第20話 アクアテラの祭典一日目②


「それじゃあちょっと行ってくるからっ! 3日後くらいに戻ってくるからそれまで宿で待ってろよ! いいな! 置いていくなよ! というかリッタ! こういう時くらい背に乗せてくれ! かっこつけたいっ! 親友の危機に駆けつけるのに、これはないだろぉ!」


 竜化したリッタの前足で掴まれたまま、上空に浮かんだ状態でデュークは叫んでいる。竜の前足でガシッと握られて、まるで親猫に首を咥えられた子猫のようだ。竜騎士とは思えない、とんでもなく残念な飛行方法。

 完全に荷物扱い。


 リッタは答える気も持ち方を変える気もないようだ。ガン無視。黙殺である。


 デュークと勇者パーティーの面々がいるのは、ブリザリアと呼ばれる地だ。初秋であるが、もうすでに雪が降り積もっている極寒の地。

 雪の上だというのに、勇者たちは皆、疲れ果てた様子で雪を気にせず座っていた。

 傷だらけのボロボロの装備は、モンスターの返り血にまみれている。


 昨日の昼、彼らのもとに、竜王リッタが突然やってきた。

「出番でごぜぇーます」


 喧嘩だ。

 助けて欲しい。

 珍しくて大きな美味しい肉が良い。


 三つの伝言。

 それをリッタがデュークに話した途端、彼は目の色を変えた。

 それはもう心底楽しそうに笑った。普段の食い意地が張っている情けない姿とは思えないほど、見たこともない獰猛な笑顔で、首をかっきる仕草をした。


「ガキどもっ! 飯の時間だぁっ!」

 一人一柱の竜達を召喚した。その竜達に咥えられ、勇者パーティーの面々はブリザリアに連れてこられた。着の身着のまま。武器だけもって。


 そして訳も分からず、S級モンスター、グレイシャルハーレの討伐開始。

 小さな城ほどの巨体の害獣に開始早々、デュークは槍を力任せに放り投げた。

 ただ単純な力による槍の投擲は、雪原の粉雪を舞い上げながら唸りをあげて、モンスターの眉間に命中した。着弾と同時に、雪原に轟音がとどろいた。


 衝撃に粉雪が吹雪のように舞い上がる。

 A級のモンスターならそれで絶命しただろう。それほどの威力だ。

 だがS級モンスターは怒りの咆哮をあげた。


 勇者パーティーの面々はデュークの行動に唖然とした。

 準備も覚悟も何もなく、突然無茶なS級モンスターの攻略を開始されたから当然だ。


 だが、デュークとリッタに文句を言う暇はなかった。

 気を抜けばS級モンスターに殺されるからだ。

 罵倒する余裕はなく、心の中でデブデブデブデブと陰口をたたきながら、必死で剣を振るい、魔法を唱え、回復をし、逃げて走って隠れて、攻撃して、一瞬一瞬の地獄を何とか命からがら生き抜いた。


 半日かけて夜明け前とともに、ようやく倒し終え、当のデュークは休む間もなくどこかへ行こうとしている。

 めちゃくちゃだ。命がいくつあっても足りないと、新規加入のルビーは思う。


 勇者ノワールは上空のデュークに向かって拳を突き上げ叫ぶ。

「くそっ! うるせぇデブ! 言われなくても宿で休んでいるに決まってるだろう! こっちはあんたに急にS級モンスター討伐に駆り出されたと思ったら、半日戦い詰めで、もう動く気も起きねぇよ!」


「あぁ、もう最悪っ! 最悪っ! しばらくずっと休む! 何もしない! そのあとオシャレしまくる! もういやぁ! デブ本当嫌い!」

 魔法使いのグリムは帽子も杖も何もかも放り出した。自慢の黒髪がぼろぼろに乱れている。汗だくの返り血だらけ。不快で不快で仕方がない。でも血を拭く気力も残っていなかった。


「眠いです……疲れましたぁ」

 ヒーラーのサフィアが杖を支点に休みながら、安堵の表情で目を細める。


「グレイシャルハーレの角はやるから! 売ってみんなで分けてくれていい! ……リッタ! 頼むからやさしく飛んでっ! 絶対に前足に力を加えるなよ! 竜騎士が飛行中に竜の前足で圧殺されたなんて笑えないからっ、あ、ああああああああ!」


