4:世界のこと、少し。

 つい先程までの、心配になるような動揺を脱ぎ去って、音湖はまさに平常心だった。

 もう大丈夫を強調するべく、作り上げられた綺麗な笑みを浮かべる。音湖が急にすんとなるものだから、気不味いような、警戒するような、安心するような、おかしな空気が保健室内に流れた。

 

 これが、他の誰かと一緒なら大変だっただろうな。音湖は思う。

 けれどここにいるのは薬丸と蛇呑の人間だから、音湖の冷静さもきっと、そういうものだとして受け入れてくれる。


 蛇呑の細い目から覗く瞳とかち合った。

 ああ、ひとまずは大丈夫そうだな、なんて顔をして、それでも相も変わらぬ心配そうな瞳と声色で、彼は優しく笑ってみせた。


「音湖さんの気付いた通り、世界がおかしくなったあれこれ、元を辿るとあのお姫様の死にいきつくんだ。でもね。」


 蛇呑が背中を丸めて、音湖と目の高さを合わせる。


「音湖さんにはなんの罪もないし、今ここで何がどう悪かったかの話をするつもりはないけど、とにかく、志津丘さんの死は君のせいじゃない。」


 あ、やっぱり。

 音湖は思わず、ふっと息をこぼした。

 蛇呑のことだから、ここねのことも知っているんだろうなという気がしていた。彼はそういう人だから。


 申し訳なさそうな顔をしていて、その上話のついていけていないらしかった薬丸の頭をぽんぽんと叩いて、蛇呑が微笑む。

 

「すまない、そのあたりの経緯まで全く知らないとは、思わなかった……。」


 音湖を傷つけてしまったとばかりに落ち込む薬丸を見て、かえって申し訳なくなる。

 薬丸は何も悪くない。私らしくもない、取り乱してしまった、と、音湖も少ししゅんとなった。


「いいえ、薬丸のお兄様も蛇呑先生も、教えてくださりありがとうございます。自分でも可笑しいくらい、納得がいきます。」


 神御成家ですもの、と音湖は悲しげに微笑む。

 しばし無音の後、口を開いたのは蛇呑だった。


「音湖さん、大事なのはここから。『機械』の話だよ。」


 ずっと腰を曲げていた蛇呑が、椅子を引き寄せてベッド脇に座る。

 三人の視線が、ぐっと近づいて、話が本筋に戻された。


「キーパーソンを失って、世界の均衡が崩れた。人ならざるものが昼も夜も問わず溢れ出して、人間はどんどんやられてく。そういう状況下で、どうにか状況を一転するような必殺武器を!っていう発想になって、色々開発したらしいんだよ。ちょうど、僕の生まれる少し前くらいの話。」


「それで、あの『機械』が生まれたということですね。」


 蛇呑の話の前半の大体は音湖もよく知る内容で、最初の一文と後半はまるで知らない話だった。音湖が確認すると、薬丸がああ、と頷く。


「元々はどこかの国の組織が作っていた武器で、途中で協力を仰がれた俺達の家が開発に加わった。霊力やら魔法やらの存在を公表して堂々と対策していくことになったのもこの頃だ。」


 ま、隠しようもないレベルで酷かったらしいからな。そう一呼吸置いて、薬丸が続ける。


「途中から開発メンバーもその派閥も入り混じって、誰が主導していて誰の功績なのかも分からなくなっていたらしい。そんなとき、偶発的にできたのが『機械』だ。」


「この、権利者が曖昧になったのがまずかったんだよね。これに関しては音湖さんも詳しいだろうけど、『機械』には色々使用条件があった。ただ初期はそのあたりがよく分かってなくて、とにかく、何でも叶えてくれる万能機械が誕生したっていう空気だったらしくて。大揉め、からの、裏切り、離脱、技術流出。」


 蛇呑が大げさに溜息をつく。


「最終的に、ちょうど音湖さん達が中学生になったあたりかな。それぞれの国で、派閥で、それぞれの『機械』を作って使いまくったんだ。元々は世界を救うための道具だったのに、皆自分の欲のために使いまくってたよねえ。ただでさえ減ってた人口に、大打撃。」


 おどけたような口調でそう言って後、蛇呑は何かを思い出すような、噛みしめるような顔をした。

 悲しげな、苦しげな。普段は細くて開いてるんだか閉じてるんだか分からない蛇呑の目が、もう一弾ぎゅっと閉じる。

 『機械』の存在が人口減少に拍車をかけていたとは。知らなかったし、知っていたような気もする。蛇呑の言った通り、中学生になった頃に家に『機械』が来て、そこから、相当な数いたはずの神御成家の関係者が、まるでせき止めていた水が溢れ出すように、信じられない勢いで減りだしたから。

 

「まあ、欲望には歯止めが効かないからねえ……。」


 蛇呑が疲れたように笑って、再び音湖と視線を合わせた。


「そうやって『機械』で人がどんどん減って、『機械』で生み出したあれこれも結局有効活用できない、人ならざるものにもまるで勝てず。なんにもならなかった、やれやれだよね。」


 今有効活用しようとしてる人もいるみたいだけど、と、からかうような目をした蛇呑が音湖の額をつつく。

 そこに咎める気配は感じない。強いていうなら、これは薬丸からも感じていたのだが、音湖は酷く心配されているようだった。

 正直心当たりはあった。というか心当たりしかない。先程の動揺もそうだし、目に見える場所が割れすぎている。何より、中には人がいる。

 ……ちゃんと話そう、何もかも。

 蛇呑が口を開いたのは、音湖が決心したちょうどそのときだった。


「人類どころか生き物みーんな滅んで、早千年になるよ。」


 衝撃的な言葉を、あっさりと。



※このお話は、小説家になろうにも投稿しております

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