2:整理
「そもそもの話、神御成は、霊術の存在が何故一般社会に開示されたか知っているか?」
薬丸に問われて、音湖は素直にいいえと答える。
「いいえ。私が生まれる少し前までは、存在しないとして一蹴されていたと聞いています。でも、詳しい経緯は全く。」
「なるほど。じゃあそこから簡単に説明する。」
何故。と、少し思った。知りたいのはそのもっと後、『機械』が普及し始めた頃の話なのだが、いやしかし、時間がかかるほうが今はありがたいかもしれない。
単純に知的好奇心がくすぐられたのも相まって、音湖は大人しく頷いた。
「俺もあまり説明が上手いほうじゃないからな、分からなかったら都度聞いてくれ。」
そう前置きして、薬丸が話し出す。
「VIP。あるいは、要人。俺達の一つ前の世代に、霊術界でそう呼ばれる人が時々現れた。魔法界の方だと、キーパーソンとか呼ばれていたと聞いている。俺達の知る、金持ちとか、権力者とか、そういう意味ではない。」
キーパーソンという言葉が頭に残る。
小説なんかで、重要な場面の鍵を握る登場人物。
霊術の世界では血筋や魂が重要視されるのもあり、稀に極端に一個人の権力が強くなる。そんな話はよく耳にしたし、実際音湖の父親がそういう類の人だった。
あの人は強大で、絶対で、邪悪。
「とても力の強い霊術師のことでしょうか?父や、薬丸のお祖母様、
思い浮かぶ極端に強い一個人を列挙して問う。
薬丸は軽く首を振って、
「いや、それとは違うな。」
と答えた。
「そもそも術師でない例の方が多かったらしい。俺も直接会ったことがないから詳しくは何ともだが、端的に表すなら、正しい場所で死ななければ以後の世界を大きく歪めてしまう存在、だな。」
そう言われて音湖がパッと思い浮かべたのは、人を遥かに勝る、かつて神仏の類、あるいは怪異として扱われていたと聞く存在の、寵愛を受ける人々のことだった。
加護を受けてより良い人生を謳歌するパターンもあれば、歪んだ執着に滅んでいくこともある。体感としては後者の方が多く、その場合、寵愛を受けた側が寵愛しているものの側で亡くなるべきだ、という考え方を音湖は知っていた。
だが薬丸の様子を見るに、それとはまた少し違うらしい。
「決定事項、という表現で伝わると良いんだが。例えば、歴史の重要な登場人物、ある分野の立役者。その人がいなかったら歴史が大きく変わっていただろう存在がいるだろう?」
音湖は頷く。
誰だって多かれ少なかれそういう存在なのだろうが、万が一にも歴史からその人だけが抜き取られたとき、何となく大事になりそうな人物というのがいるのはすぐに分かった。
「その中でも、偶然そういう人生を歩んだわけではなく、そうあるべきだからそうなった、みたいな人がいるんだ。……こう言っても想像し辛いだろうが、上手い例えが思いつかなくて申し訳ない。」
薬丸が少し唸って、何か良い例えを探して視界を彷徨わせる。
そうあるべき。だから、そうなった。
分かるようで分からない表現だ。
と、そのとき、奥の方でガラガラと音がした。
音湖は肘に力を入れて身を起こし、音の方に視線をやる。視界がぐっと広がるような気がした。見知ったこの部屋は、私立神御成学園高等部の保健室だ。
その入り口から顔を覗かせているのもよく見知った男性。音湖の担任で数学教師の、
「入っても大丈夫かな?」
蛇呑と目があって、音湖は頷いた。
「蛇呑先生!どうぞ。」
クリーム色のふわふわとした癖っ毛に、いつも通りのくたびれたスーツ。目に見える範囲には割れもなく、蛇呑は記憶にある姿と全く変わらなかった。もしかしたら、まだ殻にならずに済んでいるのかもしれない。何の根拠もないし、分からないが。
「ちらっと聞こえたんだけど、多分キーパーソンの話だよね。音湖さんも聞いたことあるんじゃないかな、名無し神社のお姫様っていう話。」
蛇呑の言葉に音湖は頷いた。その話は聞き覚えがある。
「確か、普通の女の子が廃神社の神様に見初められるお話ですよね。それで、大成して幸せに長生きしたっていう。」
そう答えると、蛇呑はうんと笑った。いつも明るくて、ほわほわしていて、怒っても嫌な怖さのない人。側にいると温かくなるような素敵な先生の、授業のときと同じ声音に、音湖の強ばった身体がほぐれた。
「そのお話がね、まさに
蛇呑がそうだよねと薬丸と視線を合わせ、薬丸もはいと頷く。
「そもそも誰がキーパーソンかっていうのは、該当者が亡くなった後になって、初めて発覚することなんだよ。その割に、何かを成したからキーパーソンになった、みたいな後付けじゃなくて、生まれたときから決まってる。」
