第4話 【少年と母親】
朝、潮がゆらめき、波が満ちる。
浜辺の砂は、瞬く間に洗われてゆく。そうして引き潮の引き戻す力に従順に、小さく欠けた貝殻や生きた貝たちが、泥砂と一緒に海の爪先に引き寄せられてゆく。
押し上げる圧力と、引き寄せる吸力。あたかも何事かが起こり、何物かが失われてゆくように、絶え間のない生物の繁殖と死のように、繰り返される。
波打ち際には沢山のカモメたちが群れている。濡れた砂の上に、彼らの霜華のような足跡が盛んに乱れて氾濫している。時々、海面に飛んでいって、流木のようにふわふわ浮いているものもある。
浜には海より打ち上げられた朽ちかけた寄り木や、種々の貝殻や、まだイキイキとした海藻類が、静かな海の時代を記すように、砂の上に散乱していた。
その先には、ものものしくえぐれた二条の車輪の跡が、真っ直ぐ岬のほうまで伸びていた。その溝を越えて岡に歩いてゆけば、はまひるがおの群落がある。
澄んだ、青い瞳をのぞいているような海蒼の色。そこには、大きな眼差しがある。
濃い眉毛は海浜につづく椰子の木の道。
「ああ、今日もお空でトンビがぐるりとまわっているよ」
「そうだね。気持ちよさそうに、風に乗って、羽根を広げているわね」
「ねえ、母さん。トンビはどうしてくるくる回りつづけるの」
「そうだねえ、まア、なんていうんだろうね。ああ、そうだ。空にのぼるお日様は、まんまるだろ、だからネ、トンビもああやって、まねしているのさ」
「なぜ、まねをするの」
「さあて、それはね、たぶん、とんびはお日様を好きなんだろうね。きっと、トンビのご先祖様もああやって、空に円を描いて飛んでいたんだよ」
少年と母親は、浜辺を歩きながら、貝殻を拾っている。
少年はときどき、薄桃色の貝殻の散乱した砂の上に寝ころんだ。それを目にしても、 母親は何もとがめずに、ただ少年の横に黙って腰を屈めた。
少年は空を舞うトンビを見つけ出して、しばらく見つめていた。
母親は柔らかい砂の感触を楽しむように、手を地につけて、ゆり動かした。
少年は、ふと呟いた。母親は、ゆっくり空を見上げた。
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