第3話 いざアクアテラへ


 出立が遅れてしまい、野宿を覚悟していた。しかし、リッタのおかげで、夜遅くなってしまったがアクアテラに到着することができていた。

 リッタが竜化して背に乗せてくれたからだ。

 空気の壁をとがらせた流線形にし、前と後ろに配置。そのまま高速移動。

 一生体験できないであろう速度で宙を舞った。


 だが、代償が大きい。

「おえ、おええええええええ」

 宿屋のトイレを借りて吐いていた。乗り物酔いだ。リッタが小さな手で背中をさすってくれる。傍から見たらダメ男と美少女に見えることだろう。


「エル。昨晩飲み過ぎたのなら言ってくれればよかったんでごぜぇーますがな」

「おえええええええええええ。飲んで、ない。うっぷ。純粋に、おえ、リッタの、おえええええええ。乗り心地がぁ」


「失礼な子でごぜぇますな。あんなにうれしそうにあたしに跨ったくせに、でごぜぇますよ。クソガキみてぇに、はしゃいでたじゃねぇーですか」

「だって、あんなに、おええ、速く動くなんてっ、おえ。……あ、ありがと、だいぶ楽になった」


 速いだけでなく、ぐるぐると回転もしていた。俺の勘違いでなければ、無意味に旋回もキメていたように思う。リッタの背中に吐かないように我慢していたことをほめて欲しいくらいだ。

