第19話 アクアテラの祭典一日目①


「ごべんねぇ。リッタごべんねぇ。エル君ごべんねぇ」

 閑古鳥が泣いていた。あ、鳥じゃないシャルか。


 今日はアクアテラの祭典初日だ。

 米や小麦が黄金に色づく収穫の季節。

 生命の象徴であるうつくしい水を生成し続けてくれる、水の神に祈りを捧げ、食べて歌って恋をするという、祭典。


 メインストリートはお祭り特有の空気に満ち、朝から楽しい気分であった。

 だが今、アクアリス魔法大学の第二演習場の中央にぽつんと立っている屋台に俺たちはいる。

 客は誰もおらず、遠くから人々のにぎわう音が聞こえるだけだ。


 アクアリス魔法大学の学園祭に屋台出店で知名度を上げることを目的に、この一カ月メニュー開発など準備を進めてきた。


 しかしいざ、大学に来てみれば、先週の下見と違う場所に案内された。

 どうやら手違いがあったらしく、そこは他の人の場所とのこと。


 あぁ、そうですか。そういうこともありますよね、と案内されてきてみれば、広いグラウンドに屋台が一軒ぽつり。お客さんの入ってくる動線が一切ない場所だ。


 これは流石にやりすぎだろう。


「エル。シャルがかわいそうでごぜぇーます。何とかならねぇーですか」

「エル様、リッタ様、大変申し訳ございません。これでは、どうにもなりませんね」


 シャルの頭を撫でながらリッタが、困ったようにユキナが言う。

 そもそも俺は金持ちになりたくて屋台をやろうとしているわけではなかった。

 だから彼女たちには申し訳ないが、何が何でも有名になろうという気はないし、ここで売れなくても別に問題はなかった。


 包み隠さず本音で言えば、屋台出店のイベントで彼女たちとの思い出を作りたかっただけ。シャルたちの笑顔が見たかったのだ。


 だから、彼女たちが悲しむのなら話は別。


 そして学生同士の子供の喧嘩ではなく、明らかに大人の力が働いている。

 大人の禁じ手を使う醜いやり方だ。


 だったらこっちもなりふり構わず打てる手を使っても良心の呵責に苛まれることはない。


 13年間の冒険者生活、そのうちの2年は勇者パーティーだった。常に潔白であったわけではないし、やられてばかりの人生ではない。

 偉い人に反発し告発し、殺されかけたことだって一度や二度ではないのだ。

 

 泣いているシャルの頭を撫でた。

「リッタ。久しぶりの喧嘩だ。徹底抗戦しよう」

 本当に小さい頃やった喧嘩を思い出した。何歳も年上の子にデュークと共になりふり構わず突っ込んだ、腕を振り回すだけの力任せの子供の喧嘩。

 思わず笑ってしまう。


 リッタは眠そうな顔を獰猛な猫のような笑みに変えた。

「エルもまだまだ男の子じゃねぇーですか。で、どうするんでごぜぇーますか」

 リッタ以外は皆ぽかんとしている。


「この学園祭はグルメ対決。ルールは簡単だ。おいしいかどうか。お客さんを楽しませるかどうか。ならやることは単純。魅力的な屋台を作る。それだけ」

「わかりやすいでごぜぇーます。もちろんデブも呼ぶんでごぜぇーますよね」


 俺は笑って頷く。喧嘩には当然親友が必要だ。

「大人の醜い喧嘩に巻き込んで悪いけど……」

 

 各自にやるべきことを伝える。

 リッタはいつも通りに、ユキナは乾いた笑いを、シャルは疑問を浮かべた。


「リッタは明日の午後に間に合うように」

「めちゃくちゃ言ってるでごぜぇーます」

 けどリッタはうれしそうだ。

 離れた所で竜化し、上空へ浮き上がり、とんでもない速度で東へ消えていった。


「本当に竜なのですね」

「リッタ……す、すごい」

 二人は呆けた顔でリッタの消えた方角を眺めている。


「ユキナさんはまた午後から屋敷で一緒に準備をしましょう。シャルはこの学園祭の運営がいるところに連れて行ってくれ」

 ユキナには必要な材料のメモを渡す。

 結構な量の分担をユキナに振ったが涼しい顔で、出口の方に向かった。


 残ったシャルは不安そうにこちらを見上げている。

「エル君、運営委員に文句言いに行くんだよね。元の場所に戻せって」

「まぁ、その感情は大事だ。もし金や権力などの何かしらの力が働いていても、学生たちはおそらく上から言われたことをしているだけだろう。かわいそうだが、本当の要求を呑んでもらうために罪悪感を抱いてもらう」


