第3話「リリアナ、旅人を拾う」

3話


馬車が街の中に差し掛かると、街の人達がひそひそと噂しているのが聞こえました。


「あれが悪霊を魔石に変える女かい?」

「なんとも薄気味悪いね」

「第二王子様が婚約破棄したくなるのも頷けるね」

「早く街から出ていってほしいよ」


どうやらすでに私が婚約破棄された噂が広がっているようです。


それにしても、馬車に乗ってる私に聞こえるように言ってる時点で、ひそひそ話じゃないですよね?


あれがひそひそ話だと言うのなら、皆さん地声が大きすぎますよね?


噂話をしていたご婦人にちらりと視線を向けると、さっと視線を逸らされました。


中には「ひーー! 目が合った! 魂を奪われるーー!」と言って逃げていく人もいました。


失礼な……私を何だと思っているのですか?


私はちょっと悪霊をしばくのが趣味な、か弱い乙女なのに。


この調子では王都で買い物するのは無理ですね。


家から食料を持ち出して正解でした。次の街に着くまでひもじい思いをしなくてすみます。


くよくよしていても仕方ありません。


私の噂が届いていない遠い街に行ったら、おしゃれなカフェに入って、美味しいパンケーキでも食べましょう。




◇◇◇◇◇





王都の城壁を超えると、のどかな風景が広がっていました。


草原を風が吹き抜け、木々の間で小鳥が歌っています。


こういう風景を見てると心が休まりますね。


ここから祖父の別邸まで馬車で二時間ぐらいかかります。


馬車を引くのは年老いた馬。急ぐ旅でもありませんし、のんびり行きましょう。








一時間ほど馬車を走らせ、馬車が林に差し掛かったとき。


一頭の白い馬が道草を食べているのが見えました。


「おやまぁ、こんな所に野良馬が」


野良馬にしてはとても毛並みがよく、ハーネスト(馬具)もついたままになっていました。


どこから逃げて来た馬でしょうか?


詮索するのも面倒です。


持ち主がいないようなので頂いてしまいましょう。


どのみちこのまま放置したら、獣や魔物に食べられてしまうだけですから。


私は白馬を捕まえるために馬車から降りました。


白馬は人に慣れているらしく簡単に捕まえることができました。


「よしよしいい子だね。

 今日から君は家の子だよ」


私は白馬を自分の馬車につなぎました。


「ふふ、二頭立ての馬車になりました。

 リッチになった気分です」


上機嫌で馬車を走らせていると……。


「あらあら、あちらには道端に廃棄された車体が」


少し馬車を走らせると、今度は馬車のキャビン(人を乗せる箱の部分)が林の前に放置されていました。


「立派な馬車なのに、馬車を引く馬がいないのは変ですね」


白馬が放置された馬車を見て、「ヒヒン」と泣きました。


「もしかして、あの君はあの馬車に繋がれていたの?」


私が白馬に尋ねると、馬は「ヒン」と鳴きました。


私には白馬が「そうだよ」と答えたように思えました。


馬車から離れた馬、道の端に放置されたキャビン……何かありそうですね。


まぁ、私には関係ありませんね。


持ち主がいないようなので、あの豪華な馬車を頂いてしまいましょう。


流石にそれは泥棒になるかしら?


でもこのまま放置するのももったいないですよね。


そもそもこのあたりはすでにフロスト伯爵家の土地なわけで、この先には祖父が残した別邸しかありません。


周辺の村の人間は、魔晄炉を恐れて祖父の別邸には決して近づきません。


このまま馬車を放置しても雨風にさらされ朽ちていくだけです。


それなら私が頂いた方が有効利用できるというもの。


当家の土地に放置された物を、私が頂いても問題ない筈!


厳密には私は勘当された身なので、フロスト伯爵家の人間ではありませんが、そんなことは些細な問題です。


豪華な二頭立ての馬車の旅なんてわくわくしますね。


私がそんなことを考えていたとき、馬車のドアが開き……中から人が落ちるように出て来ました。


なんだ、持ち主付きでしたか……がっかりです。


でもおかしいですね? 


