第8話 営業初日


 お客さんの前で手早くクレープを作れるように何度も練習してきた。結果人前で作っても恥ずかしくないくらいには上達できたと思う。

 屋台は、目で見て、匂いを堪能して、味を楽しんでもらえるのが利点だ。

 味以外の部分も手を抜きたくなかった。

 試行錯誤した結果、次のメニューで初日を迎えることにした。


クレープ

・特大生クリームマシマシ

・生クリームと各種トッピング(いちご、ばなな、チョコ、焼き菓子、ナッツ)

・あんこと生クリーム


・塩バターと生クリーム控えめ(パリパリ生地風)

・サンドイッチ風のクレープ(サラダや燻製肉の軽食)


スムージー

・旬な果物


 スムージーは旬な果物に合わせて作ることに決めた。店頭に果物を飾り集客効果も狙う。清潔に保管している果物からもちろん作るが。

 

 いよいよ開店だ。

 昨日は興奮で眠れなかったくらい楽しみにしている。


……。


「誰も来ねぇーです」

 リッタが虚空を見ながらつぶやいた。

 地元民は手前の露店から買い物をしていく。区画の隅のさらに奥まった所にはそもそも人が来ないようだ。

 ギルドの受付嬢のミネットに、ここでいいのか念押しされた理由がようやく分かった。


「なんでこんな立地選びやがったんです? 他にも空いてた場所あったじゃねぇーですか」

「……他の場所は隣が美味しそうなデザート売ってたから」


「……もしかして負けると思って逃げやがったんですか?」

「違うんだ。お隣さんとは仲良くしたいだろ? だから隣は競合しない店がいいと思ったんだ。本当だ。逃げたわけじゃない」

 隣は花屋、うちらの店が露店の終端になり、そこからは普通の店が続く。


「目を見て言ってみやがれです」

 じっと見つめられ、そらしてしまう。負けると思わないといったら嘘になるからだ。正直比較されるのが怖かった。比較され、まずいと言われたら落ち込む自信がある。


 目をそらしたはずが、逃げるのは許さないとばかりに、リッタがかわいい顔で覗き込んできた。満面の笑顔だ。

「自信持ちやがれです。エルの料理は丁寧で、きっと気に入る人がいやがるはずですから」


 真っすぐな言葉に照れてしまう。

 これは分が悪いと俺は鉄板に熱を加えた。適温になったのを確認し、バターを溶かし、生地の素を垂らす。

 甘いバニラの匂いが満ちた。素早く、ヘラで円状に均一に伸ばす。


「客来ねぇーのに何で作っていやがりますか? もしかして仕返しにあたしの目の前で堪能するつもりじゃねぇーですよね? 意地悪されたら泣いちまいますよ」


「リッタために作ってるから安心してくれ」

「っ! いいの!?」

 メニューにない特製のデザート。


 生地の表面が乾いたことを確認し、裏返し焼き目をつけて器に移し、風魔法で徐々に冷やしていく。それを10枚ほど繰り返した。

 リッタは今か今かとそわそわしている。


「まだ食べちゃダメでごぜぇーますか? いい匂いに我慢できねぇーですよぉ……」

「もう少しだ。我慢してほしい」


「うぅ。わかったでごぜぇーます……」

 リッタは椅子の上で膝を抱え、目を閉じ鼻をつまんだ。見ざる聞かざる匂いも感じざる。よくわからないが必死に耐えているのは伝わる。


 生クリームをボウルに入れ、蜜とバニラエッセンスを加えかき混ぜ、少し固めのクリームにした。

 冷えた生地を丸い回転台の上に乗せる。硬めのクリームを乗せ、調理用ナイフで押し付けながら、回転台を回し均等に塗り、新たな生地を重ねていく。

 さらに魔法で冷やしながら、この工程を繰り返した。


 できた層状のクレープ生地を8等分にカットし、上にはリッタが喜ぶように生クリームをのせ、砕いたチョコとナッツをトッピング。

 チョコレートソースで模様を描き完成。

 時間がかかるため屋台では出せない裏メニュー、ミルクレープの完成。


「リッタ。完成だ」

「ケーキ!? 食べていいの!?」


「あぁ、もちろん。日頃の感謝を込めた」

 リッタは一口食べた。

「……おいしいっ! 美味しすぎるでごぜぇーますっ! うめぇー生地が何層にも重なってるから、舌触りがしあわせ過ぎるんです……」


 一口食べては美味しい美味しいとぴょんぴょん飛び跳ねている。

 かなり好評なようだ。デュークの分も作って今度持って行ってもらおう。

 これは適度に冷やしたほうが美味しい。

 客も来ず暇なのでひたすらミルクレープを作って、冷蔵ボックスの中にいれて冷やして保管していく。


