第23話 アクアテラの祭典二日目②


 アクアテラに噂が駆け巡った。


「第二演習場でグレイシャルハーレの肉が無料で食べられるらしいよ」

「グレイシャルハーレって何?」

「S級のモンスターなんだって、王族でも食べたことないくらい貴重らしいよ」

「とんでもなく美味いもんが無料で食べられるって! 肉がとろけるって!」

「一人一つらしい。冒険者ギルドの人がもっと下さいと泣き叫んだって聞いたよ」

「大食い大会もあるって聞いたぞ! 優勝すると肉の希少部位をもらえるとか」

「音楽もあって踊りをできる場所もあるんだって!」


 複数人の男女は生唾を飲み込んで互いの顔を見た。

「……行ってみる?」

「無料みたいだし、いってみよっか」

「噂が嘘でも、アクアリスのグルメ対決は行ってみたかったし……うん」


……。


「第二演習場です! 第二演習場はあちらにありますよ!」

 アクアリス魔法大学の校門で、カーターは叫び続けていた。

 最初は一人二人だったから口頭で丁寧に説明した。

 ところが、次々にやってくる人々皆、同じことを聞く。

 

 グレイシャルハーレを食べられる場所はどこですか?

 どうすれば食べられますか?

 一人一つ、無料なんですよね?


 カーターは気が狂いそうだった。何度説明しても終わらない。

 だから委員会の人を呼び、地図を持ってきて、矢印の看板を作り、みんな数珠繋ぎするように第二演習場の場所を伝えることにした。


 そして叫び続けている。聞かれる内容は分かっていた。だから叫んでいるのだ。

「第二演習場です! 第二演習場はあちらにありますよ!」

 喉が壊れそうだ。


 だがシャルの泣き顔で罪悪感に押しつぶされそうになっていた、昨日よりはずっといい。だから喉がつぶれても叫び続けていた。

 罪悪感を吐き出すように叫ぶのは、最高に気分がよかったから。

 それに……。

「これどうぞ~」


 青髪の胸の大きなメイドさんが、飲み物とお菓子をくれた。

 飲み物は高級そうな紅茶。お菓子はクレープと呼ばれる甘味。

 もちもちとした生地に、高くて食べる機会のない甘い生クリーム。

 どうやらシャルの屋台では格安でこれが食べられるらしい。

 最高だった。


「カーター君~ありがとう~。休んでもいいですからね~」

「いえ! 全然大丈夫っす! これくらい余裕っす!」


 カーターはお礼を言われるたび、疲れが吹き飛んでいくのを感じた。

 それに今までの学園祭とは比べ物にならないくらいの盛り上がりだ。

 しかも第二演習場から帰ってくる客はみんな笑顔。

 口々に聞いたこともない料理の話をしている。


 知らない他人の笑顔なのになぜだろう。

 こんなにうれしいことはないって思ってしまった。

 けど、何が起きているのか気になる。それだけが悲しかった。

 カーターの目の前にお客さんが来た。


「第二演習場です! 第二演習場はあちらにありますよ! ……『花のクレープ屋さん』のクレープも、最高にっ! おいしいですよっ!」

 カーターはただただ叫び続けた。


……。


「お客さん、ダメですよ。気持ちは分かるが、一人一つだ」

 冒険者ギルドの副長、ライアンが五人組の男性客の一人の肩に手を置いた。

 肉寿司の列に再度並ぼうとした客は、強気な態度をとろうとしたが、有名な血染めのライアンと分かり、愛想笑いを浮かべる。

「ライアンさん、ごめん。でも美味しくて……あんた叫んだらしいな。気持ちすごくわかった。肉ってこんなにうまいんだな」

「あぁ。だが、この世の中、うまいもんがまだまだある」

 ライアンは古傷の残った顔を豪快な笑みに変え、指し示す。


 彼の示す方向にはいくつかの屋台があった。

 フライドポテト、焼きトウモロコシ、餃子、お好み焼き、肉のパン包……そして唯一の甘味で、普段口にすることができない生クリームを使った甘い香りのクレープと呼ばれる料理。