「ちょ、ちょっと悪い顔してる。今日のエル君」

「大人っぽいだろ」

「ううん。子供っぽい」


 シャルとともに運営に直接言いに行く道中、屋台の場所に案内してくれた男子学生を捕まえた。

「いやあ、君。ちょっといいかな。さっき屋台案内してもらったんだけど覚えてるよね。あんなおかしな場所に案内するなんてなかなかないし。……君の名前聞いていいかな」

「え、えぇ。覚えてますけど。お、俺今忙しいので……」


「名前、教えてもらっていい?」

「……カーター、ですっ。でも俺はただ言われたから案内しただけで!」


「いやでもさぁ。カーター君、俺たち困ってるんだよ。あまりに困っててこれから運営に文句言いに行こうって思ってて。君が一緒に来てくれた方が色々と説明省けると思うんだ。まぁ来なくても問題ないんだけどね。あることないこと言うだけなので」

「ないこと言うのはやめてくださいっ」


「じゃあ一緒に行こうか。カーター君」

 カーターと名乗った男子学生はうなだれた。


 彼は言われたことをやっているだけで、悪いことはしていないのだろうから堂々としていればいい。だが、言われたことをやっただけであるが、それでも罪悪感を抱くほどに、変な場所に案内した自覚はあるのだろう。


 道中、世間話をしながら歩いていると、心中を教えてくれた。

「本当はおかしいなって思ったんです。だって第二演習場なんて普通の人は行かないし、もともとあそこは屋台の出店場所じゃないから。明らかに変で」


 無罪を主張するように彼はよく話してくれた。さらに情報を引き出す。

「もともと俺たちが出店する場所だったところに代わりの人が入っただろう? そこは誰が入っているかわかるかな」


 申請は一ヶ月前に終わっている。新規で参加することがない。

 つまり申請済みの誰かになるはずだ。

「ガイウス様です。シャイロック商会の……正直またいつもの嫌がらせかなって、シャル様の屋台ってことですし……」

 カーターは横目でシャルを見た。シャルは、すすっと俺を盾にするように位置を移動する。彼は少し悲しそうだ。


 どうやらガイウスとシャルの確執は周知の事実らしい。

「委員会の大人達は教員か? どんな人物か教えて欲しい」

 カーターに人物像を聞き、間違いなく勝てると思った。服の裾を引っ張られた。

「エル君すごくすっごく悪い顔してる」


「これが大人の顔だ。……シャル頼みたいことがある」

 内容を伝えると、シャルは小首を傾げた。

「それくらいなら、別にいいけどっ……あんまり酷いことしちゃ、だめだよ」

 シャルは慣れると真っ当だ。頭も良いし、情緒も安定している。

 おかしな言動も緊張などからくるものだったのだろう。

 

……。


 委員会のある部屋に入る前にカーターが先に入室した。

「どうぞ」

 数分後に彼に促され、中に入る。

 教員と思われる、メガネをかけた気弱そうな女性と白髪の腰の低そうな初老の男性だった。


「場所は戻せませんっ!」

 開口一番、女性が叫んだ。

 精一杯の威嚇に思える。


 留学の名目でアクアリスに来ている伯爵家のシャルの背を押す。

「うっ」と女性は二歩ほど下がる。

 効果覿面だ。

 シャルも居心地悪そうにもぞもぞ動いているが、自分の役割を理解しているようで、隠れたりはしなかった。


「私はアクアリスが好きです。私は好きなアクアリスで楽しい思い出を作りたかったです。なんで屋台の場所を変更されましたか?」

 シャルは言語に慣れていない子みたいなカタコトで、主張をした。


 笑ってしまいそうだが、罪悪感のある彼らには破壊力は素晴らしいようだ。二人は胸を抑えている。教員にも色々な人種がいるだろうが、二人はおそらく聖職に就くべくして就いたタイプ。


