第13話 学園祭グルメ対決の誘い
二か月が経った。
観光ギルドからの進捗監査も何とか乗り切り、貸屋台での営業許可が継続し、ほっとしていた。その際にクレープを食べてくれたギルドのミネットは、味と見た目を褒めてくれた。でもこれ絶対太ります~と悲しそうにしていたが、結局ちゃんと完食していた。
だが、再来月以降の存続ができるかどうかの売り上げは依然として足りていない。
全く届かないわけではないのだが、売り上げの大半が金髪縦ロールの少女……シャルの身内のものだ。不審な格好と挙動で最初こそ怖かったのだが、純粋にクレープを楽しんでくれている客でうれしかった。
シャルは二日に一度は来てくれていた。
お客様であるし、伯爵家の三女という偉い人でもあるので呼び方に迷ったが、本人たっての希望でそう呼んでいる。
シャルとメイド達は、立ち代わり入れ替わり何度も店に足を運んでくれた。
とある日は赤毛のそばかすがチャームなメイドと、青髪の静かなメイドだ。それにしてもシャルの家のメイドはどの子も優しそうな子ばかりだな。
「エルさんっ! おはようございますっ!」
「おはよう、いつもありがとうございます。今日は何にしますか?」
「えーと……」
注文通りに手早く作って渡す。
メイドたちは思い思いのトッピングを伝えてくれるので、こちらとしても、こんな組み合わせもいいなと思え楽しかった。
どの子も主人であるシャルのようにおいしそうに食べてくれるので、とても作り甲斐がある。
だが不思議なことに、メイド達は食べ終わった後、この二ヶ月必ず同じことを聞くのだ。
「お嬢様から何か誘われましたか?」
「いや……昨日は空の青さについて聞かれたくらいで」
「……」
「訳が分からなかったから、一応海の青さについて問い返しました。ほら、水は透明なのに、海は青いじゃないですか。ひどく混乱していましたね」
メイドはメモしていた。どこにメモする要素があったのか俺にはわからない。
メイド同士、顔を見合わせて頷いた。
青髪のメイドがゆったりと言う。
「アクアリス魔法大学学園祭で~毎年~グルメ対決やってるんですよ~」
「へぇ。それは面白そうだ」
赤毛の子が食いつく。
「エルさん興味あるの!?」
「ま、まぁ。料理関係の話はだいたい興味あるので」
メイドはハイタッチをして帰っていった。
一体何なのだろう。
二人組のメイドだったり、ユキナ……黒髪ツインテールのメイド長だったり、組み合わせは様々であった。
中には、きゃーきゃーと有名人にあったかのような反応をする子もいた。握手を求められることもあり、少し困惑した。
好きですと言われた時には勘違いした。
主語がなかったから一目惚れされたのだと勘違いしてしまったのだ。
ついに俺も、と一瞬結婚が頭をよぎった。
そんなわけがあるかと思うかもしれない。男は勘違いしやすい生き物なのだ。
結局好きなのはクレープのことだった。
当然しばらくの間、リッタにいじられることになった。
つまり彼女たちは完全なお得意様だ。売り上げの比率を出したら足を向けられなくなる。彼女たちがいなくなったらと思うと、ゾッとしていた。
……。
今日は魔法大学は休みなようだ。昼からメイド数名と共に、シャルが来てくれていた。向かいのテラス席でクレープを食べている。楽しそうに会話しながら、おいしそうに食べてくれる姿というのはいいものだ。
なぜかリッタも彼女たちと一緒に食べている。
どうにもシャルはリッタを気に入ったらしく。ことあるごとにリッタリッタと懐いている。小動物が強い動物の周りをじゃれているようにしか見えないが。
シャルが、すすーと屋台に戻ってきた。
食べ過ぎなのではと心配したが、いつ注文されてもいいように鉄板に熱を通した。
だが、彼女はなかなか注文しようとしない。
いつものメニューを悩んでいる姿とは少し違う気もする。
それどころか屋台の対面ではなく、そろりそろりと屋台の中に入ってくる。
「鉄板熱いから気を付けて」
「う、うんっ……あ、いい匂い。……じゃないのでして!」
近くで見るとリッタより少し小さいようだ。今日は変な言葉遣いをしている。その日その日によって口調が違っていて面白い。
こちらを見上げて言った。
「エル君っ!」
「うん。何か決まったか?」
シャルは名門貴族と分かってはいるのだがつい敬語が抜けてしまう。小動物的魅力がそうさせるのか、色々気をつけているのだが。孤児育ち、15歳から冒険者業で敬語が慣れていないというのもある。
「エル君っっ!」
「ど、どうした?」
なぜか名前を何度か呼ばれた。俺はシャルの言動を基本的に理解できていない。
「……あ、あぅ。あの……おーほっほっほ!」
「……あぁ、何か面白かったのか? 俺の顔か?」
「ごべんねぇ……」
シャルはなぜかしくしくと泣いた。せめて否定してください。冗談のつもりだったのだ。目を猫のようにぐしぐしとして涙を拭き取り叫んだ。
「エル君の店は人気が全然ないっ! 閑古鳥すら鳴いていない!」