客席に人が乗っているのなら、御者はどこに行ったのでしょうか?


強盗に遭遇して、御者だけ逃亡したとか……?


いえ、その可能性はありませんね。


この先には山賊や盗賊や暗殺者も恐れる、祖父が実験に使っていた別邸があります。


祖父の別邸は老若男女、命があるものはみんなが恐れる場所。


断言します。


そんな薄気味悪い場所で強盗したがるもの好きはいません。


となると、この人はなんの為にこんな所にいたのでしょうか?


馬車にトラブルが起きた原因とは?


謎は深まるばかりです。


厄介ごとの匂いがするのは確かですね。


その時、白馬が「ヒヒン」と鳴きました。


「わかった、今から助けるわ。

 あなたのご主人様を見捨てたりしないわ」


私には白馬が「早く助けてあげてよ」といっているように聞こえました。


めんどくさいからスルーしたいのですが、この先この道を通りかかる人が現れる可能性はゼロです。


この人は私が助けなかったら野垂れ死に確定です。


私が助けるしかありませんね。


私は馬車から降りて、倒れている人の元へ向かいました。


近づいて見てわかったのですが、倒れていたのは若い男でした。


男性は金色の美しい髪をしていました。


とても上等な上着を着ているので、どこかの貴族か、もしくは大商人かもしれません。


旅のお金持ち……しかも訳あり。


彼を助けたら、それなりのお礼が貰えるかもしれません。


こちらは勘当された身。


今は旅の資金として、少しでもお金がほしいのです。


【ケーケケケケケ、ザマァ見ろ】


その時、キャビンから誰かの声が聞こえました。


まだ他にも誰か乗っていたのでしょうか?


「誰かいるのですか?

 もしかしてこの方のお連れの方ですか?

 それとも御者の方でしょうか?」


【女ァ! 俺様の声が聞こえるのか?!

 ラッキーだったな!

 ようく聞け!

 俺様は悪魔のロート

 この男に取り付いて数々の災いを起こし、殺そうとしていた!

 馬と馬車を繋いでいた馬具を切り、 馬車が止まった所に御者の上に蛇を落とした。

 御者は青い顔して逃げていったぜ。

 一人きりになったこの男を、今から呪い殺すことろ……だ】


ドガッ! バキッ!


「なぁんだ、悪魔でしたか。

 敬語を使って損しました」

 

私は馬車から出てきた赤い色の悪魔をしばき倒しました。


「悪霊に取り憑かれてる人は何人か見たことがありますが、悪魔に取り憑かれている人を見るのは初めてですね」


悪魔に取り憑かれる体質の人間……興味深いですね!


【兄者しくじったようだな。

 ここは次男のオレ、ブラオ様の出番のようだ。

 女ァ、兄者を倒したくらいでいい気になるなよ。

 ナンバーワンはこのオレ様……】


ドスッ! バキッ!


【ねぇ……まだ、俺……話してたのに……ぐふっ】


何たる幸運!


悪魔が一体ではなく二体もいたなんて!


この二体を魔晄炉で溶かしたら、一体どんな色の魔石が出来るのでしょう?


わくわくします!


この方は、もしかしてアルバート殿下以上の有料物件(悪魔召集体質)なのでは……!?


悪魔の断末魔ってどんなのかしら?


魔石にしたらどんな効果があるのかしら?


想像しただけで、心臓がとくんとくんと音を立てています。

 

この胸のときめきは……もしかして恋?


一目惚れってあるのですね!


ロート兄と、ブラオ兄がやられたようだな。

 だが人間、いい気になるなよ。

 奴らは悪魔の中でも最弱……このおれこそが】


ゴスッ! ドスッ! バキャ!


「まぁ、今度は緑色の悪魔が……!

 私この方に会ってからずっと心臓がドキドキしっ放しです!

