第14話 アクアリス魔法大学と聖女と

 アクアリス魔法大学は貴族たちや上流階級が住む地域と一般の人々が住む地域のちょうど境にある。

 実力さえあれば入学することができ、年齢の制限もなく門戸は広い。年齢層の幅も広いため制服を着る着ないも自由であった。若い子は大概着ているようだが。白を基調とした制服で街中で見かければすぐにわかる。


 リッタと大学の門の前でシャルを待っていた。だがなかなか来ない。


「ねみぃです……シャルはまだでごぜぇーますかね」


 アクアテラの祭典の際には一般開放されるようだが、今日は勝手に入ることは許されないらしい。リッタが勝手に門を潜ろうとしたら探知魔法が作動し警報が鳴り、ひと悶着あった。

 当の本人は、反省の色なく心地よい日差しに、ぼーとしている。


「ごめんね!」

 とサラサラな金髪の美少女がリッタに飛びついた。白を基調とした制服でアクアリスの子だとわかる。


「どうしたんでごぜぇーますか? その髪型」

「み、見ないでっ! 寝坊! 昨日全然眠れなくてっ! うぅ。恥ずかしいな……エル君も見ないでよぉ!」


 ストレートな髪を下ろしていて分からなかったがシャルらしい。

 口調まで普通だ。あの金髪縦ロールが邪悪の根源かと思ってしまう。

 それかこのシャルは偽物か。


「しかしリッタよく気付けたな。髪型のイメージが強過ぎて分からなかった」

「魔力の質でわかるでごぜぇーますから」


 今の方が万人受けするんじゃないかと思ってしまうが、それを口にするのはルール違反だ。女性のファッションに口を出すのは藪蛇に手を差し出す行為だ。

 俺もニーソ以外は絶対に口出ししない。


「あ、案内! するね!」


 とシャルはとことこ大学の中へ向かうが、リッタや俺がついて行かないことに気づき、すたすたと戻ってきた。


「なんで来てくれないのぉ!」

 リッタに抱きつき涙を流す。

「本物のシャルでごぜぇーます」

「うえーん! 酷い確かめ方しないでよぉ!」


 正直俺も疑ってたからこれで安心だ。

 シャルと門を潜った所で再度探知魔法に引っかかり警報が鳴った。

 どうやら申請し忘れてたらしい。

 やはり本物のシャルだ。間違いない。

 

……。


 中に入ると想像の数倍は広かった。

 中庭があり、校舎があり、訓練場、グラウンドがいくつもある。

 広すぎて馬車や箒で空を飛んで移動しているようだった。

 移動用の箒もいくつか設置してあるが、魔力の扱いが難しく一般人には使えないものだ。いや俺もリッタも使えるが。

 どうやらシャルも使えるらしく、空を飛んで移動することにした。


 15歳からデュークとリッタと冒険者の旅に出ていたため、学校というものに足を踏み入れるのは初めてだった。教育らしい教育は孤児院近くに住んでいた変なおじさんと、魔法はリッタに教わったくらいで生徒が大勢で学ぶ空間というものを体験したことがなかった。


 28歳になってまさか魔法大学に足を踏み入れることになるとは思わなかった。


 校舎の中を歩いていると、多くの人がいた。

 どの子も希望に満ち溢れているように感じるのは年齢のせいだろうか。

 彼らには未来がある。どの道も選ぶことができる。富や名声を求めることも、小さな幸せを選ぶことも。人々をしあわせにしている生活魔法の研究も、主に魔法大学で開発されていた。


