第10話 All you need is 飯(デューク視点)
勇者ノワールたちの防具は新調されていた。エルの金を使ったのだろう。なぜか俺には還元がなかった。
聞いたら俺は食費がかかるかららしい。なんかのペット扱いをするなと思ったが、俺ももうおっさんだ。若者にたかるような図になるのも醜聞が悪い。
このパーティー大丈夫かと思うことが多々ある。
今も問題がくすぶっていた。主にノワールの女性関係と飯関係だが。
いっそ解散してくれてもいいんだけどな。
エルが追放されたのもおそらくノワールが馬鹿舌だからだ。皆がおいしいと食べてるときに一人首を傾げていたし。酒場で激辛の料理が出た時は気付かず一人黙々と食べていたくらいだ。
魔法使いグリムは太ると言って、おいしい料理とエルを敵視しているし、俺の気持ちを理解できるのはエルの料理ファンである、ヒーラーのサフィアくらいだろう。最近結構な頻度でため息をつくところを見る。
サフィアは気づいていないが、どうやら俺とは腹違いの兄妹のようだ。
きっかけはリッタが同じ匂いがしやがる、魔力も似ていると言っていたこと。
色々と旅をしながら話を聞くことで、兄妹であることの裏取りもとれていた。
髪の色も似ているし、料理への趣向も少し似ている。
このパーティーに俺が残っている理由の大半はサフィアなのだ。
腹違いとはいえ、血を分けた妹が勇者パーティーで冒険してたら心配だろう。
伝えるきっかけを完全に逃しているし、腹違いの兄が俺みたいなデブなら嫌かもしれないので事実は伏せている。
じゃあ痩せればいいかというとそもそも、痩せるという選択肢はない。おいしい飯を食うために生きてるからな。痩せたらイケメンと言われ続け早10年。痩せるのは無理だから、そんなもしもは訪れないと分かっている。
エルの飯が恋しい。
満足いく飯を堪能できていなかった。
乾パン、干し肉。魔法から作った水。この繰り返し。
「あのさ……またこれ?」
魔法使いのグリムが嫌そうな顔をしながら干し肉をつまんだ。
「え……またって、だって昨日は別のものでしたし」
サポーターとして新規加入したルビィは困惑している。当然だ。これが普通の冒険だから。エルは飽きないように別メニューを出す。似たようなものでも少し味や趣向、組み合わせを変える心配りだ。
面倒だろうに。どこかの偉人が料理は愛情と言ったが、本当にその通りだと思う。思いやりと技術や知識がなければ手間暇を費やすことはできない。
もちろん時短した料理にも愛情はつまっていると俺は思うがな。
「一昨日これだったじゃんっ! あたしこれ嫌いっ!」
グリムが干し肉を投げて戻す。食べ物を粗末に扱う仕草に一瞬キレそうになったが、深呼吸した。エルの作った料理に対してだったら女子だろうと我慢できた自信がない。深呼吸。深呼吸。
パーティーの雰囲気も悪い。当然だ。
ノワール、グリム、サフィアは、こういう普通の冒険は初めてだから。
これが普通なのだが、彼らの普通は、異次元の好待遇だったという自覚がない分しばらくは苦労するだろう。
ちなみに俺もエルのいない旅は初めてで気が狂いそうだった。事実、エルの作った飯を食えていないので瘦せ始めている。ほんの少しだが。誰も気づいてくれないが。
冒険歴15年間近だ。この味気ない食事が普通であると分かってはいた。だが知ってはいただけだ。ルヴィは居心地悪そうに皆に気遣っていて気の毒だから、彼女を責めることはしない。
まぁ、俺の場合、後でリッタがエルの料理持ってきてくれる手はずになっている。隠れて食べるつもりだから心の余裕がある。へへ。
そしてリッタが戻ってこない理由もわかる。俺がリッタの立場でも当分は戻らないから。
……。
突然の強風。
全員が見上げると頭上に巨大な竜がいた。
はじめて見るであろうルビィは腰を抜かして武器を引き抜きそうになっていたので、俺は手で制した。
竜は人間の姿になった。
ピンク色の髪に二つの角、大きな瞳のわりに眠そうな、小さな少女、リッタだ。