 これが恋のときめきというものなのかしら?」


ロート兄、ブラオ兄、グリューン兄がやられたようだな……。

 少しは骨がある人間がいたようだ……だがな】


ドコスッッッ!!


その後も、黄色、オレンジ、水色、紫の悪魔が出てきました。


彼らはぐだぐだ何か話しながら姿を現しましたが、悪魔の言葉に耳を傾ける気はありません。


「ふぅ〜〜、これで全部かしら?」


倒した悪魔は七体。


赤、青、緑、黄色、オレンジ、水色、紫……それぞれ別の色をしていました。


悪魔を魔晄炉に入れて上手いこと溶かせば、七色の魔石ができるかもしれません!


「悪霊」から魔石を作ることは王子に禁止されましたが、「悪霊」から魔石を作ることは禁止されていませんからね。


まぁ、そのうち禁止されるかもしれませんが、今はまだ禁止されていません。


禁止される前にやってしまったもの勝ちですわ!


「うう……、僕はいったい……?」


そうこうしている間に、倒れていた男性が目を覚ましました。


「体が徐々に重くなって……意識が朦朧として……馬のいななきや、御者の悲鳴が聞こえて……それで……?」


彼は悪魔に取り憑かれ、それで体調が悪くなったのでしょう。


「大丈夫ですよ。

 あなたに取り憑いていた悪魔は私がボコボコにしましたから」


「悪魔に取り憑かれていた……?

 それであなたは……?」


このとき男性と視線が合いました。


彼はサファイアブルーの瞳をしていました。


顔立ちもかなり整っています。


年は十六〜十八歳ぐらいでしょうか?


悪魔に取り憑かれていた後遺症か、肌の血色が悪く、目の下に隈がありました。


元々は美少年だったでしょうに、顔色のせいで病弱に見えるなんてもったいないですね。


「私はネクロマンサー兼錬金術師です」


「ネクロマンサー……? 錬金術師……?」


「詳しいお話は後でいたしましょう。

 それより、あなたに折り行って頼みがあるのです」


「なんでしょう?」


「あなたに取り憑いていた悪魔を譲ってほしいんです!」


「はい……?」


「困惑するのはわかります!

 これだけ綺麗に色の別れた悪魔ですものね!

 簡単には人に譲りたくありませんよね!

 そこはまぁ、私があなたを助けたことへのお礼ということで……」


「あの! 先程からなんの話をしているんですか?」


「あなた悪魔に取り憑かれていたんですよ。

 心配しないでください。

 悪魔は私がフルボッコにしておきましまから。

 そこに転がっている悪魔が見えませんか?」


私が悪魔を積み重ねた場所を指差すと、青年は首を傾げました。


「僕には何も見えませんが……」


青年は困ったように首を傾げました。


「そうですか……あなたには悪魔は見えないんですね」


見えないものは存在しないのも同じ……彼に私がしたことを理解して貰うのは不可能。


ということは……この人に取り憑いていた悪魔をこのままネコババしてもバレないということですね!


思いがけず生きの良い悪魔を手に入れてしまいました。


魔晄炉で溶かす前に、あんな実験や、こんな実験をするチャンスですね!

キーヒッヒッヒッ……! 今日はついてますわ!


「僕は……祖国にいた時からずっと……体が重くて、苦しくて……息をするのも大変でした……」


私が心の中でガッツポーズしていると、青年が自分語りを始めました。


「多くの医者に診てもらいましたが、原因はわかりませんでした……」


霊障の類はお医者様の専門外ですからね。


「僕の側にいると悪寒がし、

 良くないことが立て続けに起こるようで、

 友人は気味悪がって僕から離れて行きました。

 ソフィアも僕の元から去って行った……」


悪魔に取り憑かれ、苦労していたのですね。


「わらにもすがる思いで、国一番の占い師に見てもらったんです!

 そして、オルフェア王国のフロスト伯爵の別邸を尋ねるように言われました。

 彼なら僕を苦しみから開放してくれると……!」


オルフェア王国とはこの国の名前です。


ああそれで……近所の人間どころか、強盗も山賊も近寄らないこの道を走っていたわけですね。


「フロスト伯爵の別邸はこの先にあります。

 彼は私の祖父でした」


「そうだったのですか?

