第4話「リリアナ、悪魔から魔石を作る」

「勘当された?

 何故ですか?」


「その話はおいおいお話いたしますわ。  まずはそこに転がっている悪魔を屋敷に運んで魔石にしてしまいましょう」


「僕には見えないので、お手伝い出来なくて申し訳ないです」


「お気になさらないで下さい。

 カイロス様がいらしたから生きの良い悪魔が手に入ったのですから」


私は悪魔を二、三体纏めてポイポイと馬車に放り込みました。


「客席が悪魔でいっぱいなので、御者席に乗りましょう。

 あとカイロス様の馬と馬車を頂いてもよろしいですか?

 私の馬車はボロボロなので」


「どうぞ、婚約したので馬も馬車もあなたの物です」


カイロス様は気前がいいです。


私は自分の馬車から馬を外し、カイロス様の馬車につなぎ直しました。


ついでに自分の荷物も移動しました。


そして道すがら、私の生い立ちや、第二王子と婚約していたことや、商売敵の聖女様が現れて婚約破棄された事を伝えました。


私の事情を説明し終えたあと、カイロス様の生い立ちや素性をお聞きしようと思った時、屋敷についてしまいました。


カイロス様の事情は、あとで伺うことにしましょう。





◇◇◇◇





「ところでこの部屋の三分の一を占める巨大な機械は一体?」


カイロス様、説明セリフありがとうございます。


それは人の背丈よりも遥かに大きく、大人が両手を広げて三人並んだぐらいの横幅がありました。


屋敷に着いた私達は、真っ直ぐ魔晄炉のある部屋に向かいました。


それで、部屋に入ったカイロス様の開口一番のセリフが機械への質問だった訳です。


「これは祖父が作った魔晄炉です」


「これが、前フロスト伯爵が作った魔晄炉?」


「はい」


大きすぎて国外には持ち運べません。


このまま祖国に残しても、悪用される恐れもありますし、ある意味破壊命令が出て良かったかもしれません。


その前に悪魔を溶かして魔石に変えさせていただきますけど。


「今から悪魔を溶かして魔石に変えます。

 悪魔を溶かすとき、黒板を爪で引っ掻いた時の百倍不快な音がします。

 カイロス様は耳を塞いで外で待機していて下さい」


私は悪霊の断末魔を聞くのが好きでした。


悪魔はどんな断末魔を上げるのかしら?


楽しみだわ。


「えっ? そうなの?

 そんな不快な音が……!

 でも魔石に変えられるのは僕を苦しめていた悪魔だ!

 僕には悪魔の姿は見えないけど、せめて魔石に変わる所を見届けたい!」


カイロス様、結構根性ありますね。


「わかりました。

 でも耳だけは塞いでいて下さいね」


私は最後に倒した七色の悪魔を残して、残り七体の悪魔を魔晄炉に放り込みました。


赤、青、緑、黄色、オレンジ、水色、紫……彼らを溶かしたらどんな色の魔石ができるのかしら?


上手く行けば七色の魔石ができるかもしれません!


蓋をして、魔晄炉のスイッチを入れました。


悪霊だとこのあと「ギェェェーー!!」的な断末魔を上げるのですよ。


悪霊を溶かすのは初めてですが、彼はどんな断末魔を上げるのでしょう?


わくわくするわ!


悪魔が魔晄炉の中でどんどん溶けて行きます。


そろそろ断末魔が聞こえるころですね。


どんな悲鳴を上げるのかそわそわしながら待っていると、聞こえて来たのは鈴を鳴らしたような歌声でした。


なんだか拍子抜けですね。


鈴を鳴らしたような歌声が彼らの断末魔なんて。


ですがこれなら、近所迷惑にならないかもしれません。


「もう終わったのかい?

 断末魔は?」


「悪魔の断末魔は鈴のような歌声だったようです。

 拍子抜けです」


「僕は少しホッとしてるよ」


カイロス様が額の汗を拭いました。どうやら彼は強がっていましたが、悪魔の断末魔が怖かったようです。


「それより見て下さい。

 魔石ができましたよ」


出来立てほやほやの魔石を魔晄炉から取り出し、カイロス様に見せました。


「凄い……七色に輝いている!