だがいつもと様子が違った。
溢れる魔力を隠そうともしない。むしろ見せつけている。
竜王というよりは魔王の如き登場だった。
竜王は本来、魔王から勇者を守る使命を持った神の使いだ。
魔王のような振る舞いをして醜聞がひろまったらどうする。
他人の評価を気にしない相変わらずのリッタに笑った。
誰も何も言わない。発言は許されない。
彼女が有無も言わさない殺気を放っていたから。
口を開けば殺す。
気に食わなければぶち殺す。
息をひそめて怯えていなければぶっ殺す。
リッタはエルのことが、大好きだ。とある出来事からなのだが。
それは色恋沙汰な好意ではなく、後悔やうしろめたさ、様々な感情が入り乱れた思い。だが大好きなのは疑いようがない事実。本人に言ったら否定されちまうが。
そのエルをこのパーティーはぞんざいに扱ってきたわけだ。
エルが何も言わないから、彼に嫌われたくないからリッタは我慢していただけ。今のリッタにはエルというこの世で唯一の枷がない。
少しでもリッタの機嫌を損ねたら喰い殺される。俺であってもそれはあり得る話なのだ。まぁ俺はエルの大親友で最高の幼馴染だから、それは万に一つもないって思ってるけどな。へへ。
強くなる前の勇者を魔王から守ることを使命としているのが竜王である。そもそも形式上とはいえ、俺に仕えてしまったのが何かの手違いなのだ。
流石は冒険者。リッタの殺気には気づいているようで、誰も何も発言しなかった。生き残るコツは強いものから逃げることだ。
竜王リッタにとって人間の年齢の上下など誤差だし。成人以上の若者に対する配慮はない。
「おいお前っ! デュークの竜だろう! どこほっつき歩いてるんだっ! 勇者パーティーの自覚あるのか!? 俺たちは仲間で……一致団結しなきゃダメだろう!? 魔王からこの世界を救うんだろ!? 世界の為に!」
「……あ?」
前言撤回。鈍感勇者ノワール。勇気と無謀は違う。
リッタの片眉がぴくりと動いた。
風と土を司る竜の王、リッタ。
生物の頂点に君臨する竜という、王の中の王だ。
リッタの周りで空気が不可思議な動きをし始めた。
やがて俺の周囲の空気の温度もでたらめになっていく。
冷たい空気と温かい空気が秩序なくまとわりついていて、危機能力がある者であれば脱兎のごとくここを逃げ出しているだろう。
リッタの魔力に触れた空気が圧縮されている証拠だ。圧力差で温度差が生まれ空気の流れが変わっていく。世間では知られていないが、風の魔法の殺傷力は、攻撃的な魔法とされる火の魔法よりはるかに上だ。極限まで圧縮された空気は些細なきっかけで爆発する。圧縮による発火点の低下と圧縮による温度の上昇による結果だ。
そして彼女の武器である、空気はこの世界のどこにでもある。
さらに言えば、爆発させることが出来るということは、その逆も可能だ。火は空気を必要とする。だから空気を操り、火を消すことも容易なのだ。
他にもリッタはえぐい風の使い方をする。想像すればわかるはずだ。風を使えば簡単に人を殺せてしまう。国を滅ぼせてしまう。風だけでも化け物であるというのに、土まで操るのである。
見た目は猫でも、中身は虎もしっぽを巻いて逃げ出す化け物だ。
俺はリッタを止められないぞ……とも言っていられない。さすがにかわいそうだからだ。ちょっと猫のしっぽを踏んでしまったくらいの話。若者の失敗は責めてはいけない。失敗を糧に次の成功に活かすよう導くことが大事だからだ。
大人らしいところを見せるか……と立ち上がったが、空気を読まずにサフィアがノワールとリッタの間に入った。我が妹の予想外の行動に開いた口がふさがらない。
「リッタさん待ってくださいっ! ノワール君だめだよっ! リッタさんは竜王で魔王から勇者を守る存在なんだからっ! 彼女が傍にいないってことはまだ私たちが勇者として認められてないだけのことだよっ! だからもっと頑張らないとっ!」
なかなかに真っ当な意見で驚いた。
