おじさん買ってきた

惣山沙樹

おじさん買ってきた

 兄が酔っ払って何かを買ってくるのはもう諦めていたけど、いくらなんでもおじさんはどうなんだ。


「兄さん! 生き物は買ってこないでよね!」

「いやぁ、ノリでつい」

「この前のひよこでも酷い目に遭ったでしょ! 酷すぎてカクヨムじゃ無理だからムーンライトに載せたけど!」

「メタ発言はやめろよ瞬。もう買っちまったんだよ」


 僕はおじさんを上から下までまじまじと見ながら言った。


「……いくらしたの?」

「三百円」

「うわぁタバコより安い」


 まあ、確かにそのくらいの値段しかつきそうにないおじさんだ。脂汗で前髪はぺったりおでこにはりついていて、でっぷり出たお腹をしていた。服装は襟がゆるゆるの白いTシャツにカーキ色のハーフパンツ。兄が家に入れる時に脱がせたが茶色いサンダルをはいていた。


「で? 僕はおじさんの面倒見ないからね。買ってきた兄さんがちゃんと世話してよね」

「おいおじさん、腹減ってるか? 何か食う?」

「あたりめ」


 たまたま家にあったので兄があたりめを与えた。くっちゃくっちゃと汚い音をさせて食べている。


「レモン酎ハイ」

「兄さん、おじさんが何か言ってる」

「よし、買ってくる。瞬、おじさんのことよろしくな」

「えっ、ちょっと」


 ダイニングテーブルを挟んで向かい合い、僕はおじさんに尋ねた。


「なんで三百円で売られてたの?」

「……」

「家族は?」

「……」

「仕事は?」

「……」

「元いた家は?」

「……」

「ダメか」


 さすが三百円。あまり話せないみたいだ。兄がレモン酎ハイを買ってきて渡すと、一口飲んで大きなゲップをした。


「兄さん、おじさんどこに置いとくつもり? 絶対一緒のベッドには寝たくないからね」

「じゃあソファに転がしとくか……おいおじさん、それ食って飲んだらソファで寝ろよ」


 おじさんはゲップで返事をした。

 そして、翌日。


「うわぁ……俺なんでおじさんなんて買ったの?」

「もう! 酔い醒めると後悔するのやめてよね! 何回目だよ!」


 おじさんはソファに座ってじっと兄を見つめていた。


「な、なんだよおじさん」

「納豆ごはん」

「あーもう……買ってくる。瞬、よろしく」

「またー?」


 僕はおじさんに近寄りたくないのでダイニングの椅子に座っていた。兄が飽きている以上、何とかしておじさんを処分せねばならない。僕はスマホで検索を始めた。


「おじさん里親募集サイト……?」


 世界は広い。探せばあるものだ。飼えなくなったおじさんを引き取ってくれる人とのマッチングのサイトが見つかった。

 兄が戻ってきた。おじさんに納豆ごはんを食べさせている間、僕は兄にサイトを見せた。


「ここに投稿しよう。それで引き取ってもらおう」

「へぇ……こんなのあるんだ。ポマードおじさんにバーコードおじさん。おっ、このマッチョおじさんは気になるな」

「引き取る側になってどうすんの! ほら、おじさんの写真撮って紹介文考えよう!」


 僕たちはおじさんの写真を撮った。バストアップ。全身。後ろ姿。お腹のでっぷり具合がわかるように横からも撮った。


「紹介文どうしよう。瞬、文学部だろ、文章得意だろ、任せた」

「ええ……」


 タイトルはストレートに「ぽっちゃりおじさん」にした。


「よく太ったチャーミングなおじさんです。ごはんを食べると愛らしいゲップをします。どうか可愛がってあげてください」


 少々盛りすぎた気がするが仕方ない。こんなおじさんこそが欲しいという人が現れるのを待つしかない。

 夕方になってメッセージがきた。


「兄さん! ぜひお迎えしたいって! うちまで来てくれるって!」

「おおっ! やったな!」


 おじさんとの別れの日がきた。さすがに引き渡す前に洗った方がいいか、ということになり、風呂に入れてやった。


「どうしよう、瞬……今さらになって寂しくなってきた……」

「一時的なものでしょ。僕たちじゃこのおじさんを幸せにしてあげられないよ。ねっ、引き渡すよ」


 里親は、高級そうなスーツに身を包んだ老紳士だった。ベンツに乗ってここまで来たらしい。


「じゃあな、おじさん……」


 兄は車が見えなくなるまで大きく手を振っていた。

 あれから、老紳士からはたまにおじさんの写真が送られてくる。元気にしているという証拠だ。おじさんは、新しく綺麗な服を着せられ、フレンチのコースを食べていた。


「兄さん、もう酔っ払って変なの買うのやめてよね」

「気付いたら金払ってんだよなぁ、おじさんの時もお得だな! とか思っちゃって」


 多分、また兄は何か買ってくる。

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おじさん買ってきた 惣山沙樹 @saki-souyama

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