 リッタがおいしそうに食べているのを飽きず眺めていると、視線を感じた。


 店の目の前に黒髪のツインテールの女性が立っていた。

 シックなメイド服を着ている。

 由所正しい家柄のメイドという感じだ。この奥まったアングラな区画に彼女が立っていると違和感を抱いてしまう。

「看板に書いてある、クレープ? とスムージー? というものは甘味ですか?」

 淡々としているが聞き取りやすい澄んだ声だった。


「はい、そうです」

「今、そちらのかわいい方が食べているのはどっちですか? 大変良い香りがします。買いたいです」


「すみません。こちらはミルクレープというもので、そのどちらでもなくて……あまりにもお客さんが来ずに暇をしていまして、この子のために作ったんですが、恥ずかしいところを見られましたね」

「そうですか……では、クレープ、スムージーのおすすめを一つずつください」


「おすすめ、ですか。甘いものが好きか、甘すぎないものが好きか教えていただけると」

「甘いものが好きで、苦手なものは辛いものです」

「それなら……」

 と生クリームと各種トッピングを加えた、上品なクレープを作った。

 スムージーはバナナ、ミルク、キャラメルソースでクレープの味を損なわないように作る。作っている最中、メイドは武闘家のような目でこちらをじっと見ていた。

 匂いはすばらしい、何の匂いでしょうか、など仔細に分析しているようだ。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 と受け取り、メイドはテラスの方に座り食べ始めた。


 食べている姿をしっかりと見ることができるのは何だかうれしかった。

 リッタがニヤニヤとこちらを見ている。

 何を言いたいかわかるから俺はあえて何も言わない。


 しばらくして、もう一度メイドがやってきた。

「クレープとスムージーを全種類二つずつください」

「ぜ、全種類、ですか?」


「そうです。もう売り切れてしまいましたか?」

 女性はひどく残念そうな顔をしている。


「いえ、お客様が初めてのお客さんなので余り過ぎて困ってるくらいなのですが、特にクレープは早めに出来立てを食べたほうが美味しいですし、大量の持ち運びには向きませんから……その、すぐに食べますか?」

「すぐには……食べません。おいしかったので、主人にも食べてもらいたくて……きっと喜んでもらえると思ったから、全部の種類試したくて……」


うれしい言葉だった。あまりにうれしくて、差し出がましい提案をしてしまう。

「そ、そうですかっ。あの、もしよければ、普段売ってないんですが、こちらのミルクレープ、どうぞ。お金はいりません。こちらは適度に冷たくして時間をおいた方が美味しいので」

「……よろしいのですか? お金はしっかりと払いますが」


「いえ、これは試作品なので、まだお代を頂けるほどじゃないです。あ、適当に作っているわけではないので……クレープを気に入ってくれたのなら、味もおいしいかと。今度主人といらした時にクレープを堪能してくださればうれしいです」

「試作品……そうですか。世に出てないということですよね。きっとお嬢様もよろこびます……では有難く頂きますね」


 包に入れて渡すと、メイドは笑顔で受け取った。それだけでなぜか心が温かくなるから笑顔というものは不思議だ。


「ありがとうございます」

 と背を向けて数歩あるいたメイドが振り返った。どうしたのだろうか。

「名前を伺っても、よろしいですか?」


「……エルです。こちらはリッタ」

「エル様、リッタ様ありがとうございます。私はヴァイオレット家のメイドでユキナと申します。もしかしたらお嬢様がお世話になるかもしれません。挙動不審かと思いますが、その時はどうぞやさしくして頂けると、ヴァイオレット家メイド一同、感謝感激でございます」


 深々と一礼し、ユキナというメイドは颯爽と歩いて行った。

「なんだったんでごぜぇーますか」

「わからん過ぎて困惑だ」


 少し怖い気がしたが、初めてのお客さんに喜んでもらえたのだと思う。

 由緒ありそうな家の人が、こんな奥まった区画まで来ることがあるのだろうか、と思いながら、客を呼び込む算段をあーでもないこーでもないと考えていた。


「オレにも一つ、クレープいいか?」

 隣の花屋のガタイの良いおっさんが恥ずかしそうに店に並んだ。

 俺とリッタは顔を見合わせる。

 当然答えは決まっていた。

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