第17話 捨てるカミあれば拾う神あり


 お客様は神様だ。どこかの誰かがそう言うのを聞いたことがある。


 シャイロック商会の一人息子、ガイウスが来て以降、一見さんのお客さんが多く来るようになった。

 そして新規に来た客の多くは、まずいと言い返金を求める者が多かった。


 シャルやメイド達や花屋のドランには好評であるが、内心へこんでいる。

 だが、リッタに知られるのは暴れる可能性があるため腹の中にしまっていた。

 定期的に来てくれている観光ギルドのミネットはおいしいと言ってくれていたので、その客にクレープが口に合わなかっただけだと信じたい。


 今日は店を開業せずに、気分転換に料理の勉強をするため、街の中を探索していた。表通りに面していればいるほど活気に満ちている。メインストリートの近くは混雑で、歩くのも大変なほどだ。


「こんなにうめーのにどうしてでごぜぇーますかね」

 リッタは家で作ったクレープをはむはむしながら、人混みを器用に避け、ついてきていた。

「クリームが甘すぎたかな……? モンブランみたいに色々なクリームを考えてみるか。茶葉を混ぜたり……今日は食材も見て回りたくなってきたな」

「……ちょっとは客を疑ったらどうでごぜぇますか」


 流石にそれはできないだろう。思うことすら許されないと思う。

「まぁ、バカ真面目のお人よしらしくていいんじゃねぇーですかね」


 観光客向けのメインストリートの屋台の一等地においしそうな餅を見つけた。

 もち米の形が残っているタイプだ。自分で作る時は、綺麗な白玉にしてしまいがちだが、こういうのも俺は好きだった。


「リッタもいるか?」

「いらねぇーです。エルの飯でしあわせでごぜぇーますから」

 相変わらずなリッタに心の中で感謝しつつも笑う。

 昔から真っすぐな言葉に救われていた。


「一つください」

「へい。まいど……って。……あ」

 クレープをまずいといい、返金を求めたお客さんの店だったようだ。

 気まずそうにしている。こちらから声をかけた。

「……先日はすみません。もっと頑張りますんで、今度食べてみてください。甘い物だけでなく、サンドイッチ風な軽食もありますから」


「あ、あたしらの屋台に文句を言いに来たんじゃあるまいなっ!」

 と彼女は、いやに焦った様子で言った。

「いえ。純粋においしそうだったので」

「そ、そうかい。ならいいけど。銀貨一枚だから」


 彼女は長方形の餅を切っていく。視線をそらしたまま、緑のルヴィア草という甘い薬草で挟んで渡してくれた。

 一口食べる。もち米は均等ではなく、あらあらしいためか触感があり面白かった。餅自体が甘いため薬草に少し塩気のあるものを選択しても面白い気がする。

 正直な話、これで銀貨一枚は高すぎる気もしていた。事実メインストリートにあるというのに客の入りは悪い。観光客向けとはいえ、餅一つに銀貨一枚は少し厳しいようだ。どうやって店が成り立っているのかはわからない。

 客の導線上にある他の餅の店は盛り上がっていた。


 よくよく見てみるとその店はシャイロック商会の関係者の店のようで、家紋が入っていた。一つ銅貨30枚と非常に安く見える。銀貨一枚と比べればの話であるが。市民向けの露店であれば、5枚程度が相場であるように思う。


「いつまでもそこにいると邪魔だよっ! あっちいっておくれっ!」

 と言われてしまったため、とぼとぼと離れた。

 何とかテラス席を見つけ、座って食べる。


「あんな怒る必要あったんでごぜぇーますか?」

「怒る必要はなくても、怒りたい気分の人はいるもんだ」

「人間って面倒でごぜぇーますね。……エルが怒るのは芸者が笑いのためにストッキングを頭から被る時でごぜぇーます。ストッキングは足と共に輝くために生まれてきたぁーでごぜぇーます!」