 こう言ってはなんだがとても綺麗だ……!」


カイロス様は魔石を見て感動しているようでした。


「カイロス様に取り憑いていた悪魔は赤、青、緑、黄色、オレンジ、水色、紫の七色だったのです。

 それで彼らを同時に魔晄炉に放り込んだらどうなるのか実験してみました。

 良い感じに混ざったみたいです」


我ながら良い出来だと思います。


それにこの七色の魔石は、今まで作ったどの魔石より強いパワーを持っています。 


一応、ネクロマンサー兼錬金術師なので、それくらいのことは魔石を見ただけでもわかりますよ。


悪霊より悪魔の方が魔石の材料に適しているようです。


「では次は、新たにカイロス様に取り憑いた悪魔を魔晄炉に入れます。

 カイロス様には見えないですが、なんと彼は七色に光ってるんですよ。

 彼一体でも七色の魔石が出来るのか、ちょっとわくわくしますね」


私はドキドキしながら、七色に輝く悪魔を魔晄炉に入れました。


そしてポチッとスイッチを押しました。


鈴のような軽やかな断末魔を残し、悪魔は魔石に変わりました。


「やりました!

 私の予想通り七色の魔石に変わりました!

 二回続けて七色の魔石ができるなんて!

 ついてますわ!」


ああ、楽しいです!


もっと実験したいです!


同じ色の悪魔を纏めて数体魔晄炉に入れたら、濃い色の魔石ができるのかしら?


赤と黄色の悪魔を同時に魔晄炉に入れたら、緑色の魔石ができるのかしら?


それは緑色の悪魔から作る魔石とはどう違うのかしら?


ああ、色々と実験してみたいです!


カイロス様が早く次の悪魔に取り憑かれないかしら?


いえいえ、これは流石に不謹慎でしたね。


「リリアナ様、あなは想像以上に凄い人だ!

 恐ろしい悪魔を、いとも簡単にこんな美しい魔石に変えてしまうのだから!」


「そんな、褒め過ぎでよ」


でも褒められるのって悪い気がしません。


錬金術を褒められるなんて、祖父が生きていた時以来ですから。


「でも問題はこの魔晄炉だ。

 こんな大きな機械を、どうやって僕の国まで運べばよいのか……?

 そっと運ばないと壊れてしまうだろうし、馬車には乗せられないだろうし、こんな大きな物を動かすと目立つし、こっそり慎重に運ぶにはどうしたらよいのか……?」


「あっ、そのことなら心配いりませんよ。

 この魔晄炉は壊してしまいますから」


「はっ?

 ええっ?!

 君はこんな貴重な魔晄炉を壊すというのかい?

 正気かい?」


「はい。

 第二王子から魔晄炉を壊すように命が下されましたので」


「こんな貴重な物を壊せと命じるとは、この国の第二王子は相当浅はかなようだ。

 少し前まで自分もこの魔晄炉とリリアナ様のお世話になっていたのに、そのどちらもあっさりすてるなど……なんと恥知らずで、なんと恩知らずな……!」


「カイロス様、私の為に怒って下さるのは嬉しいですが、それ以上言うと不敬罪になりますよ。

 私のことは気にしないで下さい。  婚約破棄されましたが、殺せとまでは命令されませんでしたから」


「同じことです。

 若い娘が人前で、しかも王子から婚約破棄されたら、傷物になります。

 あなたの人生を破壊されたも同然です」


こんな風に私の為に怒ってくれる人に出会ったのは、亡くなった祖父以来初めてです。


「私の為に怒って下さりありがとうございます。

 でも私は、こんなことで壊れるほどやわではありませんから」


商売柄、人様に陰口を叩かれるのなんて慣れっこです。


「やわでないからといって、傷つかないわけではありません」


カイロス様は本当に良い方ですね。


私は素敵な旦那様をゲットしたようです。


「何故、笑っているのですか?」


「いえ、カイロス様のお言葉が嬉しかったのでつい」


「僕はそんなに特別な事を言った覚えは……」


「私の心には響きましたわ」


人の優しさとは不思議です。


こんなにも心のすみずみに響き、荒んでいた心を癒やして行くのですから。


「あなたの心を少しでも癒すことができたのならよかったです」


「ええ、とても癒やされました。

 それより本題です!

