スキル異世界レシピ ~使えないおっさんはいらないと追放されたから、夢だった屋台を営業する~

灯台猫暮らし

第1話 追放という名の第二の人生


「どういうことだ?」

「だから言ってんだろ。はっきり言わねぇと分かんねぇのか? 使えねぇおっさんは、もういらないってことだよ」


 勇者ノワールは髪をかき上げて言った。

 魔法使いのグリムはクスクスと笑う。ヒーラーのサフィアは困った顔をしながら言う。

「ノワール君。言い方良くないですよ……エルさんの料理すごくおいしいですし、食べても大丈夫なものとか知識豊富ですし、年齢もまだ30歳ですし、その全然、若いと思います」

「まだ28歳だ」


 俺は否定した。28歳と30歳には大きな壁がある気がしている。

「おっさんじゃんっ!」

「グリムちゃんっそんなこと言っちゃだめだよっ」


 グリムは高い声で笑った。おっさんかどうかは否定していない。年齢を訂正しただけだが、笑われてしまった。

 俺の幼馴染の竜騎士デュークは壁際で、俺が昼に作った焼き菓子を食べている。

 こうして少し距離を置いて彼を見るとだいぶ太ったなと思った。

 孤児院にいた頃は痩せていてイケメンだった。15歳の時の話だが。

 目が合う。

『食うか、うまいぞ?』

 と身振りで合図を送ってきた。


 おい、やめろ。幼馴染の追放審議真っ最中だぞ。

 いらない、と身振りで合図した。

 俺は今、若者に怒られているんだ。少しは空気を読んでくれ。

 長い付き合いだから身振りで何を言いたいかわかってしまう。


『なら。全部食うわ』

 と笑って焼き菓子を食べていた。指に着いたクズまでしっかり舐めとっていて、魔法使いグリムにドン引きされていた。

 それにしてもデュークはおいしそうに食べる。作り甲斐があるやつ。俺の自慢の幼馴染だ。


「おい! 聞いてんのか! おっさん!」

「すまん。エルの作った焼き菓子に夢中で聞いてなかったわ。外サクサク、中しっとり感が天才的でよぉ」


「デブのおっさんに聞いてねぇぞ! こっちの冴えない役立たずのおっさんの話だ! お前は黙って菓子食ってやがれ!」

「え、いいのか? やりぃ。あんたらの分も食っちゃうな」


 ヒーラーのサフィアは、デュークに取られないように、しれっと自分の分を確保している。それがなぜかうれしかった。

 デュークは再び焼き菓子を食べ始めた。

 勇者ノワールは髪をかきむしっている。物事が思い通りにいかないと癇癪起こす癖は出会ったころ、三年前から変わっていない。

 グリムやサフィアなどに対する、彼の幼馴染思いなところは共感できるため、生意気なところはあるが憎めない奴だった。

 どちらかに絞らないと、いつか刺されそうで心配ではある。

 まぁ、英雄色を好むというし仕方ない。


「あー! 腹立つ! ……まぁいいや。デブはちゃんと使える奴だしな。我慢するか……。おい、おっさん」

「あぁ。追放の件か? ここで別れるのは悲しいが、確かに俺はノワール達に戦闘面で迷惑をかけてきた。理解しているつもりだ」


「ふん。物分かりがいいな。なら……金と装備、おいて行けよ」

「……それは困る。28歳一文無しは人生詰んでいるだろ?」


「確かに……」

 とグリムはノワールを見た。

 さすがにおっさんの境遇を想像してしまったのだろう。

 若い女性に同情されるのは、なぜかなけなしのプライドが傷つくから不思議だ。

 ノワールは俺に近づき耳元で言った。


「勇者は戦えない民のために魔物退治をしている。装備や準備に金が要るんだ。それに俺たちは若い。そもそもおっさんは若者に奢るものだろう。善良な心があれば……わかるよな?」

 ノワールが離れて、グリムとサフィアの隣に立つ。


「……分かった。装備と金や貴金属は置いていく。ただアイテムバックと調味料は持って行っていいか? これは俺の魂そのものだ」

「もちろんだ。金もありがとうな、おっさん! 今まで助かったぜ!」


「あぁ。皆も身体に気を付けて。皆はまだ若い。無理はし過ぎるな。勇者と身勝手に責任を押し付けられているだけだ。辛くなったらちゃんと逃げるように」

「じゃあねぇー」

 グリムはおっさんの小言を打ち払うように手を振った。

「その。ありがとうございました。料理、本当においしかったです。エルさんもお元気で」

 サフィアが深く礼をする。


「うますぎんだろ……何だよこれ」

 デュークは焼き菓子を食べては天を仰いでいた。

 おい。孤児院からの幼馴染だろ。もっと他に何か言ってくれ。

 ……いや、嘘だ。

 俺が作った料理を楽しんでくれるのが、百万の言葉より、一番うれしい。

 最高の幼馴染だ。 


 さて、どこに行こうか。もう冒険者はいいや。料理人になろう。

 俺の固有魔法、スキル異世界レシピの特性上、見聞きしたものでレシピが増えていく。そもそも、それ目的で冒険者になったという節もある。

 28歳、新しいことを始めるには良い年齢だ。

 

