第21話 アクアテラの祭典一日目③


 ユキナはエルから役割分担を伝えられた時、乾いた笑いが出た。

 渡されたメモにはびっしりと、必要な材料と機材が書かれている。


 頼まれた仕事は二つ。

 一つ目は食材と料理器具の準備。メモの内容からは何を作るものかは想像もできない。だが、内容を見るだけで、これが甘味ではないことは確かだった。何か軽食か屋台にふさわしい物なのだろう。


 二つ目は市場調査。現在学園祭で最も売れているものが何か調査する。


 市場調査は単純な人海戦術を必要とする。そのため人手が必要だ。多くのメイドを割かなければならない。午前午後とに、半分のメイド……五人配置することに決めた。


 ユキナは大学を出て、天井が開けている、空の見える路地に入る。

 魔法で空に時間を置いて三発、花火を打ち上げた。

 シャルの髪色、金色の花火だ。


 数分の後に、一人二人と影のようにメイド達が現れた。その数10人。


 シャルのメイドは全員、護衛であり、近接戦闘のプロ。そして皆『今日のシャル様』会という非公式のファンクラブに属している、血の契りを交わした精鋭ばかりだ。


 全員が揃ったところでユキナは言った。


「メイド道とは忠義を尽くすこと。シャル様への献身、エル様リッタ様……お世話になった人への忠義。それを果たせなければ、メイドとは名乗れませんね。そして今、我々が忠義を尽くすべき人達を困らせる輩が現れた」


 ユキナは一呼吸置き、笑みを浮かべて舌を出し、中指突き立てた。


「殺しはしません。ただ相手の土俵でぶっ潰すのみ」


 普段の気品あふれるメイドの中のメイドと、真逆の言葉と態度に、メイド達は皆、顔を見合わせた。

 そしてメイド達も、それはもう、うれしそうに笑みを浮かべて中指を立てる。


「「「はい! メイド長!」」」

 各自割り当てられた作戦をもとに散らばった。

 

……。


 夜中を通り過ぎ、明け方近くだというのに、ヴァイオレット家は活気に満ち溢れていた。

 ある者はキャベツを狂ったように刻み、ある者はイモの皮をむきまくり、そしてある者は無心で小麦粉と戯れていた。


 深夜はとうに過ぎ、鳥の鳴く音で朝の訪れる気配が刻一刻と迫っていることを告げていた。

「あーん! メイド長! もうイモ見たくないよぉー!」

「キャベツキャベツキャベツキャベツキャベツキャベツキャベツキャベツキャベツ」

「小麦粉は友達。小麦粉をこねることは愛。あれ? 片思い?」


 屋台のメニューはフライドポテト、焼きトウモロコシ、餃子、お好み焼き、肉のパン包だ。全て塩辛い物や軽食。

 当然、甘味はクレープ一本。

 クレープの売上を作るために、甘味の対抗馬は作らない。


 下準備が大事なのは餃子とパン。餃子の皮作りとパン生地を用意しなければならない。朝から晩までひたすら餃子の皮とパン生地を、メイド三人とシャルに作り続けてもらっていた。出来たものはマジックパックに保管していく。


 さすがに優秀なメイドと言えども、目が暗くなっている。一日中小麦粉と戯れてもらっていたから当然の結果かもしれない。

 だが彼女たちに安息はない。もう間も無く、二日目の朝が始まってしまうからだ。もちろん二日目もしてもらう予定だ。

 ごめんよ。


 餃子は皮にひたすらネタを詰め込んでもらい、できたものは冷蔵boxに保管。後は焼くだけの状態にしてもらっていた。

 大きさは大中小と種類も作り、見た目にも楽しんでもらう。

 当然、肉汁たっぷりの餃子だ。

 この餃子をデュークが初めて食べた時には、肉汁の尊さに涙を流していた。

 肉汁だけでいい、という彼の迷言は一周回って失礼でもあったが、美味しそうに食べてくれたので許している。

 

 ソースやマヨネーズなども作り方を教えた所、好評だった。

 特にマヨネーズをシャルは気に入ったようで、嫌いな野菜も喜んで食べてたほどだ。食べ過ぎと与え過ぎは良くないとユキネにしっかりと伝えておく。


 屋台といえば、客の前での実演も重要だ。見て楽しんでもらうために、お好み焼きは、手際よく作れるようひたすら練習してもらっていた。

 器にキャベツを盛り、その上に卵を落とし、素を入れる、刻んだネギに彩りのショウガ、その上からはさらに肉を乗せておく。

 これが一人前。

 卵をつぶしながらかき混ぜ、鉄板に油を通し、具材を鉄板に投入するとジュっという小気味よい音がなった。そしてそれを円形に形作る。

 焼き目がついたころに、揚げ玉を乗せ、ひっくり返す。

 あとは両面焼きあがった後にマヨネーズ、ソースで模様描いて完成。

 