 リッタは眠そうな顔で、嬉々として俺の真似をしている。客観的に見ると俺はもしかしたら変態なのかもしれないと、ほんの少しだけ思った。


「やめなさい」

「今度履いてやってもいいでごぜぇーますよ」

「……え?」

「うそでごぜぇーます。狼になったらこわーいでごぜぇーますから」

 男の純情をもてあそぶのはやめてほしい。期待してしまった。


 少し離れたところから、先ほどの餅屋を見ていると一つの疑念がよぎった。


 シャイロック商会の店とつながっていて、あえて高く売り、動線上の商会の関係者の店を安く魅力的に見せ、売り上げを高めるデコイ……オトリとしているのであれば納得感があった。売り上げの損失は裏で補填すればいい。


 もしそうであれば価格操作や市場の独占のようなやり方でいい物とは思えない。

 ……勘ぐりすぎか。やめておこう。

 

 座ってアクアリスの楽しそうな人々を眺めていると、ユキナとユキネに出会った。

 二人は手を振っている。

 ユキナは上品に、ユキネは控えめに。


「エル様、リッタ様、こんにちは。今日は休日なんですね」

 二人は材料を抱えていた。果物などクレープの材料もあるようだが、普通の料理に使うものも多くある。


「えぇ。料理の勉強もかねて、市場調査しています」

「まぁ」とユキナは上品に口に手を当てて笑った。

「休日も料理の勉強なんですね」


「エルは料理馬鹿でごぜぇーますから。冒険者している時も、食べられなさそうなゲテモノに手を出して、よく腹を壊していたでごぜぇーます」

 勇者のノワールにこっぴどく叱られた。足手まといになってしまったから当然なのだが。若者に怒られるおっさんの姿はかなしく映っていただろう。だが、食への探求は俺の人生だからついやってしまうのだ。


 ユキナとユキネは顔を見合わせた。

「もしよろしければ一緒に晩ごはんはいかがでしょうか? ユキネの作る料理もおいしいですよ」

「ま、満足してもらえないかもしれない、ですけど……その、頑張りますっ」

 ユキネは肩で切りそろえられた髪を耳にかけて言った。


「行きたいでごぜぇーます」

 リッタにしては珍しい主張に思った。

「エルには気分転換が必要でごぜぇーますから」

 どうやらリッタの配慮だったようだ。その気持ちだけで十分にうれしい。


 ユキナが小首をかしげる。

「リッタ様……エル様に何かあったのですか?」


……。


 どうしてこうなった。


 シャルの屋敷の一室に通され、座って待つように言われた。

 リッタは彼女たちに連れられどこかへ行ってしまい、手持ち無沙汰になってしまったなと少し寂しく思っていたら、帰ってきたリッタはなぜかメイド服を着ている。

 しかし、眠たそうな目に、いつも通りの言葉遣い、ふかふかのソファーに埋もれて普段と変わらない態度で、メイド感は全くない。


「ご主人様。あたしをもてなしやがれでごぜぇーます。あーん」

「ふつうは逆だろう」

 

 お菓子を口もとに運ぶとパクパク食べて嬉しそうだ。

 これはこれで癒されて有りかもしれないと思いながらも、なぜ俺は、シャルの屋敷でリッタと謎のメイドプレイをしているのだろうと、唐突な展開に頭が追い付かなかった。リッタの口にお菓子を詰め込む作業をしていると、本物のメイドたちが入れ代わり立ち代わり入ってくる。


 メイド達は俺の隣に座った。次々に料理が運ばれてくるまでは、まぁ何とか理解できた。いや俺の隣にわざわざ座る必要がないのだけど。

 これじゃあまるで……いや、やめておこう。

 知り合いのメイドに向かって思う言葉ではない。


 心当たりがあった。

 シャルの屋敷に来る道中、いかに俺が不憫な目にあっているのか、リッタは誇張を交えてユキナとユキネに話していたからだ。リッタの語る話は、事実とは異なるが話として面白かったため、否定せずに、とことこ彼女たちの後ろを歩いていたのだが、どうやらユキネ達は俺を大層不憫に思ったらしい。