 この魔晄炉を壊しても問題ないと言ったのには理由があるのです!」


「理由とは?」


「ふふふ、代替品があるのです!」


「代替品ですか?」


「はい。

 技術は日々進化しています。

 新しい技術を取り込み、コンパクトで持ち運びに便利な新型の魔晄炉ができないか研究していたのです。

 祖父の作った魔晄炉は性能は良いのですが、少し大きすぎるんです。

 第二王子と結婚後、殿下が賜った公爵家に嫁ぐ予定でしたが、公爵邸からこの屋敷までは距離がありすぎるのですよね。

 それでは、いつでもどこでも好きな時に魔晄炉が使えません!

 そして試行錯誤の末完成したのが、この魔晄炉二号、持ち運び便利君です!」


私は部屋の隅に移動し、ホコリを被っていたシーツを取りました。


魔晄炉二号持ち運び便利君は、大きさが人の背丈の半分しかありません。重さも小麦粉の袋二個分(五十キロ)なので、手軽に持ち運べます。


「嫁入り道具にするつもりで作ってたんですよね」


第二王子との婚約は破棄されてしまいましたが。


「僕の家にお嫁に来る時に持って来ればいいよ」


「それは助かります」


「それにしても君は本当に凄いね。  この大きな機械をこんなに小さくしてしまうなんて……!

 君は天才だよ!」


「そんなに褒められると照れますね。

 ですがまだ試運転してないんですよね」


こんなことならさっきの悪魔の内の一体を残しておくべきでした。


「そうなのかい……?

 ううっ……!

 また体が……!」


カイロス様が苦しそうな声を上げ、その場に蹲りました。


彼の頭に黒色の悪魔が乗っていました。


流石が歩く悪魔ホイホイ……!


カイロス様はアルバート殿下以上の召集体質のようです!


【心地よい。

 心地よいぞ。

 この人間の生命エネルギーは極上だ!

 この力があれば俺はこの世界の覇者にも……ひでぶっ!】


ドスッ! ドスッ!! ゴスッ!! ガスッ!!


「ちょうどよく悪魔が一体手に入りました。

 魔晄炉二号持ち運び便利君に入れて溶かしてみましょう」


私の作った魔晄炉二号持ち運び便利君は完璧のハズ!


ちゃんと魔石になってね!


どんな色の魔石が出来るのかも楽しみです!


「スイッチ、オン!」


ドキドキしながら魔晄炉のスイッチを入れると、鈴を転がすような悪魔の断末魔が聞こえ、そのすぐ後魔石が誕生しました!


「成功しました!

 今回出来たのは黒色の魔石ですわ!」


悪魔の色と魔石の色は同じになることがおおいようですね。


最初の時に、色の違う七体の悪魔から七色の魔石ができたのは奇跡かもしれません。


「私の作った魔晄炉でもちゃんと魔石が作れることが証明されました。

 これで古い魔晄炉を心置きなく壊せます」


「あなたのお祖父様の遺品でしょう?

 大きさ以外は完璧ですし、壊すことにためらいはありませんか?」


「少しはあります。

 ですが私はこの国を離れる身。

 お祖父様の作った魔晄炉は完璧ですが、素人が扱うには危険が伴います。

 私がいなくなったあと、誰かが不用意に使って事故を起こすよりは、今ここで壊してしまった方が良いと思うんです。

 天国のお祖父様もわかって下さいますわ」


「僕は浅はかでした。

 確かに専門知識のいる道具を放置するのは危険ですね」


「はい。

 という訳で今から魔晄炉を壊しますので、カイロス様は魔晄炉二号持ち運び便利君を持って外で待っていて下さい」


私は壁に立てかけてあった鉄製の巨大ハンマーを片手で持ち上げました。


「どこからかそんなハンマーが?!  僕も壊すのを手伝います!」


「それには及びません。

 言い方をかえますね。

 素人が魔晄炉の破壊に立ち会うのは危険ですので避難してください」


「すみません。

 僕がいては迷惑ですよね。

 リリアナ様に言われた通り、魔晄炉二号持ち運び便利君を持って外に出ます」


ちょっときつい言い方になってしまったでしょうか?


