第6話 【夏の嵐】 


トンビはさんざん種々な悪態をついたが、白馬はいっぺんも口を聞かなかった。


やがて、トンビの羽根も疲れてシビレてきた。陸に向けた海風が空高く吹いてくると、トンビはその風に乗って、飛行機雲の下を帰っていった。



 夏の嵐が来た。

 大雨のともなったいさなは、南から激しく吹き荒れた。


 象牙のようにいきり立った白波が、盛んに海の面を凌駕した。海面はうねりをあげながら、不気味な、底の黒い、液体で出来た海の化石を幾つも造りあげた。突如として発生する歪んだ海水の断面や波打つヘソの穴から、大きな海亀ほどもあるアンモナイトやオウム貝が、つむじを巻いて浮かび上がる。


 こういう時化た日には、海面を見つめていると、不思議と海の底まで見えてくるような気がする。


 そうしてこ奴は、何か恐ろしいことを隠し持っていて、それをいつかは何かの拍子に、バケツの中の生ゴミをぶちまけるように憤りやまぬ時が来るに違いない。


 岬の上の森の中で、じっと風の音を聞きながら、トンビはそう考えていた。


 森は葉ずれの音を野蛮に響かせた。一本の杉の木が、根にごっそりとゆるい地面の土を掻い取りながら倒れていって、岬の断崖の上からぶら下がった。


 海と空のうねりが、互いにおしくらまんじゅうをし合うように、押し合っている。

 


 トンビはある事が気になりだした。


「白馬めは、大丈夫だろうか。もうそろそろ、浜にたどり着いてもよさそうなころだが、あ奴めまさか、この嵐に飲み込まれたのではないだろうか」


 トンビは何だか羽根のほうぼうがむず痒くなってきた。


「だが、見るからにあ奴は泳ぎが達者なようだった。あ奴ならば、泳ぎきれるかも知れない」



トンビは目玉をひときわ大きく見開いて、天をのぞくように見た。


 黒猪そっくりの千切れた雲が、十数匹群れをなして奔って行った。その上では濃藍色の層積雲が、強風にあおられながら、八重にいびつに重なり合って棚引いた。


 トンビは、狂走する黒猪の群を見るかのように、暗い濃藍色の雲を眺めた。

そこで、いわれのない不安が彼を襲ってきた。

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