 途中で二人はハンカチで涙をぬぐっていた。

 嫌な予感はしていた。


 その結果がメイドキャバクラだ。

 あ、思ってしまった。

 知り合いのメイドに抱いてはいけないが完全にそれだ。


 本当どうしてこうなった。


「エル様。あーん」

 混乱しながらもかわいいメイドさんにあーんなどとされて口をあけない男がいるだろうか。ユキナが剥いた果物を口に運んでくれる。

「何がどうなって。あーん。ゆ、ユキナさんどうしてこんなことに。あーん」


 メイドにも個性があるようで思い思いのもてなしをしてくれる。

 青い髪のメイドは何故か赤ちゃん言葉だ。

「エルちゃん~、あ~ん、おいちいでちゅか~」

「おいちいでちゅ~もっとくだちゃいでちゅ~」


 リッタがぼんやりとした瞳で、こちらを見ている。

 言いたいことはわかる。身内がデレデレしながら赤ちゃん言葉で、あーんをしていたら気が狂う。だが、仕方がないだろう。

 こんな幸運二度と訪れない。断言できる。

 モテない俺が、本物の、こんなにかわいいメイドに、あーんだぞ。

 俺は今全力で楽しむことに振り切っていた。


 シャルが帰って来たらしく、メイド達はみな退出していった。

 じっとこちらを見ていたリッタがとことこ歩いてきて、お菓子を手に取り、俺の隣に座った。

 もしかしてリッタまで、あーんをしてくれるのかと思ったら、なぜか彼女は俺にお菓子をもたせ、脚を俺の膝に投げ出した。スカートがすこしまくれ、目の前に絶対領域があらわになる。


「お腹減ったでごぜぇーます。あーん」

 謎の格好であーんをせがまれてしまう。されるがままにリッタの口へお菓子を投入した。


「おいしいでごぜぇーます。……どうでごぜぇーますか?」

「どうって何が?」


「メイド達はわかってねぇーです。エルは変態でごぜぇーます。足を間近に感じながら、あーんされるより、するほうが好きに決まっているじゃねぇ―ですか」


 とんでもない偏見だが、正直当たっていた。

 流石リッタと俺は震える。

 あのぼんやりとこちらを見ていたのは、このメイドたち、変態エルのことわかってねぇーです、という自信あふれる顔だったようだ。


 騒がしい音共にドアが開く音が聞こえ、そちらに目を向けると、なぜかメイド姿のシャルがいた。

「え、えっちなことしてるっ」

 してません。ぎりぎり健全だ。


 リッタが立ち上がり、とことことシャルに近づき耳打ちをしている。

「え、エル君は、メイド服とこれで元気になるって聞いたんだけど、ど、どうっ?」

 と絶対領域を見せつける。

「やめなさい」

「ふえぇっ。は、恥ずかしいの、我慢したのにぃっ! リッタのばかぁ!」

「あれは照れ隠しでごぜぇーます。心の中は狼でごぜぇーますよ。気をつけなきゃならねぇーです。おうちに送ろうとしてきたら断らねぇーととんでもねぇーことになるでごぜぇーます」

「ど、どうなるのっ?」

 シャルがごくりと息をのんだ。

 リッタが何事かを耳打ちしている。

 シャルはよく分かってないようで小首をかしげている。

「むぅ。シャルはまだまだクソガキでごぜぇーますね」

「な、なんでそんなこと言うのぉっ!」

 とシャルはリッタの周りをうろちょろしている。

 二人は何やら楽しそうだ。俺に対する誤解が生まれてそうではあるが。


 気づけば朝の憂鬱な気分はどこかになくなっていた。

 それもこれもリッタやシャル、メイド神のおかげだ。

 また明日から頑張ろう、そう思えた。

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