第15話 準備
夕方、店を早めに閉めたところで、青髪のおっとりとしたメイドが来た。
彼女に連れられ閑静な住宅街を抜けると、シャルの屋敷に到着する。
都市中心近くの貴族や金持ちの住む区画にあり、他の家はどこも豪華さを競い合っているように見えた。
「シャル様は~大学からの帰宅途中と思いますので~ここでお待ちください~」
「ありがとう」
シャルの屋敷の一室に通され、青髪のメイドが一礼をして出ていく。
今日シャルの家にやってきたのは、文化祭の屋台出店のメニュー開発だ。
しばらくは定期的に通うこととなっている。
シャルにも接客であったり、場合によってはクレープ作りも手伝ってもらおうと思っていた。
「おっぱいでかぱいメイドでごぜぇーますね。揺れていやがったです」
「とんでもないあだ名つけるな。会うたびにあだ名がちらつくだろう」
ただでさえ胸に目がいかないように気を付けているのだ。やめてほしい。
ふかふかなソファに埋もれながらリッタが言った。
「シャルは貴族でごぜぇーますか?」
分かってなかったようだ。
「貴族の中の貴族。伯爵家だ」
「どんぐらいすげぇーんでごぜぇーますか?」
「竜王みたいなもんだ」
「たいしたことねぇーですね」
例えを間違えてしまった。
「風とか土とか竜の属性のトップが竜王だろう。神の使い。聖獣。すごいことだ」
「竜王なんてたいしたことねぇーです。所詮魔王に殺される運命にあるじゃねぇーですか……でもあたしらみたいなもんでごぜぇーますか。ならやさしくしといてやります」
リッタはふかふかなソファに埋もれてしあわせそうだ。
そんな悲しい未来が訪れないことを願うばかりだ。魔王が現れる遠い未来に俺はいないから、願うことしかできないのが悲しかった。
こういう時種族の違いを感じてしまう。
「そんな悲しそうな顔するんじゃねぇーです。死んでも数百年経ったら、またこの世界に生まれるんですから」
散歩行ってくるぐらいの気安さで生と死を語っている。
彼女たち神の使いは人間とは異なった理を生きている。輪廻転生であるらしく、記憶を引き継ぎながら何度も魔王と戦い殺されてきたと語っていた。
リッタは俺のすべてを知っているが、俺は彼女の過去を知らない。彼女の未来にも俺はいない。一緒にいられるのは彼女の人生のうち、ほんの少しだけ。
マジックパックからプリンとスプーンを取り出し、リッタの前に置いた。
リッタは横目でちらっと見て、ソファに埋もれたまま口をあける。
プリンを一口分掬って口の中に入れた。
「最高にしあわせでごぜぇーます。エルに出会あったおかげでごぜぇーますよ」
「自分で食べてくれ」
「嫌でごぜぇーます。あーん」
リッタの口にプリンを掬っては放り込んでいると、ドアが開く音がした。
「あー!」
どうやらシャルが帰宅したようだ。急いで帰ってきたのか、縦ロールがほどけかかって、金髪ツインテールになっていた。箒で空を飛んできたのかもしれない。
「おいしそうっ! なにそれですわ!? いいなぁいいなぁ!」
シャルが子犬のように近くをうろうろしている。
「うめぇーでごぜぇますよ」
リッタはソファから起き上がり、俺からスプーンを取ってプリンを掬った。
「目を閉じて、口を開けるでごぜぇーます」
シャルは無警戒に口をあける。リッタは意地悪せずにそのまま食べさせた。
「~~~~っ! あまっあまっ。これおいしいねっ!」
「生クリームを乗せるのも最高でごぜぇーますよ」
「……て、天才?」
シャルは衝撃で放心状態になっていた。
「エルは乙女をすぐ喜ばせようとするのでごぜぇーます」
「言い方、気を付けてくれ。それとこれはお土産だ。メイドさん達の分もある。日頃お世話になっているからな」
プリンが複数入った包をマジックバックから出した。
「エル君っ! あり、ありがとうっ! ありっ、ありがとうっ! み、みんな喜ぶっ! よ!」
シャルは涙を目いっぱい溜めて喜んで、ぴょんぴょん飛んでいる。
シャルとリッタが仲良くしていると続々とメイド達がやってきた。
皆お礼を伝えてくれ、話題は一気にプリンの話になる。
そして、プリンの話をしていたと思ったら今度は別の話。話題は無秩序。話題の切り替わりの早さと唐突さについていけてなかった。
かしましいとはこのことか。
こんなに女性だらけの環境にいたことがないので、居場所を見つけるのに苦労していた。めちゃくちゃいい匂いがして怖い。
ぱんぱんとユキナが手を叩くとメイドはびたっと喋るのをやめて姿勢を正し、メイドモードになる。
急に軍隊みたいになるのはやめて欲しい。
「そろそろ今日の目的を始めましょうっ! 一か月は短いものですからっ!」
「「「はい!」」」
ユキナとメイド達に背を押され厨房へと連れていかれた。
丸い鉄板と材料が置かれている。
「エルさんが作るのを真似て作ってみたのですが、どうにも生地が上手くいかなくて……破れやすくてパサついちゃうんです。無理のない範囲でアドバイスを頂けないでしょうか?」
黒髪を肩で切りそろえたメイドが消え入りそうな声で言った。
この屋敷では主に料理を担当しているようだ。
ユキナと顔が似ていると思ったら姉妹らしい。ユキネと名乗った。
「それは小麦の問題だと思う。いろいろな店のものを試したが、ミランという人が作っている小麦が一番クレープにあうと思う」
「小麦によって違うんですか?」