 聞いたこともない料理の数々だが、どれも美味しそうな匂いを漂わせていた。


 五人組の客は無料で肉寿司と呼ばれるものが食べられると聞いてやってきた。

 それは本当で。

 初めて聞いた料理が、今までの人生で経験したことのないほどのおいしさだった。

 でもそれは一人一つという絶対のルールがあった。

 足りない、もっと食べたい。そう思ってしまった。


 一人の金持ちは金をいくらでも出すから、沢山食べさせてくれといったが、冴えない20代後半と思われる無精ひげの男は頑なに「一人一つだ」と金を受け取らなかった。何が起きても、きっとその意見は変わらないのだろうという雰囲気があった。


 だが、この第二演習場には他にも聞いたことのない料理が売られている。

 そして、舞台の上では大食い自慢たちが、その屋台の料理を大量に並べてうまそうに食べていた。

 その幸せそうに食べる様子に五人組は、ごくっと生唾を飲み込んだ。

 

「安いし、何か買っていくか? どれにしよう」

 どの屋台も長蛇の列ができている。

 しかし、手際が良いようで次々にお客さんが捌けていた。

 料理を食べた客の顔はみな笑顔だ。

「全部、買うか……大人買いだっ」

 五人は顔を見合わせ、子供ような笑みを浮かべる。全員が別々の屋台に並んだ。


 無事買うことができた料理を、第二演習場に設置されているテラス席に、どかっと並べ座る。

 餃子を食べた男は一口噛んだ瞬間にあふれる肉汁に思わず叫ぶ。

「こ、これうめぇっ!」

 フライドポテト、焼きトウモロコシを食べた男が言った。

「酒も売られてたから買ってくる! みんなも飲むだろ!?」

 男は仲間の同意を得ずに酒の列に走っていった。

 お好み焼きを食べた男は、口にソースとマヨネーズを付けたまま笑った。

「中の野菜もうまいし、この生地とタレが最高だっ。」 

 肉のパン包を食べた男は言う。

「これでいいんだよ! これが最高なんだ! パンに肉と卵を挟んでたれをかける! うまいもんをうまいもんで挟んでかぶりつく! 最高過ぎる!」

 

 五人は幼馴染だ。昔から一緒に楽しいこともしたし、犯罪にならない程度の小さな悪さもして、近所の大人に怒られ、成長した。大人になって社会で怒られる場面も多々あり落ち込む場面もあったが、こうして五人揃えば安心した。

 みんなと思い出を話すだけで楽しかった。


 だがこの第二演習場には、大食いイベントも踊る会場も、音楽も用意されていた。

 見たこともないおいしい料理たちと酒が、五人の思い出話に華を添える。


 馬鹿な話をして、つらい愚痴を吐露して、またアホな話をして。

 おいしい飯を食い、酒を飲み、笑い泣きをする。

 耳を澄ませば良い音楽が流れ、目を他に移せば楽しそうな大食いバトルや、踊る姿があった。


 最高に楽しい一日だ。

 だが全員があえて話題に出さないことがあった。

 もはやチキンレースみたいな様相を呈している。

 五人はちらちらと一つの屋台を見ては含み笑いを浮かべる。

「何かあるなら言ったらどうだ」

「いや僕はまぁ別にどっちでもいいよ。みんながどうしてもって言うならって感じ」

「どんな感じだよ」

「あぁ~塩辛いもんばかりだな~」

「今日は締めに甘い物な気分だなっ!」

 五人はふきだすように笑った。


 普段五人は甘い物を食べない。

 男五人で食べようという話にはならなかったからだ。

 だからみな、クレープと呼ばれるものが気になったが、誰も買おうとしなかった。

 