「生まれたときから?」
「そう。とにかくね、キーパーソンにはその人生で絶対に成し遂げなきゃならないことがあって、そのお話の女の子は、実際にはそれができなかったんだよね。あの話は、こうだったら良かったのに、みたいな要素が強いみたいだ。」
音湖は少し混乱する。
キーパーソンには、人生で成し遂げるべきミッションのようなものがあるらしい。
絶対に、成し遂げなければならないこと。それを成さなかったとして、いったいどうなると言うのだろうか。
「正直どういう理屈でそんなことになるのか、僕もよく分からないんだよね。この手の話が苦手だから、実家継がずに教師になったわけだし……。」
蛇呑がぽりぽりと顔をかく。
蛇呑ニコは蛇呑家当主の次男坊、ただし本妻の第一子だ。しかし跡継ぎ候補からは早々に降りたと聞く。
本人曰く、苦手分野だから、らしい。
「ええと、まあ何であれ、キーパーソンがその成し遂げるべきこと、を成し遂げられない場合っていうのがあってね。しかもそれが結構な頻度で起きかける。」
「ああ。キーパーソンの途中脱落は、世界の滅びに直結する。俺達の界隈の常識だ、これは神御成も知っていたんじゃないか?それを防ぐために、VIP候補をとにかく見張って、人生に邪魔が入らないように守ること。昔は俺達の家の」
薬丸がそこまで言って、少し眉を潜める。
「俺達の家の大きな仕事だったって話、もしかして神御成の親父さんから聞いてないか?」
「聞いたことがありません。今、初めて知りました。」
音湖は薬丸から目を逸らし、伏せた。
「その女の子。名無し神社のお姫様は、神御成の受け持つ監視対象だった、ということでしょうね。それで、しくじった。お姫様は道半ばで亡くなって、それが……。」
そこまで言って、音湖は目を見開く。
不用意な発言は避ける薬丸が、神御成も知っているはずの常識と言った話を、音湖はまるで知らなかった。
大金持ちの家の箱入り、常識知らずなお嬢様と言われたら何の反論もできないが、仮にも跡継ぎだ。人並み以上に霊術関連のあれこれを学んだきたのに全くの初耳というのは、流石に異常。
それが起こり得るとしたら、どいつもこいつもプライドの高さで定評のある神御成の、そのプライドを損なうような事項が、禁忌扱いで秘匿されている場合。
神御成家ならまあやりそうだ、以外の感想がでない。かなりどうかと思うが、それより何より。
音湖は思い出す。
そもそもあの『機械』。人一人の命と引き換えに、生物以外は何でも、概念でも希少物品でも過去の遺物でも何でも生み出してくれる『機械』は、終わりかけの世界を救うために神御成家で開発したと聞いている。
神御成家で開発したという話は、もし本当なら他の家に技術を渡さないだろうから、薬丸も殻になっている以上まず嘘とみて間違いないだろう。
しかし動機の部分にはある程度の信憑性があった。
音湖の父である神御成家当主は、世界を救うのだ、滅ぼすわけにはいかんのだ、と、はじめは家に仕える既に霊力の衰えた老人を、その次に忠誠心の高く霊術に優れない部下を、そうしてやがては優秀な術者を『機械』に捧げ、ついに一人娘を放り込んだ。
子供心に異常だと感じていた。
確かに音湖が生まれた頃から、そこら中で人ならざるものが暴れ回り、それまで人を護ってくれていた存在すら社会に危害を加えるようになった。
音湖にとってはそれが当たり前のことではあったが、長い歴史の目で見ればとんでもない事態だというのは知識として知っている。
しかしそれは、霊術を生業とする家にとっては稼ぎ時でもあった。父は、というか神御成家は基本大義には興味がない、己の欲だけに忠実な人間だ。奢るし、油断ばかりして、少しずつ衰退している家。金のために神を騙ったのが神御成の由来だ、神御成こそが神なのだと言い、それを恥もせず誇るような家。
霊術という自衛手段を持つ神御成の者が危険な目に遭うことはまずなく、だからこそ、世界が終わるのだと極端に現状を恐れ、金稼ぎとは相反する方法で優秀な使用人を、部下を消費していく姿に納得がいかなかった。
しかし、どうだろうか。
もし、もしも神御成家が金に糸目を付けずに動くことがあるとしたら。
それはきっと、なりふり構わず動かねば家の名誉が傷つきかねないような場合。あるいは、既に泥に塗れた名誉を取り戻そうと足掻くとき。
瞬時に合点がいった。
次の瞬間には、息がうまくできなくなっていた。
※この作品は、小説家になろうにも投稿しています
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