第12話 閑古鳥すら鳴いていない


 伯爵家三女、シャルロッテ・フォン・ヴァイオレットはアクアリス魔法大学の門をくぐり、校舎には入らずに、裏手にある誰も来ないベンチの上で、リッタが渡してくれた包をあけた。


 講義が昼前に一講座あるだけなので、お菓子を楽しむ時間があった。

 

 包の中のケーキは薄い茶色のクリームが、細い線状に幾重にも盛り付けてある。

「みるくれーぷもんぶらん……?」

 シャルは包に入ってた文字を読み、ケーキを見ては、文字を見る。


 もんぶらんもんぶらんと心の中で口ずさむ。


 そして茶色のクリームを一口食べた。

「~~~~っ! もんぶらんっ!」

 栗のうまみをぎゅっと凝縮した濃厚さは、クリームの甘味に負けないどころか、相乗効果で美味しくなっていた。


 もんもんもんぶらんっ。


 心の中で呟きながら、真ん中から、マイフォークで切れ目を入れると、クリームとクレープ生地が層状になっているのが見えた。

「ミルクレープっ!」

 

 ミルクレープ……以前ユキナが屋敷に持ってきたものだ。

 試作品で、非売品っ!

 シャルは感激した。


 これを持たせてくれた、小さなやさしい少女に感謝をする。

 先ほど食べたクレープのもちもち生地に、硬めのクリームを合わせているだけでも傑作なのに……さらにその上にもんぶらんが乗っていた。アクセントのためかナッツも入っている。


 悪魔のような職人だとシャルは思った。ファンにならざるを得ない。


 シャルは食べては感動して、を繰り返した。

 ゆっくりと噛みしめるように繰り返し、完食し……はたと気づいた。


 肩にかかっていた鞄が邪魔だなと思って、中を確認すると金貨が沢山入っていたから。

「あわ、あわわ、あわわわわ」

 シャルは身体を震わせた。拍子に金貨がじゃらじゃら鳴る。


 シャルの目的は、ユキナから教わった名前の無い露店のお菓子屋さんをヴァイオレット家専属の料理人として迎えることだった。

 この大金はそのためのもの。


 緊張でうまく伝えることができずにドン引きされて涙を流した。


 失敗した。

 失敗したのだ。

「うぅ……ユキナァっ!」


 シャルはベンチの上に広げていた道具を両手いっぱいに抱き、脱兎のごとく自宅へ帰った。もちろんアクアリス魔法大学は欠席だ。お菓子第一主義だから。


 そもそも友人もいないので行く理由もない。メイドを連れてくるのは禁止されてるから、一人で授業受けて一人でご飯食べて宿題抱えて帰る毎日だ。


 当然成績や態度などは伯爵家に連絡が行くことになる。

 シャルの母が修羅の鬼と成るのはまた別の話。


……。


「ユキナァっ!」 


 専属の料理人になって欲しいと伝えることができず、ショックのあまり学園を休んで帰宅したシャルは、さっそくメイドのユキナに泣きついていた。


「失敗したのですね、シャル様……」

「うぅ……なんでわかるのぉ」


 とシャルは今日の朝の出来事を伝えた。朝からストーカーのように見つめ、泣いたり大金を見せたり、高笑いしたり。いかに奇行を繰り広げたか、涙ながらに語った。


 ユキナが親身に、かつ適切に相槌をうってくれるので安心して話した。

 いかに自分が頑張ったのか、一生懸命に伝える。


 おいしかったクレープともんぶらんの話になると、ふんふんと鼻息荒く熱弁した。身体いっぱい大きく動かし、大きな部屋の端から端まで使って、どれだけ美味しいのかをユキナに教える。


「お嬢様。私にはおいしかったのだと大変伝わりますが。……ちゃんとおいしいと伝えましたか? 料理を作る人というのは伝えてもらえるとうれしいものです」


「……」

「……お嬢様?」


「……え?」


 シャルは呆然とした。そして大きな瞳に涙がたまり、ぼろぼろと落ち始める。

 無表情のユキナも流石に狼狽した。


 シャルは馬鹿ではないし、やさしさという感性も持っている。

 ただ、お菓子が好きすぎて頭がおかしくなっているだけだ。


 伯爵家の令嬢として生まれ、好きなことを好きとは言えない環境で抑圧され、様々な重圧に晒され、色々なことを我慢し生きてきた。その間も彼女の心の支えはお菓子であり続けた。辛いこともお菓子があれば頑張れた。

 お菓子に救われてきた人生なのだ。


 その好きという気持ちが臨界点を超えて、お菓子狂いになっただけの話。


「お嬢様っ。大丈夫です。私の見た所、あの人たちはただの善人。いくらお嬢様が挙動不審でも、誠意を伝えれば大丈夫っ。それにお嬢様には武器があります」

「武器? ……胃袋?」


「それは欠点ですよね、甘いもの以外に弱いじゃないですか。好き嫌い激しいし、ちゃんとお野菜も食べてください」

「た、食べてるよっ。……お金?」


「確かに……」

「ふえぇ」


 ユキナはもっと別の答えを期待していた。まさかお嬢様から武器は何かでお金と出ると思わなかった。まだ15歳だというのに不憫かわいいと思ったがそれを振り払う。


 シャルが肯定されて泣きそうになっていたから。

 彼女は自尊心が低く、打たれ弱い。


「シャル様には二つあります。一つは見た目」

「ちんちくりんだよ?」

「かわいいですよシャルお嬢様は」


 容姿をほめられてもじもじする。

 高笑いした。

「おーほっほっほ!」

「……」

「……あぅ」

 

