第22話 アクアテラの祭典二日目①
シャルの屋敷を出ると、目にまぶしいほどの朝日と幼馴染が出迎えてくれた。
「エルゥ! エルゥ!」
幼馴染のデュークが上空で懸命に手を振っている。
なぜか竜化したリッタの前足で掴まれていたが。
救世主と呼ぶにはとても格好の悪い登場で、千年の恋も冷めてしまうような情けなさだった。だが俺にはいつもの頼もしい幼馴染に見える。
結構な高さでリッタはデュークを離した。
相変わらずなリッタの雑な扱いだ。不憫すぎる。
「え、ちょっ。わああああああ」
手足をでたらめに動かしながらなんとか体勢を整え着地する。
見た目と違い、とんでもなく運動神経がよい。
「あぶねっ」
結構な高さで落とされたというのに、あぶねの一言で済ませて近づいてくる。
リッタも竜化を解いて、いつもの眠そうな顔でとぼとぼと歩いていた。
「エルゥ! 聞いてくれよ! リッタの奴、俺を前足で掴んで運ぶんだ」
「うるせぇーでごぜぇーます。いいじゃねぇーですか」
「ひでぇと思わないか!?」
デュークは大きな身振り手振りで、リッタは眠そうな瞳のまま俺を見ている。
「狩られた後のオークみたいな運ばれ方だったな」
「うおぉっ! だから嫌だって言ったんだあ!」
「ざまぁねぇーでごぜぇーます」
デュークは頭を抱えて、リッタは肩を震わせながら笑った。
ひっとシャルは息をのんだ。
デュークの身体が返り血で染まっていることに気づいたようだ。
第一印象というのは大事で、小動物的なシャルは怯えやすい傾向にある。
箱入り娘で血とは無縁の生活を送ってきたのだから当然だろう。
シャルはリッタに隠れようとして、リッタも血だらけで、隠れるところを見つけられずにユキナに飛び込んでいた。
親友が嫌われるのは嫌だと思った。ユキナに聞いた。
「風呂借りてもいいですか?」
「もちろんです。デューク様……ですよね?」
なぜかデュークのことを知っているようだ。俺たちの素性を調べ上げているのかもしれない。身元も知らない者にシャルを近づけさせないためだろう。
知り合って数か月だが、ユキナをはじめとしたメイド達が普通ではないことくらい感じ取っていた。
デュークは気安い感じで片手をあげた。
「ありがと。だけど先飯食べたいっ! エルの飯!」
試作品が大量にある。メイド達に持ってきてもらっていたお好み焼きを指さす。
「うっはっ! こいつは最高だ……ってエルゥ! リッタが食べやがった!」
「うめぇーでございます! マヨネーズ、ソース、粉もの最高でごぜぇーますよ!」
「はは。まだ沢山あるからあわてなくて大丈夫だ。ある程度食べたら風呂入ってくれ。シャルが……この屋敷の主がドン引きしている」
メイド達は平常心だ。きっと血になれているのだろう。
やはり見た目通りのメイドとは思わない方がいいのかもしれない。
メイド達と作った料理が、次々にデュークとリッタの腹に収まっていく。あまりに美味しそうな食べっぷりにみんな笑っていた。
「うれしいものですねっ」
ユキネの言葉に、屋台料理を担当し、練習を重ねていたメイド達が頷く。
「これでシャルたちの準備は整った。後はリッタ、お疲れのところ悪いがもう一仕事ある」
「全然疲れてねぇーので大丈夫でごぜぇーます」
そんなはずはないのに、リッタは胸を張った。
リッタはよく寝る。朝は遅いし、夜は早く寝るのだ。
その彼女が不眠不休で、とてつもない距離を移動し、おそらくS級の魔物を狩り、休まずに戻ってきた。疲れていないはずはない。
身体が辛いと分かってはいるが、これからする仕事は土と風を司るリッタにしかできないもの。
「デュークは休んでくれ。悪いな。来てくれて助かった」
「お代は飯でな~」
と手をヒラヒラさせながら、メイドに案内され風呂に向かった。
「ユキナさん達も寝てください。今日の午前も捨てましょう。午後から明日の午後まで働き詰めになる。休むのも仕事だと思ってください。それとデュークに寝床も与えてくれると助かります」
「えぇ。そうさせてもらいます。皆まだまだ頑張れますが、午後から明日までが本番、ですものね」
ユキナが頷くと、メイド達はシャルを抱えて、走って屋敷に戻った。風呂に入って寝るためだろう。寝るのも仕事だから急いでいるのだ。
軍隊みたいな統率に、メイド服が戦闘服に思えてしまい、笑ってしまう。
……。
「ここでいいか? エルさん」
冒険者ギルド副長のライアンが相変わらずのごつい身体で、がははと笑った。
彼には色々頼み事をしたが、二言返事で了承してくれた。
