第18話 アクアテラの祭典前日

 クレームや嫌がらせが増えるにしたがって、シャルのメイド達が不気味なくらい、やさしくなっていった。いや、もとから好意的に接してくれていたのだけど、もはや異次元にやさしいのだ。

 クレープを褒めてくれるのはもちろんなのだが、最近は容姿まで褒めてくれるようになった。

 

「端正な髭が素敵です」

 いや無精ひげだ。

「理知的な言葉遣いが素敵です」

 孤児院生まれで15から荒くれものばかりの冒険者をしている。

「とにかくかっこいいです」

 せめて理由をください。怖いから。


 シャルなどは会うたびに「ごべんねぇ」と泣かれる始末。まぁ、甘いの与えればすぐ笑顔になるので、つい与えてしまっている。シャルに至っては犬のように、ごはんのおねだりを間違って覚えた可能性も捨てきれない。


 だが、最近のクレームの多さとシャルの家の者がやさしくなったのは関係がある気がしている。

 どうやらシャルはガイウスと確執があるようであるし、市場を歩いていて気づいたのだが、クレームを入れてきている者たちは全てシャイロック商会に関係する人たちばかりであった。


 ただ口コミとは恐ろしいもので、複数の人間がクレープの評判を落とす言葉を流布させることで、客足は完全に途絶えていた。


 花屋のドランの関係者、ギルド、リッタの関係者以外に売り上げがない状態だ。

 アクアテラの祭典で疑惑を払拭しなければ、いよいよ冒険者業の復帰も考えなければならない気がする。


 どこかの料理屋に雇ってもらうというのも有りだけど。


「大丈夫ですから。愛のこもったおいしい料理は必ず報われます」

 とユキナに手を握られた。久しぶりの感覚に「あ、あぁ」ときょどってしまう。完全に残念なおっさんだ。男としての威厳を崩す行動は慎んでください。くれぐれも。

 いや本音は女性に手を握られてうれしかった。


 それにユキナはシックなメイド服に靴下が……。

 リッタの目が色々と疑いのまなざしになっているので割愛。 

 ユキナが帰った後、翌日の文化祭に備えて店を午前の部で閉めながら言い訳した。


「別に足を見ていない」

「何も言ってねぇ―ですよ」

 とリッタはスカートのすそを持ち上げて絶対領域を見せつける。

「やめなさい」

「リッタ何やってんのっ! み、見えちゃうじゃない!」

 シャルもあわてて、リッタの奇行を止めようとする。意外にも貞操観念は強いようだ。冒険者をやっているとそこら辺は大分おかしくなるので、新鮮な反応だ。


 そういえばシャルは伯爵家の三女だった。忘れがちの事実だ。箱入り娘。冒険者などという無法な輩を排除し、汚れないように丁寧に丁寧に育てられただろうに。

 どんな運命のイタズラで、俺たちと関わってしまったのか。


  最近気づいたがリッタはシャルをかなり気に入っている。弱過ぎて自然界で生きていけない動物を保護する感覚なのかもしれない。リッタは人に興味がない所もあるから本当に珍しいのだ。