 赤毛のそばかすがチャームなメイド、ネイがどや顔で俺たちを見る。

「どう! ねぇ! だいぶ鮮やかになったんじゃない!?」

 いい匂いがあたりに満ち、完成度の高いお好み焼きにメイド達はそわそわして俺を見た。

「完璧だネイ」

 黄色い歓声があがり、他のメイドにも褒められている。

 

 パンの肉包み自体はシンプルな料理だが、実演はこだわっていた。

 まず大量の肉を大きな鉄板の上に撒いて焼いていく。同時に卵も大量投入。匂いでお客さんの気持ちを、大量の肉と卵でお客さんの目を楽しませるのだ。

 量が多いというのは人によっては視覚的な満足感を得られるから。

 焼いた肉と卵とキャベツをパンに挟む。マヨネーズと照り焼きソースで味付けるというシンプルな料理がパンの肉包み。だが男の心を掴んで離さないことだろう。


 できた試作品はお腹を空かせたデュークやリッタが来れば、喜んで食べてくれるだろうから、何度も何度も練習してもらっていた。


……。


 市場分析組のメイドからは有益な情報を得ることが出来ていた。

 眼鏡をかけた茶髪のメイドが淡々と言う。

「一番売れているのはクレープです」


「えっ!?」

 睡魔と格闘しながら、永遠と餃子のタネを詰め続けるシャルが飛び跳ねた。

「な、なんで!? だ、だってあたしたちまだ一つも売ってないのに……」


 ユキナが補足する。

「シャイロックのクレープです。どうやら真似されたようですね。彼の関係者が何度もエル様の店に足を運んでいたようですし。クレームを入れながらも、どのように作っているのか盗み見ていたのでしょう」

 

「そ、そんなぁ……」

 シャルは絶望していた。


 だが、ユキナや分析組のメイド達の顔は勝負を諦めたようには見えない。

 それどころか勝利を確信しているような笑みを浮かべた。

 ユキナは続けて言う。

「お嬢様、これ、食べてみてください。冷蔵boxで保存していたため少し味や触感は変わりますが。ユキネにはもう食べてもらったんです。ね」


 ユキネは肩で切りそろえた髪を耳にかける。

「はい。お嬢様どうですか?」


 シャルは一口食べて……あっと声を上げた。

「ユキネが悩んでた現象と一緒……」


「そうなんです、シャイロックのクレープはパサパサで生地が破れやすいっ。だからトッピングの工夫も難しく、見た目も良くなくて、しかも、生クリームにはバニラの香りがありませんっ!」

 ユキネは珍しく興奮気味に両手の拳を握って説明している。

「エルさんのクレープの方が、ずっとずっとず~っと美味しいですっ! ……あっ」


 恥ずかしかったのか、ユキネは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

「ありがとう。ユキネさん。こんなにうれしいことはない」

「ユキネの告白みたいでしたね」

「お、お姉ちゃんっ! ……あっ」

 素の出たユキネの言動に、笑いが満ちた。


「これは朗報です」

 とユキナが続けてシャルを見ながら言う。

「この程度のクレープで売り上げがトップでした。つまり……」


 シャルがもろ手を挙げてぴょんぴょん飛び跳ねた。

 うれしくて仕方がないというように。


「エル君のクレープは世界で一番おいしいっ……みんなでいっぱいいっぱい案も考えたっ!」

 シャルは皆に言った。

「集客できれば、勝ち目があるよっ!」

 メイド達は顔を見合わせる。

 黄色い歓声があがった。


 ずっとこの日のために努力してきた。

 みんなで案を出して、何度も練習して、食べて笑って、いっぱい悩んで、そして当日を迎えたが理不尽な状況で諦めかけた。だが、今は希望が見える。それも、相手をぎゃふんと言わせるような希望が。


 相手の土俵で、相手と同じ品物で、正攻法で、真っ向から勝負ができる。

 一日半の売り上げはないけど、希望を抱くには十分だ。


「後は、リッタとデュークさえ来てくれれば」

 俺は朝日が訪れ始めた窓の外を見た。


 突如強風が、屋敷の窓を叩いた。

「はは。さすがは勇者。こんなタイミングで現れるとか有りかよ」

 俺は求めていた二人が、期待通りにやってきたことを確信した。


「後はみんな楽しむだけだ。明日の午後からは最高のご褒美が待っている。みんなもきっと気にいるはずだ。お客様の笑顔という最高のご褒美が」

 

 救世主のリッタとデュークを出迎えるために、俺は皆と共に屋敷の玄関に向かう。

 屋敷のドアを開ける。

 ドアの隙間からあふれる朝日は、まるで希望の光のようだった。 

 

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