ノワールはむすっとした顔で言い返した。
「じゃあなんだ、エルのおっさんが勇者だっていうのかよ。弱かったじゃねぇか」
「そ、それは……お、女の子にはいろいろあるのっ! 強さだけじゃないんだからっ! ね。ほらリッタさんは……ほら、えへへ。だって、ねぇ……きゃっ」
「どういう意味でごぜぇーますか。脳内恋愛変換マスターの糞ヒーラー」
「だ、だってリッタさん……きゃっ。種族を超えた恋愛とか……超推せますっ!」
「妄想激し過ぎて馬鹿らしくなったでごぜぇーます。思い込んだら一直線のどこかのデブと一緒じゃねぇーですか」
リッタは毒気が抜かれたようだ。眠そうな表情に戻る。空気の流れが元に戻った。
ノワールはどういう意味かサフィアに何度も確認しては首をひねっている。若者たちで、あーでもないこーでもないと話始めた。
周りを無視して、リッタは俺に近づいてきて、ぽいっとマジックバックを渡した。
「んっ」
と、手を伸ばしている。代わりに魔物の肉の入ったマジックバックを渡す。
「ほいっ。何体か血抜きしてうまそうな奴を入れてある。肉汁たっぷりハンバーガー食べたいと伝えてくれ。保温魔法で保管すれば一日くらい最高の状態保てるだろ」
「りょうかい」
くるっと踵を返すリッタに声をかけた。久しぶりに楽しい会話がしたい。
「ちょっ。リッタそれだけかよ。もっとなんか……エルの近況とか教えてくれよっ」
「バッグに新作と試作品のスムージーとクレープ、後はミルクレープとかいう最高にうめぇケーキが沢山入っていやがるです。ミルクレープは丁寧に冷蔵してあるので、10日は楽しめるでごぜぇーます。途中で食べないよう我慢してやったんだから感謝しやがれです。リッタはいいけど、デュークは甘いもの食べすぎ注意って言ってたなぁーでごぜぇます。後、試作品って書いてある奴は感想も細かくメモしやがれです」
「なんで俺だけ食べすぎだめなの!? ミルクレープ? 食べたことないやつだっ! 楽しみだなぁ。なぁ、リッタ、俺の姿見てなんか思わん?」
俺は貧しい飯ばかりで少しやせたんだ見てくれ!
そしてエルに伝えてくれ!
そうすれば俺の親友は最高の油料理を送ってくれるはずなんだっ!
「あたしは太らねぇーからいくらでも甘いもの食えるでごぜぇーます。……デューク、少し惨めになりやがったですか。糖尿か? 甘味を没収してやろーかです」
「言い方っ。これ以上惨めにしないでくれっ! そりゃリッタと比べたら惨めだろうよ。毎日干し肉か乾パン。ガキのイチャラブばかり見てたらさぞみじめだろうなって……おいっもういくのかよっ!」
話の途中でリッタは竜になり、上空に昇ってしまった。
流線形の空気の層を作り、目にも止まらない速さで東へ消えていく。
嵐の後の静けさだ。いや若者は恋愛談義に花が咲いているようで、かしましい。
「ちょっとお腹痛くなった。長くなるから先、飯片付けといてくれ」
誰も聞いていないと思ったが、サフィアだけは頷いた。
皆から離れ陰に隠れ、マジックパックからミルクレープを取り出し、口にする。疲れもすべて一瞬で吹き飛んだ。
冒険という労働の最中に味わうエルの料理の至福さよ。しかも冒険の途中で作る料理と違い、これはエルが悩みながら作ったやつだ。
繊細な生地本来の甘味が幾層にも重なっていて、独特な食感となり舌が驚いている。正直今までの旅の料理とは完成度が違った。
甘すぎず、けどうまみが口の中に広がり、いくらでも食べられてしまう。一口食べては幸せが舌の上で踊っている。
うぅ。今までの苦労が報われた思いで涙が出てきた。
膝から崩れ落ちて、新作のスムージーを飲む。
「エルゥ……会いてぇよぉ……エルゥ、毎日食いてぇよぉ」
ただの男泣きだ。甘いはずのスムージーに、涙という塩気が混じる。
エルの名前を呼びながら最後まで感謝して味わった。
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