 彼のお孫さんに助けて頂けるとは何たる偶然!

 何たる幸運!

 それでフロスト伯爵は今どこに……?!」


「祖父は数年前に亡くなりました。

 なのでフロスト伯爵ではなく、フロスト前伯爵になります」


「そうなんでね……僕は訪ねて来るのが遅すぎたようです……」


「そうでもないですよ。

 祖父の技術や能力は、全部孫の私が全部受け継ぎましたから」


「それは本当ですか?!」


「はい。

 あなたの問題はすでに解決しています。

 あなたには悪魔が七体取り憑いていました。

 祖国にいた時から七体全部に取り憑かれていたのか、この国に来てから新たに取り憑いた悪魔がいたのかは、私にはわかりません」


殴った悪魔を起こして話を聞けばわかるかもしれませんが、めんどくさいです。


「ただこだけはわかります。

 あなたの体調が悪かったのも、

 友人が気味悪がって離れていったのも、

 全部悪魔のせいだと」


「そうだったのですね」


「先ほどお話した通り、その悪魔は私が全部やっつけました。

 だからもう大丈夫ですよ。

 安心して祖国にお帰り下さい」


報酬はそこに転がってる悪魔を置いてってくれるだけでいいですから。


「ありがとうございます!

 あなたにはなんと感謝したらいいか!」


少年がガバっと起き上がり、おもむろに私の手を取りました。


「私が言うのもなんですが、今の話を信じるのですか?

 悪魔は目に見えないのに?」


「今までずっと感じていた体の怠さや不快さ、空気の重苦しさが綺麗さっぱり消えています!

 それがあなたの言葉が正しいという証明です!」


この人、悪い人に騙されないか心配になるほどの純粋さですね。


この年になるまでこのように純粋でいられたのですから、彼はよほど育ちが良いのでしょう。


「高名な医者や学者を何人も呼び付け、体を診てもらいました。

 教会でお祓いを受けたこともあります。

 ですが、誰も僕の体調不良の原因を突き止められなかった。

 あなたはその原因を突き止め、僕を苦しみから救ってくれました!

 僕があなたを信じる理由はそれで十分です!」


彼も大分苦労してきたようですね。


教会でお祓いを受けても無意味でしょう。


シア様ほどの神聖力を持つ聖女でなければ、低級霊ならともかく、悪霊より強い力を持つ悪魔を祓うなんて不可能ですから。


「本当に本当にありがとうございます!

 あなたは命の恩人です!

 なんとお礼を言ったらいいのか……うっ……!」


私の手を握り手を上下にぶんぶん振っていた少年が、急に苦しみ出しました。


「どうかしましたか?」


「何だかわかりませんが……体が急に重く……」


彼は立っていられず、道に蹲ってしまいました。


【フフフフフ……兄者達を倒したからっていい気になるなよ。

 我こそは悪魔の中の悪魔、虹色レーゲンボーゲンファルベン

 一人で七つの色を持つ特異体質!

 兄者達の異変を嗅ぎつけ駆けつけた訳さ!

 よく聞け、人間の女!

 オレは他の兄弟のように弱くないぞ!

 貴様は明日の朝日を拝めずに死ぬ……の、だ……?】


ドコスッッッ! バギッ!! ボコッッッ!!


少年の背中には、七色に光る悪魔がくっついていました。


なんか凄くレアな悪魔を倒したみたいです!


この悪魔からはどんな魔石が作れるのかしら?


それにしても長々と口上を垂れていたわりには、弱い悪魔でしたね。


か弱い乙女のげんこつ数発で伸びてしまうなんて。


「うわっ、何故か急に体が軽くなりました!」


悪魔に取り憑かれていた時は真っ青だった少年の顔に、血の色が戻ってきました。


「ええ私が今、あなたに取り憑いていた悪魔をしばき倒しましたから」


「悪魔をしばきたおすなんて凄い!

