第27話 とある咎人の願い
聖女マリア様、最低な咎人の……私の話を聞いてもらってもよろしいでしょうか。
……。
私の名前はルリ・アズリアと言います。
一般的な家庭に生まれ、やさしい両親と不自由なく暮らせる環境にありました。
昔から右の目の上がただれていて、毛量の多い黒髪と相まって、薄気味悪い見た目と馬鹿にされていました。
でも私には魔法の才があったのです。
それは姿かたちを変えること。
他人の容姿を変えるのは、髪の色を限られた時間ですが。
私はとある冒険者の、うつくしい人になりました。そして私の容姿をバカにした女性から男性を奪いました。好きでもないし、魅力も感じなかったけど、悔しかったからという理由だけで奪ったのです。
私は見た目を変えることができ、いつでも好きな時に若さすら得ることができました。
馬鹿にした人から、次々に男性を奪ったけどむなしい思いしかありませんでした。
何度も何度も何度も繰り返し、やがて私怨で追い詰められました。
その時の怒り狂った女性の顔を忘れられません。
命からがら逃げ延びました。
それだけのことをしたのだと思いました。私には理解できませんが、好きな人を誰かに奪われることは、人を殺したいと思うほどつらいことなのだと思います。
改心しようと教会に通いました。
そのころには姿かたちを変えすぎて、元の自分に戻れなくなっていました。
どんな顔だっけ?
思い出せません。
他人の姿で、他人のふりをして生きてきて、振り返った時には、自分が存在した痕跡がなかったからです。
他人は姿かたちを変えた私が好きなだけ。
本当のありのままの自分を好きでいてくれたのは両親だけでした。
私の本来の容姿は醜かったのかもしれませんが、父も母もやさしかった。
みんなに馬鹿にされて大事なことを見失っていたけど、本当の自分の姿を愛してくれた人はすぐそばにいました。
怖くなりました。
元の自分に戻りたい。
でも、どれだけ過去を振り返っても姿かたちを戻せません。
そんな時、両親の顔が浮かびました。
姿を変えるようになってから、ずっと親の顔を見てません。
両親に会いたくて仕方がなくなりました。
何十日もかけて実家に帰りました。
けどそこには誰もいませんでした。
それどころか家すらありません。
必死に父母の痕跡を探しました。
やっと昔の知り合いを見つけ話を聞くことが出来ました。
姿かたちの違う他人の私を訝しんでいたけど、ありったけのお金を払うと教えてくれました。
「あぁ。アズリアさん家ね。ルリさんって子がいたんだけど、ある日行方不明になってね。ご両親必死に探していたわ。毎朝毎晩、毎日毎日。ここにもうんざりするほど来てね。あの子を見かけませんでしたか? って。最初は不憫に思ったのよ。でもね。毎日繰り返されると怖くなるの。最後は狂っていたわ。愛していたのかもしれないけど。怖かったのよ」
「今は……どこへ?」
「さぁ……ある日火事で家が燃えちゃって。でもね。火事の後中を見たけど、誰の痕跡もなかったの。玄関の前の軒先に一枚の手紙だけ」
「……なんて書いてあったんですか?」
「……さすがにそこまでは教えられないわ。呪われそうで怖いじゃない」
私は全財産を渡しました。
「ルリちゃん、ごめんね。幸せになってね……よ。あんたも他人の話を詮索したっていいことないわよ」
私は咎人です。
最後の両親への言葉は、何で私を生んだの、でした。
愛してくれた人にこの世で最もひどい言葉をぶつけました。
私は他人からの評価の為に、両親からもらった大切な自分の存在を忘れました。
自ら痕跡を消したのです。
愛してくれた人が身近にいたのに。
本当の私を愛してくれる人はもういません。
罪を償いたい人にはもう会えません。
私はどう償ったらいいのでしょうか?
どうしたら、許されるのでしょうか?