 デュークの叫び声はすぐに聞こえなくなった。

 時間も惜しいとばかりに、竜王リッタが南西へ飛び立ったからだ。

 一瞬で空の彼方へと消える。


 彼の姿はとんでもなく情けなかったが、新規加入のルビーは笑えない。

 座り込んだまま呆然と言う。

「勇者パーティー、すごいです。リッタさんが守ってくれなかったら何度死んでたことか。でもリッタさんあんなに強いのに何で攻撃しなかったんですか? 私たちを守ってばかりで」


「悪癖だ」ノワールは吐き捨てるように言った。

「デブのおっさんも料理馬鹿のおっさんも、あの竜もっ! モンスターを原型とどめて狩ろうとするんだよ! 本当は強い癖に! もっと楽に勝てる癖になぁ! 料理馬鹿のおっさんがいなくなれば、悪癖が少しは減ると思ったのによぉ!」


 ルビーが前のめりに疑問を尋ねた。

「な、なんでそんな面倒なことを?」

「食べるためよ」

 グリムが心底理解できないという顔で、雪玉を丸めてノワールに当てながら言う。

「リッタとかいう化け物が本気出すと、食べられる部位が少なくなるから」


 ルビィは事実を確認する。信じられなかったからだ。

「雪国の天災と呼ばれるS級モンスター、グレイシャルハーレを?」


 グレイシャルハーレ。

 小さな城ほどの巨体。周囲一帯すべて、ありとあらゆる地面から氷柱を生みだす全体攻撃は天災と呼ぶに、ふさわしかった。近くによればよるほど冷気が増していき、体の芯から凍え動きが鈍くなる。おまけに吹雪を出されたら味方の位置すらわからない。そして地面から氷柱が襲ってくる。攻撃しても全然死なない。仕返しとばかりに、上から氷塊が落ちて来る。そして守りの氷の壁は分厚く、並みの魔法や攻撃は通らない。

 攻防一体の氷の化け物。


 その特性から街に近づいてきた場合、すべてを破壊し尽くすため、S級のモンスターに指定されている。

 守りをリッタに任せつつ、防げなかった分は死ぬ気で逃げ、全員で攻撃し、少しずつ少しずつ倒した。


 一年に一度現れ、本来国を挙げて討伐するモンスターだ。

 それを五人と竜一匹。勇者パーティーは名前だけではないとルビィは思った。


 グレイシャルハーレの角は硬く希少でとんでもない価値がある。

 デュークはその硬いはずの角を難なく切り落とした。そして、死に絶えたクレイシャルハーレの血抜きをした後、冷凍保存、収納魔法を使い、亜空間に保存した。


 多くの人間は肉よりその角に価値を見出すだろうが、デュークは違った。

 何ならグレイシャルハーレと戦っている最中、よだれを垂らしながら、肉肉肉肉肉とつぶやき、氷柱をものともせず狂戦士の如く突貫していた。

 休みもなくだ。どちらがモンスターか分からない様子にルビィは引いていた。


「おいしいらしいですよ」ヒーラーのサフィアが疲れた顔で微笑む。

「え!? 前にも倒したことあるんですか?」


「俺たちは初めてだ……三人で倒したらしい。丸一日かかったらしいがな」

「そ、そんな。だってそれじゃあまるで……」


 ルビーは言葉を飲み込んだ。国王に認められた勇者がノワールだ。

 そのノワールに言ってはいけない言葉だったから。


「本当うぜぇ。むかつく。うざすぎる」

 ノワールは頭をかきむしる。サフィアはわざと提案した。

 答えは知っている風な年上のような聞き方だった。


「ノワール君、デュークさんが戻ってくる前に別の場所、行きますか?」

「……行かねえ」

 サフィアの提案に、ノワールが子供のように口を尖らせる。

 サフィアは笑った。


「笑うなよ。男は負けたまま逃げるなんてできねぇんだからよ」

「戦ってすらくれてないじゃない」

 グリムがあきれたようにつぶやく。


「うるせぇっ! 分かってんだよっ。でもいつか絶対あのデブのおっさんには分からせてやるっ!」


 勇者ノワールの叫び声は、雪国特有の分厚い雲に吸い込まれていった。



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