 だが、気になってしまう。

 一番目立つ位置に、花で彩られたクレープ屋さんには長蛇の列ができていて、そしてそれを食べる老若男女みな嬉しそうだから。

 甘い香りがふわっと香った。

 よしっ! と気合を入れて五人はクレープの列に並んだ。


……。


 クレープの列は人の波が出来ていた。

 行列ができた時に少しでもお客さん待たせないように、工夫がされていた。

 メイド服姿の金髪縦ロールの小さな女の子が、メニュー表を持って注文を聞いて周っている。

 五人組の前に少女が来た。


「お、お客様っ。ご注文はお決まりですか?」

 初々しい感じで、一生懸命さが伝わる接客だ。

 慣れていないのか目線が少しあっていない。

 じっと見つめていると、今にも逃げてしまいそうな小動物的な雰囲気もあった。


「え~と、どんなものがあるのか分からないな。おすすめはある?」

 ところがメニューについて聞くと、途端にうれしそうな顔をする。

「あ、ありますっ!」


 メニューそれぞれを説明していると、彼女の説明はどんどん加速する。いかにおいしいのか、どれだけ幸せになるのか、ふんふんと身振り手振りで、好きなモノを一生懸命に伝えてくれる。


 楽しそうな笑顔は伝染する。

 自慢のお店を紹介するような態度に、男たちは笑った。

 店員なのに目の前にいるのは、ただの一人のファンだったから。


「俺は甘すぎないやつで」

「僕は量が多いやつが良いな」

 金髪縦ロールの小さな女の子は諸手を挙げてぴょんぴょん喜んだ。


 男の一人は花を懐から取り出した。さっき露店で買ったやつだ。

「連絡先教えて。今度デートしよう」

 金髪縦ロールの小さな女の子は、無言ですすーと隠れるように次の客の注文を取りに行った。


 男たちは仲間の失恋に笑った。


 アクアテラの祭典は食べて歌って恋をするというものだ。

 当然失恋も星の数ほど発生する。そんな時は食べるのが一番。

「お前流石にあの子は若すぎだろう」

「うるせぇ。楽しそうに好きなモノを語る姿がかわいいって思っちまったんだ」

「まぁ分からんでもないが、犯罪だ」

 男たちは笑った。

 

 クレープ屋では肩で切りそろえた黒髪のメイドが手際よくクレープを作っていた。

 大きな丸い鉄板にバターを薄く延ばす。生地の素を中央に垂らすとシューという小気味良い音が鳴った。

 ヘラで真ん丸に均等に伸ばし、しばらく時間を置いてひっくり返した。

 焼き色がきれいな模様になっている。

 

 できた生地を調理台に乗せ、生クリームを生地の真ん中から縁に向かって一直線に盛り、そこから円弧を描くように縁に沿って盛っていく。チョコソースで模様描き、砕いた軽い焼き菓子、ナッツなどのトッピングを添えた。

 そこを起点に生地を包んでいく。


 紙でつつみ完成かと思ったが、彼女は真ん丸のクリームをのせ、チョコソースで目を描く、焼き菓子を耳に見立てた。

 男たちの目の前に並んでいた子供がわぁっと目を輝かせた。

「ウサギさんっ!」


 黒髪のメイドは見惚れるほどの笑顔を見せた。

 小さな子供に目線を合わせてクレープを渡した。

「はいどうぞ……ウサギさんです!」

「ありがとうっ! メイドのお姉ちゃんっ!」


 終わらない長蛇の列だ。

 作り続けて疲れているだろうに、メイドの笑顔は満開の花のようだった。


 甘い香りが満ちている。 

 男たちは懐の花に手を伸ばした。


「はいどうぞクレープです! ありがとうございます! そしてごめんなさい! また来てくださいね!」

 無事男たちは全員失恋した。


「このクレープうまいな」

「失恋に染みわたる甘さだ」

 涙をこぼしながら笑顔で一人の男が言った。

「クレープ最高だぜ」

 顔を見合わせて男たちは笑った。

 クレープを食べながら大学の外に向かう。

 この失恋話を肴に、夜までこの祭典を楽しむために。

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