「そ、それは……カ、カーター君から説明があったと思いますっ! 我々の手違いで……もう始まってしまったので、今から戻すことはできませんっ!」

「第二演習場はお客さんが来ません。すごく寂しいです。いっぱいいっぱい準備してきました。すごく、すごく、楽しみに、していました」


 シャルの目が潤んだ。これは本音。だからこそ心に響いてしまう。何があって場所の移動に至ったか、その詳細は知らないが、不公平な変更を通達したという事実がある以上罪悪感は必須だろう。


 初老の男性が立ち上がった。

「うっ……わ、私たちもお客さんが行くように宣伝はします。ですが場所は戻せません。そこには皆さんと同じように準備をして楽しんでいる学生がいます……だ、だから、その、シャル様には、大人になって、頂き……」


 シャルは懸命に涙を拭っていた。男性の話を聞いてる間に、次々に涙が溢れてしまい、なかなか止まらない。

 皆んなでたくさん準備してきた。

 努力が理不尽に潰された。色々込み上げてくるものがあって当然だ。

 悔しい気持ちは大人であっても子供であっても変わらない。

 ただ、大人は子供よりも理不尽を受け入れる耐性があるだけの話。

 理不尽というつまらない現実を知っているだけだ。


 可哀想なことをさせたと俺自身反省する。

 要求を飲ませるためにシャルに協力してもらったが、これ以上は駄目だろう。

 

 すんすんと泣くシャルの頭を撫でた。


「具体的にはどういった宣伝をしてくれるんですか?」

 俺の疑問にカーター含め三人は顔を見合わせる。

「具体的に……と言われましても、その、こういった経験はなくて……」


「そうですか。ではこちらがして欲しい宣伝をして頂けるということでよろしいですか?」

「無茶でない方法なら……できる範囲で」


「そうですか」

 あえて失望感を込めて伝える。三人は申し訳なさそうだ。

「何点か確認したいことがあります」


 部外者に助っ人を頼んでもいいか、移動式の屋台を使ってもいいか、仮設の土地を魔法で作ってもいいか、そして、申請してあるクレープ以外の料理を販売してもいいかを確認する。

 眼鏡の女性が答える。

「か、構いません。ですがあくまで申請しているのは、『花のクレープ屋さん』です。グルメ対決の順位もクレープの売上で決まることになります。それでもいいなら……こちらの不備もありますし、第二演習場を自由に使って、大丈夫です」


 言質をとった。これで問題はない。

 後はうまくいくかどうかだが。

 結果はどうあれ、何もしないよりは楽しい思い出になるだろう。


 目を真っ赤にしているシャルがこちらを見上げた。

「エル君ごめんねっ……元の場所に戻してもらえなくて……」

 カーター達、三人は胸に手を当てとんでもないダメージを受けている。


「きょ、協力はするから」

 カーターは頬をかきながら言った。

「あり、ありがとうっ。うぅっ。ありがとうっ!」

 シャルは純粋に満面な笑みで喜んでいた。

 完全に一人味方を付けた。シャルの純粋な心のおかげだろう。


 俺はお礼を言うシャルの頭に手を置き、やさしく揺する。

「あわ。あわわ」とシャルは少しうれしそうに揺すられていた。

「いや、これでいい。こっちの方が都合がいい。それにピンチを覆す方が、ずっと燃えるもんだ」

 小首をかしげるシャルに続けて言った。

「時間が惜しい。次はギルドのライアンの元へ行く。一年前の魔物のスタンビートでの借りを返してもらってないしな」

「屋台は営業しなくていいの?」

「問題ない。一日目と二日目の午前は捨てだ。二日目の午後と三日目の午前で挽回する」

 

 力強く言うと、シャルは笑顔を見せた。

 シャルには笑顔がよく似合う。

 『今日のシャル様』会に入会しようと思うほど素敵な笑顔だった。

 

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