「クレープやお菓子には小麦の粒が柔らかいものを使った方がいい。あとは生地の素の作り方は見てもらった方がいいな」
卵を溶いて砂糖、柔らかい小麦の粒からとれた粉をしっかりと混ぜていく。十分に混ざったことを確認し、ひと肌の牛乳と植物性の油をいれる。
そして冷やす生活魔法をかけた。
「いつもは冷蔵ボックスで冷やして寝かせている。こうするともっちりとして、破れにくいクレープの生地になるんだ」
ユキネは一生懸命メモしている。
「後は生クリームだな。これはミルキーベルのニコライのミルクを使っている。遠心分離してくれる魔道具を使ってもらってて、濃厚なミルクを生産してくれている。実直でいい男だから信頼している。もし生クリームを作るために、そのミルクを欲しくなったら俺の名前を出すといい」
生クリームづくりの実演をしていく。かなり濃厚だから手動のホイッパーでかき混ぜてもいいのだが、泡立て君……以前かき混ぜように鍛冶師につくってもらったモノを使い風の魔法で回転させ、手早く生クリームを作る。
作っている途中にユキナが心配そうに言った。
「頼んでおいて、こんなことを聞くのは野暮と思うのですが……こんなにレシピや材料まで教えていただいて、いいものなのでしょうか? その。これはエル様やリッタ様にとって大事なことだと思うのです」
リッタがにやにやとしていた。
「ユキナ。エルは馬鹿なので気にしなくていいでごぜぇーます。どうしてもお礼がしたいといいやがるんでしたら、ニーソやストッキングでも履きやがれでごぜぇーます」
メイド達がざわめいて脚を押さえている。
とんでもない爆弾を投下してしまった。
リッタは眠そうな目で器用にドヤ顔をしている。
ユキナは少し頬を赤くしている。
「靴下を履くくらいでいいのでしたら、履かせていただきますが……」
「いややめてください。これ以上、目のやり場に困っては大変だ」
ごほんと咳払い一つ。
「あー。俺も偉人たちから教わったものですから、隠すつもりもありません。俺はたまたま運よく、レシピや材料を知っているだけなので。きっとみんなの感性が加わればもっと素敵なデザートができると思うんです。だから……おいしい料理ができたら教えてくれればそれで十分というか」
俺は異世界レシピで、偉人たちの努力を覗けるだけだった。
同時にこのレシピも完璧でないと感じる部分もある。改良の余地は、その人の感性が加わることで無限にあると思う。様々な感性や試行錯誤が加わり、料理の歴史は積み上げられてきたのだから。
いつか世界で一番おいしい料理を見てみたい。
それを食べる人の顔を見てみたい。
おいしそうに食べる姿が好きだから。
それが俺が作る料理であったのなら最高だ。
「この生地と生クリームで作ってみてくれ。だいぶ違うはずだ」
「は、はい」
みんなが見ている中、作るのは緊張するだろう。けれどかなり手際がよかった。器用なのだろうか。それとも何度も見様見真似で試行錯誤したのだろうか。生地は均等の厚さでクリームやチョコソースなどの模様は繊細だ。俺では出せない魅力がある。
「何も言うことないです。とても美味しそうだ」
「っ! あ、ありがとう、ございます……えへへ」
「ユキネのクレープおいしそうっ! いいなっいいなっ!」
「シャル様どうぞ。最初はシャル様に食べていただきたいです」
シャルはぴょんぴょん飛び跳ねて食べた。
「あ、今日のはもちっとしてるっ! こんなに違うもんなんだねっ」
鼻にクリームをつけながら笑顔のシャルにみんな笑った。
それからは新商品のアイディアを出し合った。
ユキナは理知的に文化祭の客層に合わせてメニューを考え、シャルはとにかく自分がおいしいと思うものを本能で、メイド達も思い思いのアイディアを出していく。
ユキネがおずおずと言った。
「子供が喜んでくれるものも、おもしろいと思います……」
「どういうことっ?」
シャルが身を乗り出している。みなの注目が集まってユキネは顔を真っ赤にした。肩で切りそろえた髪を耳にかける。
「え、えっと。その、生クリームってかわいいから……」
とふわふわにホイップした生クリームを、真ん丸にしてクレープに乗せた。
チョコソースで目を描き、焼き菓子を添えて耳に見立てる。
「うっうさぎさんっ!」
一番子供の感性に近いだろうシャルが喜んでいる。
あぁ。なるほどと思った。この考えはなかった。
それからはさらにアイディアが活性化した。アクアテラの祭典にちなんで恋人向けなど様々出た。
「楽しそうでごぜぇーますね」
料理を話題に笑顔が広がっていた。
誰かと何かを創り上げるというのもまた楽しいのだと気付かされる。
眠そうな目で見上げるリッタの頭を撫でた。子供の頃そうしてもらったように。
「もっと撫でやがれです。エルの人生は短けぇーですから、もっとあたしを甘やかしてもいいんでごぜぇーますよ」
「今度から俺の脚フェチは秘密だ」
髪を乱暴になでる。されるがままこちらを見上げて言った。
「視線でバレバレでごぜぇーます。メイド達の間で噂になってたでごぜぇーますから」
「え?」
驚きだった。一瞬しか見ていないと言うのに、ばれていたらしい。
努めて冷静を装っているが、内心俺の心の中はおだやかじゃなかった。
リッタは満面の笑みで言った。
「平和が一番でごぜぇーます」
俺の心は平和とは程遠い心境だった。
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