 しかし、どんなに気持ちが悪くても、吐いてしまえば不思議と楽になる。

 一旦部屋に戻って休むか。

「それにしても、竜騎士も大変だな。こんな速い生物に乗って戦うなんて」

「デュークにだって乗らせてねぇーんです。あたしの上に跨ったのはエルが初めてでごぜぇーますよ」


 確かにデュークがいつも乗っているのは他の竜だ。リッタは勝手に単独で魔物を狩り尽くしている。

 廊下を歩いている老夫婦が俺をケダモノを見る目で見た。


「あのさ、乗ったのは事実なんだけど人前で、あたしに跨るとか言うのやめてくれない? リッタの見た目は子供だろ? そして俺はもうおっさんだ。昔と違う」

「何のことかよくわからねぇーです」


 とスカートの裾をあげて絶対領域を見せつける。素早く手で押さえてやめさせた。

 廊下を歩く女性が俺を変態を見る目で睨んでくる。

「俺が結婚はおろか万年彼女できない理由はリッタだと思うんだよな」

「自分のモテなさを人のせいにすることほど、恥ずかしいものはねぇーですよ」


「ぐはっ」

 俺は膝から崩れ落ちた。確かにそうだ。思っても言わない方がいいことは世の中に多い。たとえ事実だとしても。


「エルがモテないのは挑戦してねぇからです。自分から好きと言わねぇーですし」

「いやだってよぉ。冒険者はほら結婚とか考えたら、色々あんだろ」


「いきなり結婚考える重てぇところも原因でごぜぇーます。もう辞めたんだから、女子に声かけてくりゃいいです。へたれ」

「おっさんに声かけられるのもかわいそうだろ。断るの苦手な子もいるだろうしなぁ」


「……」

「そのめんどくせぇ奴って顔やめてくんない? 冒険者やめたけど、これからは料理に人生注ぐから、時間ないし、いいや」

「……エルは一生結婚できねぇーです。かわいそうだから、あたしがそれまで相手してやるですよ。えっちなことはしねぇーですがね」

 言葉と裏腹にリッタは楽しそうに笑った。


……。


 部屋に入り、椅子に座った。ベッドに飛び込んだリッタを眺める。

 リッタのせいというのも半分本気だ。小さい頃からリッタが傍で笑ってくれるから、別にいいやと満足してしまうのも原因だと思っている。


 何を隠そう俺の初恋はリッタだ。幼い頃年上にあこがれる経験あるだろう。リッタを大人の女性と思っていた。完全なる黒歴史だが。

「何じろじろ見てやがるんです? 狼になるつもりでごぜぇーますか」

「万年毛を狩られるだけの無害な羊だ。……明日からデュークの元に帰るのか?」


「……なんでそういう話になりやがるんです」

「なんでって俺の居場所わかっただろ。しばらくはここらへんを拠点に活動するつもりだ」


「急に邪魔扱いするの傷つくからやめてくれねぇーですかね……がぶっ」

 リッタに腕をかまれた。いや痛くはないんだけど、ちょっと怖い。リッタがその気なら痛みを感じる間もなく千切れている。

 空いている手でマジックパックからスコーンを取り出す。チョコソース付きの甘いスコーンだ。リッタの口に近づけると腕から離れて、はむはむと食べ始めた。


 相変わらず、ちびちびとゆっくり食べてはしあわせそうな顔をする。噛まれていた腕は、少し歯形が残っていた。いや、甘噛みだったから痛くはないんだけど、痕が残るのは恥ずかしい。

 リッタと一緒にいると俺が依存してしまいそうだ。美少女というのは恐ろしい。


 リッタがスコーンを楽しんでいる間に、紙に計画を書き込んでいく。

 デュークから借りた金は金貨10枚。1年間は遊んで暮らせる額だ。

 1年間の賃貸に金貨1枚。屋台の発注に5~7枚かな……。


 欲を言えば、昼に甘味や軽食を売る屋台と、夜に大人向けに料理を提供する屋台二つ欲しい。だが優先して昼分の屋台を発注しよう。

 どこで甘味や軽食が売れやすいのかわからないため、移動式の屋台を発注したい。

 火も使いたいため、炎耐性のある防火魔法付与されている骨組みで、永続冷凍・冷蔵魔法付与のボックスも付けたい。そう思うと金貨5枚~7枚……10枚近くは奮発してでも欲しかった。


 10人ほど座って楽しめるスペースも考えると、椅子、テーブルや日避け、雨避けのパラソルも必要だ。

 食材購入代も含めて、金貨十枚と考えると足りていない。

 ……うーん。まずはギルドに商業許可証を発行してもらって、移動式の屋台は発注せずに、金貨1枚はかかるが貸出している固定屋台でまず料理を提供していくのが確実か。


 借りているお金だ。これは必ずデュークに返さなければならない。リスクは排除するべきだ。堅実に地道に金を稼ぎつつ、ステップアップしていこう。

 まずはギルドの借り屋台で試行錯誤。使用感から、欲しい機能を付与した、甘味や軽食用の屋台を考える。

 いづれは夜の屋台も買って、ゆくゆくは仕込みもできる大きな厨房のある家を借りる。うん。妄想は楽しい。


……。

 

「おいしかったっ!」

 完全に機嫌を直したリッタがうれしそうに覗き込んできた。頭をなでる。髪質はさらさらのふわふわ、猫みたいだ。


「明日は何でごぜぇーますか?」

「ギルドに商業許可証を発行しに行くのと、固定屋台をどこに借りるのか下見に行く。あとは拠点となる住む部屋を年契約で借りに行く、かな。忙しいぞ」


「むっ。明日のごはんは何作ってくれやがるんです?」

 あぁ、そっちか。飯を何より楽しみにしてくれるのがうれしかった。


「サンドイッチとコーンスープ」

「やったっ。あたしは甘いサンドイッチも食べたい気分でいやがります」


「特製スペシャルサンドイッチだな。了解だ」

「脚フェチエルにスペシャルサービスっ。ニーソをくんかくんかすることを許可してやってもいいでごぜぇーます」


「ありがとうっリッタっ……とはならんだろ」

 脚フェチなのは間違いないが。親しき仲だからこそ礼儀あり。くんかくんかするのはやめておこう。そもそも脚フェチと匂いフェチは非なるもの。

 興味はない。本当なんだ。

 サンドイッチサンドイッチと嬉しそうに口ずさみながら、ニーソを俺の目の前に掲げているリッタは楽しそうだ。


「はしたないからやめなさい」

「エルの目が、ニーソから離れねぇーでいやがります。まるで猫じゃらしを目前にした猫でごぜぇーます」


 そんなわけがない。誤解を招くことを言うのはやめてほしいものだ。うん。

「ちなみに俺は黒ニーソだけでなく他の色も好きだ」

「がっつり変態ニーソフェチ野郎じゃねぇーですか」

 

 明日は忙しくなる。

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