3日後、網野警部から事務所に電話があった。

「この間はどうもご指導ありがとうございました。早速、置き時計の件、ネットで調べてみたんですが――ありました! 同じ時計! で、ネット販売店に協力をお願いして購入者履歴の情報を提供してもらったんですが、ええ、ビンゴでした。T氏が購入していました。事件の8日前です!」

 スピーカーフォン越しに僕も聞けたのだが、興奮した口ぶりだった。

「それだけじゃありません。ホームレスのS氏が起居している公園付近に設置してある監視カメラを虱潰しに調べたんです。そうしたら、午前10時24分と午後2時51分に、手提げ紙袋を持った背広姿の男性が映っていました。顔はよく見えませんが、着ている服は、喫茶店でT氏が身につけていた服と一緒で、T氏に任意同行を求め、取り調べましたら、置き時計を購入したことも、ホームレスの焦げ茶色のコートを盗んだことも、どちらも認めました」

「うんうん」と若月さんは肯いた。「で、肝心のM氏殺害の件は?」

「それがですね……」網野警部は困惑した声で、「焦げ茶色のコートを着て、顔を隠して、M氏宅に押し入り、M氏をバールで頭を殴打したことは認めたんですが、一撃で怖くなって逃げた、殺してはいない、と言うんです」

「〝知らない男が家に押し入って、バールで頭を殴られた〟というM氏の110番通報と一致するね。殺していないというのは、被害者が即死を免れただけで、苦しい言い訳かな」

「それに一撃というのも疑わしいです。というのも、頭部には複数回殴られた痕がありましたから」

「T氏が逃げた後、別の人物が現場に落ちていたバールを使って、M氏を殴ったのかもしれないね」

「べ、別の人物って……長女のA子さんですか? それとも次女でT氏の妻のB子さんですか?」

 電話の向こうで色めき立つ網野警部の姿が目に浮かんだ。

「いやいや」若月さんは焦らすように悠々と、「その前に――現金一千万円のことは?」

「それでしたら、妻のB子さんが義父さんに借金を申し込んだのは知っているが、銀行から引き出して、家にあったことは知らない、と」

「知っていたのは長女のA子さんだけか」

「じゃあ、A子さんが?」

「A子さんじゃない」

「じゃあ――?」

「110番通報があったのは午後3時5分だったよね」

「はい、そうです」

「T氏が焦げ茶色のコートを着てM氏宅に押し入ったのは、おそらく2時30頃だと思う。理由は、T氏の偽装アリバイ写真の置き時計の針がその時間を指しているからだ。焦げ茶色のコートを公園に返しに行ったのは午後2時51分前後。それから、行きつけの喫茶店に行き、写真を撮った。これが午後3時頃。そして午後3時5分、被害者のM氏が110番通報した。その内容は――?」

「〝知らない男が家に押し入って、バールで頭を殴られた〟。それから係員の質問に、住所と名前を」

「それで全部かい?」

「全部です」

「だったら変だな」

「何がです?」

「焦げ茶色のコートを着た人物が塀を乗り越えて逃げていった、という情報はどこから得たんだい?」

「えーと……110番通報で駆けつけた最寄りの交番の警察官ですね。それが何か?」

「その警官はそれをどうして知ったんだろう? 現場に到着した時、既にM氏は死んでいた」

「自分で目撃したんです。追いかけたが逃げられた、と」

「そこが変なんだ。その時間――正確な時間は知らないが、午後3時5分より以降――焦げ茶色のコートはホームレスのいた公園に戻されていた」

「……そういえばそうだ。じゃあ、警官の彼が、目撃して追いかけたというのは嘘か。でも彼は焦げ茶色のコートのことを

どこで知ったんだ?」

「M氏が教えたんだよ。つまり、その警官が到着した時、M氏がまだ生きていた」

「じゃあ、なんで死んでいた、と?」

「死んだことにすれば自分に嫌疑がかからないからだ」

「嫌疑って?」

「M氏殺害の嫌疑だよ」

「な、何ですって!」

「ここからはぼくの想像だが――警官が現場に駆けつけた時、おそらくM氏は意識を失っていた。部屋には一千万円の札束――厚さにして10センチくらいjかな――があり、警官は魔が差してそれを着服しようとした。その時、被害者が意識を取り戻した。警官はお金を盗んだことを隠して、被害者に事情を訊き、焦げ茶色のコートの男のことを聞き出した。ところが被害者が警官が一千万円を盗んだことに気づいたので、そばに落ちていたバールで被害者を殴り殺害した。そういうことじゃないのかな」

 網野警部が即答できなかったのは、事件の意外な真相に驚いたこともあるだろうが、警察不祥事にどう対処していいか、悩んだからだろう。


                              (おわり)

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顔のない探偵③ 余計なアリバイ まさきひろ @MasakiHiro

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