 若者に使えないと追放されたというのに、なぜか晴れやかな気分で部屋を後にした。


……。


「おい、エル。どこ行きやがるんです?」

 夜道を一人歩いていると、後ろから声がかかった。

 振り向くとピンク色の髪に二つの角、大きな瞳のわりに眠そうな、小さな少女がいた。

 リッタ。竜騎士デュークの竜の一人で、孤児院からの幼馴染でもある。

 彼女には小さい頃からお世話になっていた。


「リッタ。会えてよかった。デュークも良いとこあるな。粋な計らいをしてくれる。飯に夢中と思ったが」

「でぶデュークは飯に夢中でいやがります。エルが出ていったことも気づいていねぇーです。そろそろ食べ終わって気づくころじゃねぇーですかね」


「また勝手に出てきたのか?」

 竜騎士が召喚しなければ、本来竜は出てこないはずなのだがリッタは特別だ。


「あたしを誰だと思ってやがるんです? 竜王リッタ、あたしが出たいときに出るに決まってるです。ところで、エルはどこに向かうか教えやがれです」

「そうか。竜王だもんな。どこに行くかはまだ決めてない。うん。とりあえず小麦と米が豊富な地域で、夢を追いかけようと思う」


「……あたしにも教えてくれねぇんですか? 確かにエルはここ数年馬鹿にされてばかりでしたが、あたしは一度も馬鹿にしてねぇーです。あたしのことも嫌いになりやがったんですか?」

 リッタは頬を膨らませて俺を睨んでいる。誤解させてしまったようだ。


「いやいや。本当に決まってない。急だったしな。だからリッタにお別れを言えてよかった」

「……あたしと離れるの、さみしくねぇんですか?」


 なぜかリッタはスカートの裾を持ち上げて、ニーソの絶対領域を見せつける。

「さみしいが、その行動はなんだ。やめなさい」


 手を掴んで謎行動をやめさせる。孤児院にいた頃はお姉さんに思ったが、おっさんになった今は小さな女の子にしか見えない。

 ついでに頭をなでる。角がなければただの美少女だ。彼女は見上げながら言った。


「昔のエルはこうすると顔を真っ赤にして言うことを聞いてくれやがった、脚フェチドスケベガキでかわいげあったんですがね」

「ふ。俺も経験を積んだからな」


「結婚もしてねぇくせに何言ってやがるんですか」

「い、忙しかったから……」


「あと髪をなでて許されるのはイケメンだけですが、あたしは心がひろいので、許してやるです。もっと触りやがれです」

 リッタは目を細めている。もっと彼らと一緒にいたかったと思ってしまう。

 名残惜しさを感じていると、どすどすと足音が聞こえた。


「エル! お前何追放されてんだよ! 焼き菓子食い終わったらエルいなくなってて、ガキどもがいちゃついててびびったじゃねぇか! ってリッタなんで勝手に出てきてんの?」

「馬鹿でぶデュークの無能野郎」

 とリッタがデュークの尻を蹴り上げる。


「いてぇっ」

「でぶデュークが焼き菓子独り占めしている間に追放審議終わっちまったじゃねぇーですか。エルが行先教えてくれねぇーので泣きそうなんです。なんとかしやがれです」


「リッタ、昔からエルのこと大好きだもんな」

「っ。誤解させること言うんじゃねぇですっ。エルの作る料理が好きなだけです。食べるとしあわせになっちまうんです……」

 

