんてねぇーでごぜぇます。人の身体には道理があるじゃねぇーですか。今度約束破って薬飲んだら、竜になってエルを人里離れたところに監禁して毎朝毎晩、飯を奴隷のように作らせてやるでごぜぇーます」

 それも悪くない生活かもしれない。つい笑ってしまう。本音を伝えた。


「どうしても格好つけたかったから」

「……今回はシャルの笑顔に免じて許してやるでごぜぇーます。でも、料理以外に異世界レシピを使うのは、もうやめて欲しい、でごぜぇーますよ……」


 リッタは怒ってはいなかった。ただこちらをじっと見つめて真剣な顔で。

「ごめん」

 と謝ると、リッタは機嫌をもどして、いつもの眠たそうな顔でクレープを受け取り接客に戻っていった。


……。

 

 アクアリス魔法大学に、魔法の花火が何発も打ちあがった。

 三日間に及ぶグルメ対決の終了を知らせる合図だ。


「あぁ~おわったぁあっ! 疲れたぁ!」

 赤毛のそばかすがチャームなメイド、ネイが晴れやかな顔で言う。


「もう終わりですか?」

 とキョトンとした顔でユキネが。でも少しふらつくように、椅子に座り、続けて言った。

「……疲れてたみたいですね」

 と今更自分の身体の状況が分かったようだ。他のメイドたちが彼女を労うように肩を揉んだり頭を撫でている。

 ユキネは、はにかむように目を細めていた。


 シャルはメイド服のままよろよろと木陰に行き座って目をつぶる。リッタもシャルの近くで猫のように丸くなって眠った。

 

 ユキナが疲労の溜まっているシャルやメイド達を介抱して回っている。

 俺はライアンやドラン、手伝ってくれた冒険者たちにお礼を伝え、まだ動ける者と協力して屋台の撤収をしていった。


 撤収を終え、メイド達はシャルとリッタを抱えて屋敷に帰っていった。

 

 唯一ここ数日寝ていないユキナに言う。

「結果を見て来るから、ユキナさんも帰ってくれ」

「いえ、大丈夫です。私も結果を見たいですから。……グルメ対決は、純粋なお客さんの売り上げと特別審査員の評価の二つで勝敗が決まります。売り上げは勝ちました。これは確信しています。後は審査員の評価ですが、こればかりは……」

「そうか」


 だが、勝っても負けてもと俺は思う。

 目を閉じても楽しかった時間が脳裏に焼き付いて離れない。

「エル様、まだ勝ってませんよ」

 目を開けるとユキナが口に手を当て、控えめに笑っていた。


「そうかな。これはもう勝ちだと思うけどな」

 お客さんの笑顔が全て、物語っていたと思うから。

 ユキナ達が料理で笑顔になってくれたのだから。

 一番の勝利の報酬はもうもらっていた。


「じゃあユキナさん、行こうか」

「はいっ!」

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