 廊下を歩いていると、少し濁った金髪の男と背の高い男、出っ歯な小さな男が道の真ん中に立っていた。

「なんだ、今日はあの変な髪型じゃないのか?」

 少し濁った金髪の男に声をかけられた。隣の男たちは笑っている。


 だが、シャルはスタスタとその横を通り過ぎた。

 俺やリッタに話しかけているわけではない。初対面だからだ。

 だから後ろを振り返った。しかし誰もいない。

 立ち止まっていると濁った金髪の男が言った。

「お前たちはヴァイオレットのなんだ?」


 かなり偉そうな子だ。年齢は18くらいか。端正な顔立ちだが、口の端が歪んだ笑みをしている。子分二人を連れているようだし、実際に偉いのかもしれない。


「鼻毛出てるでごぜぇーますよ」

 リッタは空気を読まなかった。きっと鼻毛が気になってしまったのだ。

 言われてしまうと俺も途端に気になってしまう。

 鼻で呼吸するたびに鼻毛がゆらゆら揺れている。


「嘘をつくな」

「嘘じゃねぇーです」


 濁った金髪の男は背の低い出っ歯の男に言った

「おい、私の鼻毛は出ているか?」


 偉そうな態度で鼻毛の確認をした。初めて見る光景だった。

 貴族も大変だ。

 出っ歯の男はハンカチで額の汗を拭いた。

 爆発魔法の解呪をするかのように悩んでいる。

「出ています――」

「嘘をつくな!」

「――出ていませんっ」

 出っ歯は見事に解呪に失敗した。

 

 濁った金髪の男がリッタに言った。

「私は鼻毛が出ていない」


 リッタは眠そうな顔で俺を見上げた。


 鼻毛出てるでごぜぇーます。目が語っている。


 やめろ。俺に振らないでくれ。鼻毛の有無など心底どうでもいいのだ。

「個性だ」

「やめろおっさん。私の鼻毛を個性などという万能の言葉で片付けるな」

 彼はどこまでも偉そうで、一瞬回って少しかっこよかった。

 

「んっ! んんっ!」

 いつの間にか戻っていたシャルが俺とリッタの服を引っ張る。

 彼女に引きづられるまま歩いていく。後ろから声がかかった。


「ヴァイオレット。まさか出店する気じゃないだろうな。やめておけ。私たちの店には敵わない。恥をかくだけだぞ」

「うるさい鼻毛! ふん!」

 現在進行形で恥をかいているのは彼で、とんでもない一撃に俺には思えた。

 致命傷だ。俺ならトイレに駆け込むだろう。もちろん鼻毛を抜くためだ。


……。


 出店の申請は滞りなく終わった。

 登録は『花のクレープ屋』。近くに花屋があるから覚えやすくした。

 どうやらギルドと情報を共有しているらしく、俺の身元もすぐわかったため、問題なしと判断されたようだった。


 終わった後、シャルに鼻毛の青年の話を聞いた。鼻毛が気になったからではない。

 彼女は口を尖らせて言った。

「シャイロック商会の息子。シャイロック商会は成金貴族。薄利多売で品質悪い。材料とかも買い叩いていて嫌い。農業林業漁業にとってよくないもんっ。やり方嫌い。つっかかってくるから大嫌い」


「名前は?」

「……鼻毛」

 名前も呼びたくないくらい嫌いらしい。

 シャルは珍しくほっぺを膨らませてむくれている。


 大勢の人の流れがあった。

「あの先なんかあるのか?」

「うんっ。今日講堂に聖女様が来ることになってるのっ」


「アリシアが?」

 リッタを見るとこくっと頷いた。魔力の流れを感じたのだろう。聖女の魔力は強大だからリッタはこの距離であれば感じ取ることができるようだ。


 聖女アリシア・ルミエールは同じ孤児出身だ。

 ルミエールは聖女になるためにもらった家名だろう。


 なつかしい。あの子が……。

 一年前に勇者パーティーとしてアクアテラに立ち寄った際も彼女は頑張っていた。

 聞くところによると、10年ほど前から聖女として、この都市を守り続けているらしい。


 俺たちが旅立った時、孤児院の頃のアリシアが4、5歳だったから。8歳から聖女を全うしているのか。

 小さい頃はわがまま放題の気難しい子だった。懐かしくて笑ってしまう。


「様つけないの?」

「ん? あぁそうだな。アリシア様を見に行きたいのだが、いいか?」

 小首をかしげるシャルの頭に手を乗せるとうれしそうに両手で握った。

 こくこく頷いている。


……。


 広い講堂の中は学生たちで賑わっていた。


 しばらく待っていると、歓声があがった。

 アリシアの登場だ。どうやら学生人気は高いらしい。豪華なドレスに貴金属をいくつもまとっている。白くうつくしい髪に似合っているが、孤児の頃の簡単服のイメージが強いため違和感がぬぐえない。