なぜか言葉で後頭部を殴られた。
俺に逮捕権限があったのなら問答無用、事実陳列罪で縄でぐるぐる巻きにしている。現行犯逮捕だ。
「どうしたらいいんだろうな」
髪が崩れないように頭をやさしく掴んで揺らす。お仕置きだ。
「わわっ。わわーっ」
金髪縦ロールを揺らしながら最初は驚いていたが、よろこんでいるようだ。シャルを見ていると孤児院の子供達を思い出してしまう。なぜか放っておかない。
世間話程度の期待値で聞いてみた。
「何かいい案ないかな?」
「ある! はいはい! はい! あるある!」
自信満々に手を挙げて、嬉しそうに、ぴょんぴょん飛び跳ねている。その自信ありげな姿に驚いた。本気で聞いたわけではないのだが。しかし鉄板の近くで飛び跳ねるのは危ない。ぶつからないように、よく見ておこう。
「アクアテラの祭典! エル君知ってる?」
「あぁ。そういえば最近よく聞くな。主にメイド達から。実際に参加したことはないが。食べて歌って恋をするという祭りだろう? 楽しそうだ」
最近街が色めきだっているのを感じていた。米や小麦が黄金色になるにつれ、メインストリートもどんどん華やかになっている。
「……全然楽しくないよ。すごく怖いの」
なぜか落ち込んだ。目が完全に死に、身体が震えている。シャル自身が話題を振ったというのに。この数秒で一体何があったのか。元の話題に戻す。
「そ、そうか。祭典で何か、この店が人気になるためにやれる案があるのか?」
「そう! アクアテラの祭典で! アクアリス魔法大学学園祭でグルメ対決があるのでして! お店沢山! いーっぱい! エル君も出店! 出店! 明日っ! アクアリス魔法大学来て! むん!」
とシャルはふんふんと鼻息荒くうれしそうだ。
満足そうな顔をしている。
シャルはテラスのメイドたちの元へと、ぱたぱたっと駆けていった。
「やっと言えたっ! むん!」
自慢げだった。
メイド達に沢山褒められている。ついでにリッタまで頭を撫でていた。
しかし、どうやら俺は参加することに決まったらしい。
まだ返事をしてないが。
「ご迷惑でしたら断わってくださいね」
「びっ」
……びっくりした。ユキナが隣にいて驚いた。いつからそこにいたのか。
「お嬢様うれしくて仕方ないんです。好きなお菓子屋さんと顔なじみに慣れて、リッタ様にも出会えて……それとエル様にも」
「こちらこそ、おいしそうに食べてくれるのはうれしいものです。せっかくの機会ですし、ぜひ検討させて頂きたい。でも明日なんですか?」
「お嬢様の言葉が足りなかったのですが、明日が申請最終日。本番は一月後です。だから明日、一緒に申請と下見に行きましょうという誘いでした」
「……難解だな」
だいぶ足りていない。思わず本音が漏れてしまったがユキナはふふっと笑った。
「お嬢様は常人じゃありませんから。屋敷で独り言を呟いているのですが、言葉遣いおかしくてかわいいんですよ。よく御乱心しています」
「はは。今は外用の言葉遣いなんですか?」
「いえ今のが素です。家では貴族っぽい言葉遣いを練習しているだけ……だと思います。非凡なお嬢様の感性は、凡人の私にはわかりませんが。ふふ」
続けて笑っていった。
「学校じゃいつも独りぼっちなんです」
全然笑いごとじゃなかった。けどシャル自身がそれを気にしている様子がないから笑い話になるのかもしれない。
「面白くて刺さる人には刺さる性格だと思いますがね」
「まぁ」とユキナは口に手を当て控えめに笑う。
「今度『今日のシャル様』会にご招待しますね」
「女子会でしょう? 遠慮しときますよ。きっと肩身が狭い。デザートの提供だけで勘弁してください」
「それは、最高の女子会になってしまいそうです」
続けてユキナは言った。
「……エル様がアクアリス魔法大学の学園祭に出店して下されば、お嬢様の交友関係も変化が起こると思うのです」
どういうことかはわからないが……。
「ますます断れなくなりましたね」
「独り言です。気にしないでください」
ユキナは舌を出し、いたずらな笑顔を覗かせた。
ここでその顔はずる過ぎる。
ユキナの視線の先……テラスを見ると、シャルはメイドやリッタと楽しそうに喋り、しあわせそうにデザートを頬張っていた。
「かわいいと、思いませんか?」
透き通る声だった。
このメイドには敵わないのだろうな、と思う。
独りで大学を過ごす姿と、友達とたのしそうに過ごしているシャルの、両方を想像してしまったから。
どちらを望むか、こんなの答えは決まってしまうだろう。
「ユキナァ! エル君っ! こっちに来て食べようよ!」
シャルは満面の笑みで手を振っている。
「あぁ、ちょっと待ってな」
手早く自分とユキナの分のお菓子を作る。
あたりにバニラの匂いが満ちた。
かわいいと、思いませんか?
ユキナの言葉が頭から離れない。
これはきっとユキナの差し金だ。
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