移動式の貸屋台を借りること、第二演習場で実施するとあるイベントの噂を流すこと、音楽を奏でられる人の斡旋、酒の準備、無いとは思うがガイウスが荒くれ者を送り込んできた時の護衛だ。
「ありがとう。それと頼んだ件の進捗はどうだろうか」
ライアンは豪快に笑った。
「あぁ。もちろん準備できている。音楽が得意な冒険者達は来ていて、あっちの方で待機しているし、酒の準備も万端だ。一応荒くれ者が暴れないように用心棒も……うめぇ物が食えると行ったら嬉々として引き受けてくれた。後、噂を流せばいいんだろう」
事実、冒険者たちがすでに何人か準備を手伝ってくれている。
「本当にありがとう……完璧だ」
クレープ屋の屋台を花で飾り付けしてくれている、筋骨隆々のやさしい男に声をかける。
「ドランも悪いな手伝ってもらって」
「かまわない。俺もエルたちが気になっていたから」
食べて歌って恋をする。
アクアテラの人々は陽気だ。
この温暖で肥沃な大地に住む人々ならではの特質だろう。
彼らの祭りのテーマに沿うなら食だけでは足りない。歌には音楽が、恋には花のように繊細でうつくしい思い出やムードも必要だ。
後は屋台メニューによる大食い選手権の会場設営と踊る会場、座って休む場所。
「リッタ頼む」
「ん」
とリッタが指を向けると、土がせり上がり圧縮され、どんどん形が整っていく。
それを見ていた冒険者たちからは歓声があがった。
繊細で神業のような魔力制御と、莫大な魔力による豪快さを併せ持った光景なのだから当然だ。
「こんなもんでごぜぇーますかね。……ところで大食い選手権はあたしも出てもいいんでごぜぇーますか?」
「竜化は禁止だぞ」
「なら勝てねぇーのでおとなしく屋台の手伝いをしてやるでごぜぇーます」
大食い選手権の会場、踊り場、憩いの場、屋台の設置も万全だ。舞台は整った。
……。
シャルやメイド達が続々とやってくる。
きゃーきゃーと年相応な楽しそうな声であるが、準備はテキパキと軍人のようであった。屋台の出店準備が着々と進んでいる。
そろそろ反撃の狼煙をあげるとしよう。
良しと頷き、服の袖をまくり一つの屋台へと行く。
大釜で炊いていた米の様子を見ると、気持ち硬めでいい具合だ。
砂糖、塩、肉に負けない香りの強い酢を軽く火にかけ混ぜたものに、出汁昆布を入れ一晩冷蔵ボックスで寝かせていた、合わせ酢を取り出した。
アツアツの米を器に取り出し、合わせ酢を手際よく均等に混ぜ合わせていく。そして風の魔法で冷ます。すると、色艶うつくしく輝く、酢飯ができあがった。
リッタは何を作っているのか気づいたようで、いつもの眠たそうな目ではなくなった。屋台の目の前で酢飯の匂いを感じながら、今か今かと待っている。
お行儀よく、ただじっと出来上がるのを待っていた。時折俺と目が合うが、普段見られない瞳孔の開いた上目遣いがかわいらしい。
ライアン達の作業を横目にひたすら捌いてはマジックパックに保存していた、グレイシャルハーレの肉を取り出す。
手酢を手になじませる。左手で肉をつまみ、酢飯を右手でシャリの形にした。
左手の肉に、右手のシャリを乗せる。返し、小手返し……そして人差し指と中指で肉を添えるように抑え、くいっくいっと二度形を整える。
肉寿司だ。
次々に握り、器に並べていく。並べていくだけなのに、芸術のようにうつくしい。
うつくしいサシの入った、国王ですら食べたことのない最高級の肉だ。
器に並べると壮観だった。
赤い宝石のような光景。
リッタが生唾を飲み込む。
そして表面を火の魔法であぶる。
肉寿司にほんのり焼き色がつくくらいでやめた。塩を軽く振る。
「リッタ」
声をかけるとリッタはひな鳥のように口をあけた。自分では食べないらしい。
彼女の口の中へ肉寿司を投入する。
リッタはその場で悶絶した。脚をじたばたと動かし、頬を染める。
ゆっくりと噛みしめるように食べ、名残惜しそうに飲み込んだ。
「大好き、でごぜぇーます」
感想はそれだけだった。いつもなら詳細にどこが良かったのか、詳しく語ってくれるが、大好きという言葉のみ。だが、良く伝わった。
もっと食べてぇーです、という顔をしていた。
口に出さないのは、みんなへの遠慮か。
「これはリッタの分だ。甘ダレも用意してあるから好きなように食べてくれ。沢山がんばってくれたからな」
リッタは諸手をあげて喜んだ。
夢中で食べては悶絶して、頬をそめて、本当においしそうに食べてくれる。
それを横目に再度、肉寿司を作っていく。
さて、打倒ガイウスの仕上げだ。