 あなたはとてもたくましい方なのですね!」


それは私がバカ力という意味でしょうか?


「いえいえ、私など小麦粉の大袋を一度に三つ担ぐのがやっとの華奢で非力な女の子ですよ」


小麦粉の大袋一つ二十五キロ。


本当は小麦粉の大袋なら、一度に二十四個はらくらく持ててしまうんですが、怪力だと思われたら嫌なので少しサバを読みました。


「それにしても……。

 祓って貰った直後に、また別の悪魔に取り憑かれるなんて……僕はなんて情けないんだ」


「もしかしたらあなたは、稀に見る特異体質なのかもしれません」


「特異体質……?」


歩く悪霊ホイホイのアルバート殿下を商売敵の聖女に取られ、もうあのような悲劇的な体質のレア度マックスの人間に出会うなんて不可能だと思ってました。


でも、捨てる神あれば拾う神ありです!


「あなたは稀にみる悪魔召集体質……!

 歩く悪魔ホイホイなんですわ!」


「な、なんですってーーーー!!」


今彼の後ろに大ゴマ&ベタフラッシュで「ガーン!」という擬音が見えた気がします。


古い演出ですね。


「そ、そんな……僕が歩く悪魔ホイホイだったなんて……!

 僕はこれからどうやって生きて言ったらいいんだ……!」


彼は道端に座り込んでしまいました。


「まぁまぁ、そう落ち込まないで下さい。

 世の中そう悪いことばかりではありませんよ」


私は地面に膝をつき、彼の肩にポンと手を置きました。


「私がネクロマンサー兼錬金術師だと先ほどお話しましたよね?」


「はい」


「私の仕事は悪霊や悪魔を魔晄炉で溶かし、魔石にすることなのです」


「そんな凄い能力を持っているのですか?

 では我が国に時々流れてくる質の高い魔石はあなたが作っていたのですか?」


「おそらくそうでしょう」


まだあなたの祖国の名前を聞いてないので、絶対にそうだとはいい切れませんが。


「そんな凄い方にお会い出来たなんて光栄です!」


「私の仕事には悪霊や悪魔を召集する体質の人間、つまり歩く悪霊ホイホイや、歩く悪魔ホイホイが必要不可欠なのです」


「はぁ……?」


「あなたには悪魔召集体質の素質がありますわ!

 ネクロマンサーの私が言うのだから間違いありません!」


「それは……褒められているのでしょうか?」


「最上級の褒め言葉です!

 そこでものは相談なのですが、あなた私と結婚する気はありませんか?」


「はい??

 けっ、結婚……??」


まだお互いの名前も知らないのに、早急過ぎたでしょうか?


ですがいつ商売敵が現れ、トンビがサンドイッチを攫っていくように、横から聖女が出てきて、彼のような素質のある人間を引き抜いていくかわかりません!


ここは早めに唾を付けておかなくてはいけませんわ!


「結婚が早すぎるのならまずは、婚約から!」


「ちょっと待って下さい!

 僕には話が見えなくて……!」


「あら簡単なことです!

 あなたは悪魔召集体質で自分に取り憑いた悪魔をどうにかしてほしい。

 私はネクロマンサー兼錬金術師として、魔石の原料となる悪魔がほしい。

 どうです?

 お互いの利害が一致してるでしょう?」


ここは彼に迷う隙を与えずに畳み掛けてしまいましょう!


「お互いに相手を手放したくない!

 それなら結婚してしまうのが一番手っ取り早いのではありませんか?」


「そ、そうかもしれません……」


「かもではなく、そうなんですよ!

 膳は急げです!

 今直ぐ教会に行きましょう!」


アルバート殿下の時のように、横から聖女様に掻っ攫われるのはごめんです!


ここは早急に事を起こしてしまいましょう!


「ちょ、ちょっと待って下さい!