 いつからか、シャルは変な場面で高飛車お嬢様笑いをするようになった。

 ユキナはそれをかわいいと思っているのだが、使う場面を間違った時は何も反応しないことにしていた。その時のシャルの反応もまたかわいいと思っていたから。

 ドSなメイドである。

 気を取り直して、シャルの強みを伝える。


「あなたの名前は?」

「シャルロッテ……?」


「あ、いえフルネームで」

「シャルロッテ・フォン・ヴァイオレット……?」


「そう。シャルお嬢様はヴァイオレット家のご息女。そして今、名門アクアリス魔法大学に通っている。……見た所、エル様たちのお店は繁盛していなかった。こんなにおいしいというのに。おかしいと思いませんか?」

「……うん。おいしいから早く並ばないと買えないと思っていたのに、いつでも買えた。……閑古鳥すら鳴いていない」


 開店の3時間前からシャルは並んだ。美味しいから激戦を予想していた。だけど誰も並んでなかった。それどころか本人すら最初はいなかった。待ち伏せのような形になってしまい引かれてしまった気がする。


 でも、とシャルは思う。準備の様子を見るのは本当に楽しかった。ずっと見ていたい。クリームやチョコソースの香りとか、最高だった。


 そこからは焦っておいしいということを伝えられなかった。


「エル様のお店は知名度が圧倒的に足りないのです。人気店に押し上げる手伝いをするのです。シャル様の置かれた利点をフルに使って! 古参のファンとして!」

「古参……っ!」


 とてもいい響きに脳がしびれる。やる気がみなぎった。


「とってもいい祭りが三ヶ月後にあります。シャル様の嫌いなアレです」

「……アクアテラの祭典っ!」


 みなぎったやる気が吹き飛び、恐怖がよぎる。


 アクアテラの祭典は食べて歌って恋をするとかいう陽キャの宴。

 去年のシャルは食べて隠れて食べて隠れて終わった祭典だ。


 伯爵家の三女として留学の名目できているため、一応は客品扱い。

 初めての祭典は勝手がわからず捕まってしまい、音痴なのに歌わされて、運動神経ないのに、踊らされた。


 シャルは踊ってくれた男性の足を踏みまくった。男性は最初、許してくれたけど途中でキレてた。全てのステップで足を踏み抜く勢いだったから当然だ。

 ステップを踏もうとしたところにはすでに男性の足があり仕方がなかったのだ。

 あっと思った時にはヒールのかかとで男性の足をえぐった後だった。


 祭りの途中なのに、後の祭りであったのだ。


 最後にふざけるんじゃねぇぞと怒られたときは怖すぎて高笑いしてしまった。

 それが気に食わなかったのか、さらに罵倒された。

 

 当然隠れて泣いた。すごく怖かったし悲しかったから。

 糸につられている人形の方がよっぽど人間らしい踊りに見えるくらい酷かった。


「あ、あわわ、あわわわ」

 思い出すだけで身体が震えてくる。


「お嬢様お気を確かにっ。大丈夫ですっ。アクアテラの祭典の名物といえば、アクアリス魔法大学の学園祭っ。そこの生徒であるお嬢様には権限があります」

「……なに?」


 シャルはユキナを見上げている。少し不安そうだ。初めての参加以来、トラウマで逃げ続けていたから、学園祭の内容を知らなかった。誰も来ない第二演習場の隅に隠れ、メイドが持ってきてくれる食べ物をひたすら食べていただけ。


「アクアリス魔法大学の学園祭名物、グルメ対決! 甘味、肉、油っけあるもの何でもありの屋台出店! ルールは簡単っ! おいしいかどうか、それだけです!」

 メイドが持ってきてくれた食べ物は、それかと合点がいった。


「グルメ対決っ」

「そう! そして大学に在学しているお嬢様には学園祭グルメ対決に出店する権利がありますっ! しかも今年はあの聖女アリシアも審査員に加わるというアクアテラ領の本気っぷり。過去最高のお客さんがアクアリス魔法大学に来るだろうと予測し、大学もかなり力をいれています……私の言いたいこと、わかりますよね? シャルお嬢様っ」


 シャルはしばらく固まり、その後もろ手を挙げてぴょんぴょん跳ねながら喜んだ。


 彼女は宝石のようなお菓子を作る店に出会った。

 だが世間の人気がなかった。知られていなかったから。

 そのお店は日陰に咲く、うっとりするくらい甘い香りの美しい花のようだった。

 道端の端にある、見向きもされない宝石だったのだ。


 その人気のない店が、人気になるための手伝いができるかもしれないから。

 推薦したいという会話をするきっかけができたから。

 みんなにも、あまいしあわせを知ってほしいから。

 おいしい物を食べている人の顔が大好きだから。


 だからシャルはぴょんぴょん飛び跳ねていた。


「喜んでばかりはいられませんよシャルお嬢様……アクアテラの祭典まで3カ月。グルメ対決への出店推薦は2か月後。それまでに誘ってもおかしくない関係まで押し上げなければなりません。彼らとの信頼関係を気づかなければなりませんっ」

「……お、おーほっほっほ! 2か月……大丈夫。2、2カ月もあれば、余裕だもんっ。大丈夫。1か月じゃ無理だけど……2か月、大丈夫、がんばるっ。できるっ。むん!」

 シャルは両手の拳を握り自分を鼓舞していた。

「お嬢様……メイド一同、シャル様に協力します。がんばりましょう」

「ユキナァっ!」

 

 シャルは黒髪ツインテールのクールなメイドに抱き着いた。

 彼女にとって最も頼れる、大好きな大好きなメイド長。

 伯爵家では出来損ないと馬鹿にされ続けていたシャルを、ずっと見守ってくれていた存在だ。このアクアテラで楽しくできているのも彼女のおかげ。

 

 シャルはメイドたちと共に、名前の無いお菓子店を推すためのやる気に満ち溢れていた。

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