どうしたら……。
……。
老年の聖女マリア様は長い話をじっと聞いていた。
「許しはあなたの中にしかありませんよ」
「私の中……」
「残酷だけれど、他の誰にもあなたを許すことはできないの。だからあなたがあなた自身を許すしかないの」
「私は……私を許せません」
「けどあなたは死んでいない。自分を殺していない。ご両親があなたの幸せを願ったからでしょう」
その通りだった。許しを請いたい両親はいない。最低な自分を許せない。でも、両親は最後の最後までこんな私の幸せを願った。
「私は……どうしたら」
「ここで、一緒に平和を願ってみませんか?」
こうして、私は神官として聖女マリア様のお世話をすることになった。
二日に一度の苦行。一人を生贄に、皆の幸せを作るシステム。
最低な仕組みだと思った。
けど聖女マリア様は幸せそうだった。
彼女は若い頃、天涯孤独の身だった。街を魔物に襲われ、家族を全てなくした。
それでも持ち前の明るさで前を向いて生き抜いた。
恋をして家族ができ、孫が出来た。
そして齢70にして聖女の才が現れた。
彼女は喜んで聖女という生贄になることを決めた。
アクアテラに住む孫の幸せを願って。家族の笑顔を胸に、祈り続けていた。
老いた彼女にとっては、本当に命を削る行為だった。
後継の聖女が見つかってからも彼女は聖女を辞めようとしなかった。
「だって若い子がこんな所で祈り続けるなんてかわいそうでしょう」
最後の最後まで聖女であり続けた。尊い人だった。
最後に彼女は言っていた。
「ルリちゃん、あなたはやさしい子ね。あなたと過ごせた時間、本当に楽しかったわ」
私は許しを求めてここで平和を願っていたはずだった。
けれど聖女マリア様は一度もその話をすることはなかった。
でも、なぜだろう。少しは自分を許してもいいのではないか、と思った。
時間が過ぎたからだろうか。両親への懺悔を忘れる最低な人間だからだろうか。
彼女のやさしい言葉の、おかげだろうか。
「ごめんね。こんなおばあちゃんにずっと付き合わせて、嫌じゃなかった?」
「楽しかったです。もっと長生きしてください」
ふふと聖女様は笑った。
嘘やお世辞より、飾らない言葉を。
涙より笑顔を、彼女が好むことを知っていた。
「後継の聖女たちのこと、よろしくね」
それから幾代の聖女を見てきた。
本当に様々だった。
聖女を誇りに思う者、利用する者、性格が歪んでいく者、富と名声に汚れる者、逃げ出す者……。
いつも私にやさしかったマリア様は特別だった。
他の聖女はみな、祈りが苦しく、私を罵倒する場面が多かったから。
他の聖女が悪いわけではない。それほどの苦行なのだ。
そしてアリシアがやってきた。白髪の、とても神秘的な小さな女の子。
「よろしくお願いしますっ」
「よろしくお願いしますアリシア様」
不幸にも歴代最高の才能を有している子だった。
齢8才にして、生贄に捧げられた少女はいつも笑顔だった。
どんな時でも他人を許していた。
でも彼女が成長するにつれ、彼女の見た目と実力が、他人の目の色を徐々に変えていった。
彼女のうつくしさを中心に欲望が渦を巻いていた。
塔の中や周囲が欲望で腐敗していく中も、彼女だけは変わらず淡々と世界の平和を祈っていた。
10年間だ。
私と違い、罪も背負っていない子が、10年間も祈りの監獄にとらわれていた。
一度も泣き言を言わない。いつも笑顔で感謝を述べる。
周囲の言葉も気にせず、ただただ祈り続ける。
容姿も相まって、とてもうつくしく見えた。神々しくすら思った。
この子は特別な子なのだと、神の使いなのだと、私ですら思ってしまった。
だから、うれしかったのだ。
「私は食べられないし歌えないし、恋だってできないじゃないっ!」
笑顔以外の表情を初めて見た。
そうかそうだよね。普通の恋が、したいよね。
私が見てきたのは我慢という仮面の上に作られた偽りの笑顔。
アリシアの本当の笑顔を見てみたいな。
いつか、見ることができたらいいな。
彼女を幸せにすることができたら、私は私を許すことが出来そうだ。
お父さん、お母さん、聖女マリア様。
皆を不幸にしてきた魔法を使うことをお許しください。
どうか、頑張り屋さんの幸せを、願ってください……。
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