客をこの第二演習場に集めるためには、噂が必要だ。
そして、火のない所に煙はたたない。噂の種火を用意する。
器に肉寿司を盛りつけた。
とある人物……ライアンに目で合図すると近づいてくる。
彼の目の前で肉寿司を火で軽くあぶる。塩を軽く振り彼に渡した。
「これは……うつくしいな。もう食べていいのか? …………う……うまいな」
一口で半分食べ、驚いたようにこちらを見る。
「これがグレイシャルハーレ、なのか。肉は溶けるものなのだな……いやしかし、これは、うますぎる。これを一人一つ、ただで配る気か……恐ろしいことをする」
いつもの豪快な笑いはなかった。
この肉の味には自信があった。冒険者生活13年……数々の肉を死ぬ思いで食べてきたが、グレイシャルハーレは忘れられない最もおいしい肉だ。
ライアンが恥をかかなくても、集客できる自信がある。
「しかし、本当にいいのか? ライアンさん」
「構わない。これなら本心でいける。一年前、俺がどれだけあなたたちに感謝していたか。伝えたい。男の生き様見ていてくれ。エルさん」
豪快な笑いのない淡々としているライアンは、冒険者を引退する前のギラギラとした殺気を漂わせていた。
かつて彼は血染めのライアンと呼ばれていたらしい。無法者が支配する町に単身乗り込み、三日三晩かけて白兵戦で犯罪組織を壊滅させた。
武器もなく、己の拳だけで。
そんな男が食べかけの肉寿司を右手に持って、殺気を漏らしながら、どすどすと目立つ位置に移動した。
当然、冒険者、シャルやメイド達たちの注目が集まる。みな静かに見守っていた。
ライアンは食べかけの肉寿司を口に入れた。
「……う」
みな、ただただ彼の奇行を見つめている。
「うめえええええええええ! 肉の旨味が殺伐とした毎日の労働に染みわたりやがるぅうううう! うめえええよおおおおお!」
ライアンが膝をつき天を仰ぎ叫んだ。
みな無言で彼を見ていた。
頼んだけど、ここまで必死にやってくれと言っていない。俺は困惑した。
ライアンはとんでもない形相で、どたばたと四足歩行で俺の目の前に戻ってきた。
「エルさん! エルさああん! もう一つ! もう一つぅ! 俺に肉寿司を! 肉寿司をおくれよぉおお! もう一つでいいんだよぉ!」
ライアンはよだれを垂らしながら泣き叫んでいた。
こんなにも食べたがっている人がいるというのに、俺は言わなければならない。
彼の思いに答えなければならないからだ。
俺は目立つところに、とことこ歩き、皆の注目を集めてから、罪人を断罪する王のように言った。
「だめだ、ライアンさん! 一人一つと言っただろう!」
周囲の冒険者、シャルやメイド達たちは皆静かだった。
なぜか音楽が得意な冒険者達が演奏を始めた。
物語のフィナーレ的な雰囲気が流れる。
俺はそこまでやってくれとは頼んでいない。
ライアンが俺の脚元に情けなくしがみつく。
「いやだああああああ! もっと……もっと食べさせておくれよぉおぉぉおお! お金ならいくらでも出すからああああ!」
ライアンはごつい身体で、いやいやと泣きながら駄々をこねる。
恩義のために、地位も名誉も捨てる男の生き様に涙が止まらない。
「駄目だと……言っているだろう!」
俺はライアンを突き飛ばした。
ライアンは捨てられた子犬の目で俺を見ている。
俺はとことこと冒険者たちの前に行き、大きな声で言った。
「だめだ、ライアンさん! 一人一つと、言っただろう!」
……。
俺たちの熱演と対照的に、シャルやメイド、冒険者たちは静かだった。
「一人一つでごぜぇーます。お前らの人生変わるぐらいめちゃくちゃうめぇーでごぜぇーますよ。そして食ったらアクアテラの面々に伝えやがれでごぜぇーます。S級モンスターグレイシャルハーレの肉寿司はうまい、国王ですら食ったことねぇ―です、アクアリスの第二演習場で一人一つ無料で食べれるでごぜぇーます、と」
リッタが冒険者たち一人一人に肉寿司を配っている。
「報酬は肉寿司もう一つでごぜぇーます」
食べた冒険者はみな同じ、俺の大好きな顔をした。そして彼らは噂をばら撒きに、大学の出口へと走っていった。
ライアンはまだ熱演していた。もういいんだライアン、休んでくれ。
「だめだ、ライアンさん! 一人一つと、言っただろう!」
後はうまくいくか、どうなるか身を任せるのみだ。
肉寿司を堪能し、幸せそうなシャルやメイド達を横目に、俺は肉寿司を作り続けていた。
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