でも危険なのは本当ですし、ああでも言わないとカイロス様は外に出てくれなそうでしたから。


「……あぅっ!」


「カイロス様、どうされました?」


振り返るとカイロス様が、新型魔晄炉の前に座り込み涙ぐんでました。


「……すみません。

 魔晄炉二号持ち運び便利君が重くて持ち上がらなくて……」


カイロス様の頬は赤く色づいてました。


そんな綺麗な顔で頬を染め、上目遣いで見つめないでください!


心臓がドキドキして仕方ありませんわ!


「カイロス様は今まで悪魔に取り憑かれ、日常生活も思うようにいかなかったのです。

 体力がなくても仕方ありません。

 魔晄炉二号持ち運び便利君は私が外まで運びます」


「申し訳ありません。

 役に立たなくて……って、えっ??」


私は片手でカイロス様を担ぎ上げ肩に乗せました。


そしてもう片方の手で魔晄炉二号持ち運び便利君を持ちました。


「面倒なので一度に外に運んでしまいますわ」


「待ってくださいリリアナ様!

 僕は自分で歩けますから!」


カイロス様がバタバタと暴れています。


「じっとしてくださいカイロス様。

 運びにくいです。

 重さのことなら心配いりません。

 華奢なカイロス様は羽のように軽いですから」


「それはそれでショックなのですが……」


カイロス様を励まそうと思ったのですが、凹ませてしまったようです。


何にしても彼が暴れなくなったので運びやすくなりました。


私はカイロス様と魔晄炉を外に運び出し、「いいですかここでおとなしく待っていてくださいね。何があっても中に入ってきてはいけませんからね」外で待っていてもらうことにしました。


「分かりました。

 あなたにこれ以上迷惑をかけたくないので、ここで大人しくしています」


カイロス様は泣きそうな顔をしていました。いや実際少しだけ泣いていました。


魔晄炉の解体とか常人には聞きなじみのない言葉です。


良い家のお坊ちゃまだと思われる カイロス様には、メンタルへのショックが大きかったようですね。


「ぐすっ……。

 僕だって男の子なのに……本当は僕がリリアナ様をお姫様抱っこしたいのに……」


彼がブツブツ言っていましたが、私にはよく聞こえませんでした。


それよりも今は魔晄炉の破壊が先です。


グズグズしていたら王家がなんて言ってくるかわかりません。


もう彼らに関わりたくないので、さっさと魔晄炉を破壊してカイロス様と一緒に国外に出ましょう。


魔晄炉の部屋にある部屋に戻った私は 、ハンマーを持ち上げ、力いっぱいふるいました。


「お祖父様ごめんなさい。お祖父様の最高傑作を破壊します。コンパクトで持ち運びに便利な第二魔晄炉を作ったので、安心して成仏してください!」


アルバート王子に取り付いた悪霊を最初に倒したのは四歳の時だったなぁ、なんてことを思い出しながら私はハンマーを振るう。


さよなら昔の婚約者!


私はあなたの上位互換の悪魔ホイホイのカイロス様を見つけたので、そちらはそちらで聖女様と仲良くやってくださいね!


人前で婚約破棄されたもやもや、実家から勘当されたもやもやを魔晄炉にぶつけていきます!


途中魔晄炉で分解し損ねた悪霊や悪魔の残りかすが出てきたので、ハンマーで潰しておきました。


こういうこともあるので、素人で悪魔 ホイホイのカイロス様はこの部屋に置いとけなかったんですよね。


カイロス様は外に避難させておいて正解でしたわ。


そうしてハンマーを振るうこと三十分。


魔晄炉は無事に鉄くずと化しました。


「ふーー、魔晄炉も無事に破壊できましたし、新しい婚約者もゲットしましたし、これで心置きなく旅に出れますね」


さて外にいるカイロス様の元に向かわなくては、


彼は今何してるかしら?


青空の下、そよ風に吹かれながら、のんびり馬に草でも与えているかしら?



◇◇◇◇◇

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