第2話 スムージー
朝起きると、リッタと同じベッドで寝ていた。彼女はもともと小さい身体を猫のように丸めているため、ベッドの占有率は少なく寝心地としては問題なかったが。
正直に言えば、いい匂いがして困った。
若かったら耐えられなかっただろう。
節約のためと押し切られ……夜遅くて他の宿を探すのが面倒くさかったので、同じ部屋にしたが明日からは別の部屋にするべきか。俺も男だ……ほら、溜まってしまうから、ずっと同じ部屋は色々不便だ。
「リッタ、起きてくれ。そろそろアクアテラに向かう。歩いていくとなると一月はかかる。それに宿の朝飯も時間に限りがあると説明を受けただろう」
「……さみぃです」
毛布の中から手が伸びて捕まってしまう。
「お、おいっ」
流石竜、相変わらずの怪力で、なすすべもなくベッドに引き戻された。
見た目は少女というのにあまりに力が強すぎる。オークみたいなもんだ。
「起きろリッタ。このままだと、すけべすんぞ。30手前の男を舐めるなよ」
「舐めねぇですし……エルはそんなことしねぇです……。……あたしが嫌がることは絶対しねぇですよ。……昔からやさしい子で、自分がお腹すいてても人にごはんあげるような、損ばかりしてやがるバカな子なんですから」
その言い方はずるいだろ。
抵抗しても脱出できない。
こうなってしまえばできることは何もなかった。
まぁ時間はあるし、ゆっくり目指すとするか。
俺はひと肌のあたたかさを感じながら、朝飯は何が出てくるのかと楽しみにしながら目を閉じた。
……。
雑に揺すられた。
目を開けると、リッタが起きていて、眠そうな瞳で俺を見下ろしていた。
「腹、減ったんですが、飯まだでごぜぇーますか?」
朝とも昼ともいえない中途半端な時間だ。
俺の方が随分寝てしまったらしい。
「早く起きやがれです」
くそ。なんで二度寝はこんなに気持ちがいいのか。
もう冒険に出なくていいと思うと、怠惰な気分になりそうだ。
一刻も早く屋台をやらなければ……働かないと真人間に戻れそうにない。
「おはよう、リッタ」
「寝ぐせひでぇですよ」
リッタに寝ぐせ部分をいたずらされている。紐で縛られているようだ。
「やってくれたな……」
「なかなかかわいいんじゃねぇーですかね」
かわいいわけあるか。28歳にもなって。
まぁ情けない姿見られたところで問題はないが。
「もう飯の時間過ぎてるな……宿の飯は……むりか」
「そもそもエルの作った物以外食いたくねぇですよ?」
……それが狙いで寝てた可能性あるな。
昨日宿を借りる時、朝飯付きで頼んだら嫌そうな顔してたし。
「ちょっと厨房借りれるか交渉してくる」
「うんっ」
眠気もふきとぶほど、かわいい笑顔だった。
……。
「どうぞぉ。好きに使っていいですよぉ」
のんびりとした女性がゆったりとした声をだす。
「すまない。助かります」
簡単に作れるものにしよう。
甘酸っぱいスイートベリー、濃厚なサンメロン、動物から絞ったミルクに、ココナッツからとれるミルクソース。
リッタは甘めが好きなので、甘味料を加えたい。花から採れる蜜スイートサップをマジックパックから出す。
ブレンドするために使うのは、特注で作ってもらったブレンド君を使用する。
ブレンド君は密閉できる器の中に軸がある。その軸の部分にらせん状の刃がついており、軸自体は力を加えると回転できるように小さな玉をいくつか内臓していた。
魔法で水を出し、フルーツを洗いながら、身を剥き、手早くカットしてブレンド君の中にいれる。
ミルクとスイートサップを入れ、最後にミルクソースを冷凍魔法で凍らせてから投入した。
ブレンド君の蓋を押さえながら、風の魔法で軸の刃を高速回転させる。
料理に使うために鍛え上げた魔力制御には自信があった。
しばらくしたらフルーツスムージーの完成だ。
特製のコップに注ぎ、最後に中央に焼き菓子を砕いてのせる。
食堂で待っているリッタに甘めに作ったスムージーとスコーンを渡す。
「ふるーつすむーじーっ! 焼き菓子トッピングっ! しかもスコーンつきっ! 最高ぉーの一日でごぜぇーますっ!」
いつも眠そうな目が大きくあいていた。
主人に似るというか、デューク同様うれしい反応をしてくれる。普段のテンションと全く違っていて笑ってしまう。
「ん~まいっ! 甘々濃厚っ! このとろとろと冷たさが最高でいやがるんですよっ!」
ゆっくりと味わうようにちびちびと飲んでいる。
少しでもしあわせに浸っていたいと言わんばかりの様子にうれしくなる。
こんな反応をされたら幼き頃の自分の夢が決まるのも無理ないだろう。
「リッタ特製の濃厚スムージーだ。これ食べ終わって少ししたらこの街を出よう」
聞いていない様子でスコーンを頬張っては、スムージーを飲んでいた。
しあわせそうな表情を飽きず眺めていると、食堂のテーブルを拭いていた店員がこちらを見ていた。
「あっ、ごめんなさい……あまりにおいしそうに食べているので、つい……」
「いえ。こちらこそ。厨房借りることができてよかったです。大変助かりました」
確かにリッタの美少女っぷりは目立つ。
その子がおいしそうに食べていれば、気になるというものだ。
まだ店員はそわそわとしている。
「もしよかったら、どうぞ。口に合うかはわかりませんが」
「え、いいんですか!? で、でもお客様の分が……」
「この子用に作ったスムージーなんで、俺にはちょっと甘すぎるんですよ。甘いのはお好きですか?」
「は、はい! 大好きです……その迷惑でなければ……」
スムージーを手渡す。
「すむーじー? 果物混ぜていて……でもこんなにとろとろなんて、ジュースとはちょっと違っていますね……冷たくて。……お、おいしいっ! な、なにこれっ!? すごく、甘くて、濃厚で……甘さととろとろの食感があってて、舌が喜んでますっ!」
「リッタ特製濃厚スムージーは無理やり女子の舌を喜ばせやがるんです」
リッタに変な言い方されてしまう。
「確かに、これは……無理やり感ありますね……俺様感というか」
全く理解できない感想だった。
「今回は甘く作ったが、野菜や果物を混ぜると健康的にもできるからおすすめだ」
「野菜食べたくねぇーですが、スムージーにするとなかなかいけやがるんですよ」
「あの、これ作り方……その、教えて、もらえませんか?」
俺とリッタは顔を見合わせる。答えは決まっていた。リッタはニヤニヤしている。
「あぁ。もちろん」
スムージーの基本的な作り方は簡単で、応用もしやすい。
作り方の説明をすると少し困った顔をした。けれどその後スムージーを飲んで、やる気みなぎる表情をのぞかせる。
「機器の図面は昔書いたやつが……っとこれがそうです。鍛冶屋にもっていけば作ってもらえると思います」
「あ、ありがとうございますっ。魔法は……まだまだですが、たくさん学べばきっと……私、来年魔法学院に入学するので、絶対、ぜーったい習得しますね」
「……新たなスムージーの使い手が生まれやがってくれそーです」
リッタはうれしそうだ。こういう応用の効く料理は作り手の数だけ、美味しいものができる。俺も大変楽しみだ。
「また会えた時はぜひ食べさせてくれ」
「はいっ! ありがとうございます!」
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