「エル。おっさんみてぇーな顔してるでごぜぇーます」

「これは親みたいな顔という。渋いだろう」

「ただの独身お独り様じゃねぇーですか」


『少しの時間となりますが、聖女アリシア様に来ていただいていますっ!』

 学生の進行役が声をあげると拍手が鳴り響いた。

『聖女アリシア様こちらへっ!』


 アリシアは頷いて微笑み、マイクの前に移動する。

 魔法の光が彼女にあたり、白い髪がさらに輝いて見える。


「今日はお招きいただきありがとうございます。短い挨拶にしたいと思います」

 透き通る声だった。


「アクアテラの祭典が一か月後にあります。この祭典には『食べて歌って恋をする』という願いが込められています。稲穂や小麦がうつくしく色づくこの時期に、収穫したものに感謝し、食べて、その喜びを唄って、好きな人と一緒にいて欲しいという思いがあるのは有名ですよね」


 聖女様は恋をしているのー? という野次が飛んで笑いが起きる。

 アリシアは微笑んで手を振った。

 黄色い歓声があがる。


 咳払いを一つして。

「アクアリス魔法大学の皆さんが世界を変える希望だと思っています。皆さんの何者かになるという夢、好きなことを追求するということが世界を変える唯一の方法です。……ですが、何かに夢中になるということは色々な障害があります。困難であればあるほど、大きな夢であればあるほど、諦めろという囁きがそこかしこから、聞こえてくることでしょう。あなたには実力がない、あなたでは不十分だ、無理だ……誰もが、誰かから聞いた現実に傷ついたことがあると思います」


 アリシアは一呼吸おいて、聖女らしくない口調で言った。

「でも、そんな時は、うるせぇわで忘れましょう」


 会場に少し笑いが起きる。


「一か月後の祭典のように、食べて歌って恋をして、言われたことを忘れてしまいましょう。そしてまた夢を、好きなことを追求しましょう。それがあなた自身の世界も変える唯一の方法です。私は祈ることと、現状維持しかできませんが、皆さんは食べて歌って恋をして、好きなことを追求して……世界を変える努力ができます。皆さんには勝手に期待させてもらいますね。いつか、私を必要としない世界を作ってくれることを。……真面目な話をしましたが、アクアテラの祭典は三日間です。素敵な思い出がみなさんに訪れますよう、願っています」


 拍手が起きた。

 大人になったアリシアに俺は涙がとまらない。


「みっともねぇーでごぜぇーますよっ」

 リッタはそれはもう嬉しそうに言いながらハンカチを渡してくれた。

「だ、だってよぉ。あのアリシアがよぉ。うぅっ。大人はなぁ、うれしい時は泣いてもいいもんなんだよぉ」


 シャルは小首をかしげながら背中をさすってくれる。

「二人は知り合いなの?」

「同じ孤児出身だ。まぁ俺は年をとったし、あの頃のアリシアは小さかったから顔を見ても気づかないだろうが。もしかしたらリッタを見たら気づくかもしれないな。角が特徴的だし、姿かたちが変わってないから」


 そっかとシャルは退出していくアリシアをうっとり見ている。

「すごいね。アリシア様って天使みたいだけど、同じ人間なんだ」

 聖女という象徴は強烈で人々の目をくらませるのだろう。嫌なことは嫌、好きなことは好きとはっきり言う、普通の女の子にしか俺は思えないが。


 その後学長の話などが長々続いていたので俺たちは退出した。

 同じような子も多かったらしく、人波ができていた。


「がんばろって思えたね」

「綺麗だった」

「神々しかったよ」

「でも、あれだよね。アリシア様って孤児出身なんだって」

「金持ちや貴族との癒着も酷いって聞くよね」

「貴金属あげると喜ぶんだって」

「まぁ宝石って憧れるし、仕方ないよね」


 など様々な噂が飛び交っていた。

 純粋な好意もあるのと同時に嫌な噂も聞く。


 聖女の恩恵というのは当たり前ではない。

 平和が当たり前の都市にいると感覚がおかしくなるのだろう。これだけの結界の中で過ごすことができる都市は珍しい。


 事実、冒険者として10年以上世界を見て回ったが、自分たちで自衛しなければ生きていけない街がほとんどだ。

 当然農業や牧場を維持するのは難しく、栄養のとれた食事がままならないことが多い。そういった所は冒険者など腕自慢にとって需要もあるのだが。


 感謝を捧げろというつもりもない。

 きっとアリシアも望まないだろうから。

 

 ただ、俺は思う。

 頑張っている子が報われる世界が来てほしいと。そう願わずにいられない。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る