 リッタはそっぽを向いてしまう。

 一番の誉め言葉だ。

 彼らと旅をしてよかった。

 デュークのまんまるな顔を見る。15歳からずっと一緒に旅してきた幼馴染だ。別れを言えないのは寂しいからな。

「もともと実力不足を感じていた。俺は冒険者向いていなかった。デューク、俺は夢を追いかけようと思う」

「……そうか。それは大賛成だ。もう異世界レシピの項目はだいぶ埋まったんだろ?」

 スキル異世界レシピ……俺の固有魔法。俺だけが見ることができる魔導書には、ありとあらゆる異世界のレシピが載っていた。

 異世界の料理を振舞って、デュークやリッタ、孤児院の皆がしあわせそうにする姿に俺は夢中になっていった。


 幼い頃、魔導書は虫食いになっていて、読めない項目が多かったが、モンスターや食材を見ると、次々に読めるようになりレシピが増えていくことに気づいた。

 冒険者になったのも、このスキルを育てるためだった。

 おいしい料理を極めたい、人々に食べて欲しいという情熱は、今もずっと心の中で燃えている。


「何、大賛成してやがるんですかっばかでぶデュークっもうお前の好きな料理食べれねぇんですよっ」

「俺をなめてもらっては困る」

 デュークは腕を組み続けて言った。


「俺はこのまま冒険者を続けて食材を集める。そして、エルにそれを届ける。エルは料理店で最高の環境で最高の料理を作る。そしてそれを俺に送る……完璧だろ?」

 脳筋作戦だった。


「誰が届けるんだ?」

 デュークはリッタを指さす。そうか。確かにリッタの機動力なら問題ない。リッタはデュークの居場所を魔力探知できる。俺の居場所さえ分かっておけばいい。

 料理の保管は高価なマジックバックを使えば解決だ。

 リッタの頭をなでた。


「それはいい案だ。リッタは移動で大変かもしれないが」

「別にあたしはいいですよ。目の届くところに、エルがいてくれればそれで文句はねぇーです。仕方ねぇから奴隷のようにこき使われてやるです。えっちな命令は聞かねぇですがね」

 リッタの髪を乱暴になでる。眠たそうな目で見上げてきた。


「やめやがれです。髪がぐちゃぐちゃになったじゃねぇですか。……ところでどこに拠点を置きやがるんです?」

「そうだな……うん。……アクアテラに行こうと思う。あそこは水もきれいで、米や小麦が豊富だ」


「そりゃ、最高だっ! 湿度はあってデブには生きづらいが、あそこはよかったっ! 米! 粉もの料理! アクアテラにしようっ! 俺は食材集め、エルは最高の料理の提供……グルメ革命で世界中を見返してやろうぜ!」

「エルは本物の天才……あたしもこのパーティーでエルがくすぶってるのは見るに堪えられねぇかったですよ。協力してやるです」


「ありがとう、二人とも。……ただ俺は大きな店ではなく、屋台をやろうと思っているんだ。デュークからの食材も限りがあるだろう? なら質は落とさず、来てくれる人、一人一人に喜んでもらいたい」

「「……」」

 二人は顔を見合わせて……そして笑った。


「そうか。いいなそれ。楽しそうな姿が想像できるわ。俺の席は指定席だから、予約不要のVIP席にしてくれな!」

「エルらしくていいんじゃねぇーですかね。糞バカお人よしのエルには似合ってやがるです」

 二人は俺の夢だけは決して否定しない。それがうれしかった。

 最高の幼馴染たちに心から感謝する。


「おっとこれは餞別だ。金貨10枚入っている」

 とデュークはマジックバックごと、俺に金を渡した。


「おい。これは何だ。俺はデュークにだけは金を借りたくない」

「勘違いするな。これは前金だ。天才料理人への投資。本当は俺専属にしたいくらいだが、これ以上太ったら死んでしまう」


 デュークは腹をさすっている。本当にいいやつだ。お人よしはどっちなのか。俺は笑ってしまった。彼の明るさ、恩着せがましくない、やさしさには昔から救われてきた。

 俺は天才ではない。

 ただ、異世界の人が苦心の果てに編み出したレシピを見ることができるだけ。

 俺自身には昔から価値はなく、地道な仕事を続けるくらいしか取り柄がなかった。

 あとは物心ついてから料理のことばかり考えてきたくらいか。

 笑ってしまうくらいの凡人だ。

 本当の天才はデュークのような人間で。


「もらっておけです。でぶがかっこつけてるんですから」

「……そうか。すまない」

 じゃあ、とお互いに明日も会うかのような気軽さで別れた。

 ずっと一緒に旅してきたから、明日から会えないと思うと不思議な気分だ。


 デュークは一人で勇者パーティーの元へと戻り、なぜかリッタはこっちについてきた。

「……なんでリッタこっち来てんの?」

「何言ってやがるんです? でぶデュークの場所は魔力でわかるけど、エルの場所は見ないと分からねぇからに決まっているです」


「アクアテラで再会と思ってた。ギルドに顔出して商売登録するつもりだから、そこで見つけられるしな」

「広いから探すのだりぃです。エルの気が変わってアクアテラいかなかったら一生会えなくなるじゃねぇですか。後悔したくねぇーんですよ。それに今のエルは弱いから心配なんです。そばで守ってやるから感謝しやがれでごぜぇます。もし死んでもアンデットにして一生一緒にいてやるから安心していろです」


 最後の一言は全く安心できなかった。竜王に言われると冗談に聞こえないからだ。

「ありがとうな」

「ん」

 リッタと二人で宿を探しに向かった。

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