第5話 【とんびと白馬】
風が雲を動かした。
入道雲が青空一杯に広がってゆき、雄大雲となって、天を支配した。その雲の底には、暗い亜鉛色の渦巻きが、大きな暴れナマズのひげの如く、わなないている。
トンビは、岬近くの浜辺の空を飛びながら、その大きな雲のかたまりを、まじまじと眺め出して、深い息を1つした。
「おお、お日様を隠しやがって、夏の雲よ。お前はなんたる化け物だろう」
トンビはどんどん頭上に這いあがってくる雄大雲を気にかけながら、何度も空中を旋回した。
「おれ様は、なんだって、いつもこんな風にしか飛ぶことが出来ないのだろうか」
トンビは空に舞う自分の姿が、ときどき、こんな大きな雲の底の、ぐるぐると暗く煮えたぎった渦巻きに、非常に似通っていることをしみじみと感ぜずにはいられなかった。
「いつまでもこうやって、ぐるぐると回り続けているだけなのか。それじゃアおれ様は、いつまで経ってもはんちく野郎じゃアないか」
トンビはそんなことをいつまでも思い続けているうちに、無性に悔しくなってきた。何だか腹の虫がおさまらなくて、生爪の先まで痒くなってきた。そうしていつの間にか、沖へ向かって一心に翔けだしていた。
気がついたら、波にもまれながら水面に揺れている、一頭の馬を見下ろしていた。
いったいこ奴は、なんだってこんな途方もない無茶をしでかしているのか。
何百キロを泳いだろうか。何千キロを浮かんで来たというのだ。
実際分からないことだらけだ。こ奴の国はどこだろうか。家族はどんなふうであるだろう。このままだとどうしても、おれ様の住む岬の方にたどり着くだろう。陸に上陸した後は、いったいこ奴は何をするつもりなのか。
……と突然、トンビは衝動的な発作を起こしたようになって、何もかもが馬鹿馬鹿しく思われてきた。
自分も、この海も、泳ぎ続ける白馬も、まったく何者かに仕立てられた、大したことのない見せ物のように強く感じられた。
「おいっ、しろうま。やめろやめろ。ばかばかしいぜ。いったい、泳いだところで何になる? おめえ、陸に恋しい奴でもいるのか。それとも、誰もしていないようなことをやりとげて、何かを征服した気分でも味わいたいとでもいうのかい。もうやめろよ。ナっ、おいっ。おっと、おめえは泳ぐのをやめでもしたら、溺れてしまうわけだった」
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