「エル君っ! どうしたの?」

 二人のやり取りを眺めているとシャルは子供のような屈託のない笑みを浮かべた。


「シャルは綺麗な脚してるじゃねぇーですか」

 とリッタがシャルの制服のスカートの裾を上げる。白いニーソと絶対領域、勢い余ってパンツも見えてしまう。

「「「……」」」


「やめなさい」

 リッタの頭に軽くげんこつする。

「あまり痛くねぇーです」

 とシャルのスカートから手を離した。


 シャルは未だに固まっている。

 嵐の前の静けさにしか俺には思えない。

「おい、固まってどうしたでごぜぇーますか?」

 とリッタはシャルの胸を揉んだ。


 目に見える危険をあえて冒していくスタイルに、勇者かと錯覚した。


「な、なにす、なにするのっ!」

「お、動き始めたでごぜぇーます」

「え? なんのこと?」


 不都合な事実を全て忘れてしまったかのような顔だ。

「白いパンツ」

「なんでわかるの!?」

 ショックのあまり記憶が飛んでるのかもしれない。絶対泣くと思っていたから、お菓子の準備をしていた。こっそりと片付ける。

 透視能力などと嘘を教えているリッタとそれを信じるシャルがきゃーきゃー絡んでいた。


 隣の花屋のドランが花の間から、ぬっと顔出す。

「エル。リッタ。明日は頑張れ。それと、シャルロッテ様も」

 シャルは人見知りを発動したようで、リッタに隠れた。

 ドランは無表情でわかりづらいが少し傷ついた様子で、筋骨隆々な身体を申し訳なさそうに小さくしようとしたが、残念ながら質量は変わらない。

 依然として厳ついままだ。


「あぁ。ありがとう。いつものやつだ」

 クレープを作って渡した。

「俺が協力できることなら何でもする」

 とドランは薄青の小さな花を二本くれた。それをリッタとシャルに渡す。

「……あっ。……あ、ありが、ありがとう」

「ドラン。いつもかわいい花ありがとうでごぜぇーます。エル。シャルを屋敷に送ってくるでごぜぇーます」

「俺は材料を見て回ってくる。最近値が高騰しているから、この機に祭りの前の相場を見ておきたい。シャルは明日に備えてちゃんと寝るように。明日の朝は仕込みがあるから早くなる」

「……う、うん」

 シャルはどうやら花に夢中なようで上の空だ。まぁユキナさんにはちゃんと伝えているから問題ないだろう。準備はもう万端で、後は体調を整えることが一番の仕事なのだから。


……。


 市場の材料はどこも高騰していた。

 小麦や米は収穫期だけあって逆に値が落ち着いている。


 ミルキーベルに向かう途中、シャイロック商会のガイウス一行を見かけた。

 向こうは話に夢中で俺に気づいていなかった。

 話に夢中というよりは眼中にないのかもしれないが。

 絡まれてうれしいことは何もないので、好都合である。


 ミルキーベルは都市の外れにあり、聖女の結界内のギリギリに位置している。その分土地代は高くなく、広い土地でストレスのない牛たちの暮らしを見ることができた。こうしてできたミルクは非常においしく、また生産者のニコライは実直で丁寧な仕事をするので気に入っている。


 秋だというのに昼間の日差しは強く、牛たちは生活魔法による水浴びをしていた。ニコライに水をかけてもらって嬉しそうだ。

「こんにちは」

「……ちは」

 こちらに気づくとニコライは駆け寄ってきて、大きな体をぺこぺことさせた。

 だが、少し頬がこけ、元気がないように思う。


「いつも美味しいミルクをありがとう。調子はどうですか?」

「……がとうっ」

 いつも高い値段でミルクを買うことに感謝された。市場で出回っているモノよりも安く売って頂いているため、最初何を感謝されたのかわからなかったが、商会による買い叩きが以前よりひどくなっているようだ。人様の経営の話だから口出しすべきではないことくらい分かっている。だが。


「さすがに安過ぎではありませんか? もっと高く売っていいと思います。ニコライさんのミルクはすばらしい」

「……ですっ」

 ニコライは大変謙遜していた。俺がいかにニコライから提供されるミルクがすばらしいか熱弁すると、彼は困ったように頬をかいた。

「……噂、聞きましたっ」

 どうやら商会は広い土地を探しているらしい。そこに闘技場やレース場などの娯楽施設を作り、賭博などを行おうとしている、というものだ。

 噂の出どころは観光ギルドのミネット。

 本来噂を話すような人ではないが、ミネットはニコライと幼馴染らしい。きっとニコライのことを心配しているのだろう。


 先ほど、すれ違ったシャイロック商会の面々が頭に浮かぶ。

「先ほど、シャイロック商会の面々とすれ違ったのだが」

「……ですっ」

 ミルキーベルの牛乳を買い叩いているのはシャイロック商会であるようだ。そして、今回さらに安い値段を提示されたとのこと。今年は豊作で餌代が安いため何とかなっているらしい。

  

 値段を聞くと他農場の半額。まさに買い叩きと呼ぶに相応しい額だ。

 この土地を狙っていることを隠そうともしていないように思う。

「他の商会に提供することはできないのですか?」

 ニコライは首を振った。営業もかけたことがあるがうまくいかなかったらしい。

 本人は自身の能力の問題と言っているが、シャイロックの圧力である可能性も十分にあった。シャイロック商会は強引で陰湿なやり方を平気で選択する。

 

 彼の農場を見渡す。広い農地で牛たちがストレスなく生活していた。のどかな雰囲気で癒される。

 俺では金や権力で彼を助けることはできない。

 応援することしかできないというのが歯がゆかった。


「ニコライさん、いつも美味しいミルクをありがとう。また来ます」

「……ですっ!」


 ニコライは笑顔で何度も頷いた。

 牛は生き物で、ニコライに休日はない。本当に大変な仕事であると思う。実直で丁寧な仕事をする酪農家に、正しい評価を与えて欲しいと思わずにいられなかった。





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