 一度冷静になりましょう!」


彼を無理やり馬車に乗せようとしたら、抵抗されてしまいました。


彼は上等な服を着ていますし、彼の乗っていた馬車も立派ですし、所作も美しいです。


きっと良いところのボンボンに違いありません。


彼に冷静に考える隙を与えてしまったら、ネクロマンサー兼錬金術師の肩書を持つ、怪しい平民女と結婚してくれる筈がありません。


なんとかここはノリで押し切らなくては!


「何を迷うことがあるのですか?

 私と結婚すればあなたは悪魔から開放され、楽しい人生を送れるんですよ?」


あまり褒められた手段ではありませんが、彼の弱点をグリグリと突付いていきます。


「それは、嬉しいです!

 願ってもないことです!

 体調不良に悩まされない人生なんて、控えめに言っても最高です!」


「なら迷う必要はありません!

 教会へレッツゴーです!」


「でも……あなたはいいんですか?」


「私……ですか?」


「あなたは若いし、美しいし、他の人にはない特別な才能を持っています。

 その才能を不幸体質の僕なんかの為に使ってしまっていいのですか?」


この人は、ここまで追い詰められても他人の幸せを考えられる人なのですね。


それに私の力を「特別な才能」と評価してくれました。


今までの人生にそんな人はいませんでした。


第二王子が悪霊召集体質だったので、婚約破棄されるまで、私はそれなりに優遇されてきました。


ですが陛下も、王子も、高官も、召使いも……本音の部分では、私のような気味の悪い存在には消えてもらいたかったのでしょう。


その事を証明するように、同業者で見た目も肩書も完璧な聖女様が現れたら、ネクロマンサーの私はあっさりと捨てられてしまいました。


「あなたはご自分を『不幸体質』と言いましたが、

 私はあなたの体質が羨ましいです」


「僕の体質がですか?」


「はい、だって私が悪魔召集体質だったら、魔石の材料に困りませんもの」


「それはそうですね」


「あなたが褒めて下さった私の能力は、この国では嫌われております」


「こんなに凄い能力なのにですか?」


「悪霊とか悪魔とか、普通の人には刺激が強すぎるのでしょう」


「価値のある魔石を生み出すのにですか?」


「昔は魔石を使って魔物退治や、瘴気の吹き溜まりの浄化が行われていました。

 ですが今この国には、魔物はほとんどおりませんし、瘴気の吹き溜まりの数も減少しております。

 残っている魔物の討伐も、瘴気の吹き溜まりの浄化も聖女様がやるそうです。

 得体の知れないネクロマンサーの私も、悪霊や悪魔を原料にした気味の悪い魔石も、お払い箱なのです」


「この国には聖女様がいるのですか?」


彼の目がキラリと光りました。


やはり「聖女」というのはワードは強すぎますわ!


陰湿なイメージのあるネクロマンサーでは、聖女の称号に太刀打ちできません!


「最近発見されたそうです。

 私も聖女様の力をこの目で見ましたが、それは凄かったですわ。

 なんの術も使わず、存在しているだけで、近くの悪霊をパッと消してしまえるのですから」 


「悪霊をパッと消してしまう……?」


余計な事を話してしまいました。


商売敵に塩を送ってどうなるのでしょう?


「気になるのならあなたも聖女様に会ってみるといいですよ。

 あなたは見目が良いですから、頼み込めば親衛隊として聖女様のお側にいられるかも……」


惜しい、誠に惜しい人材ですが、嫌がる殿方を拘束してどこかに閉じ込めて実験材料に使うわけにはいきません。


ああでも、拘束してどこかに閉じ込めて実験材料に使う……なんとも香ばしい響きです!!


落ち着くのよ私! 悪霊や悪魔をしばくのはよくても、人間を誘拐したら犯罪よ!


「悪霊を消してしまうなんて……そんなの……なんて、なんて、なんて……もったいないんだ!!」


「えっ?」


彼の口から思わぬ言葉が飛び出してきました。


「取り乱してしまってすみません。

 我が国では、瘴気の吹き溜まりが多く存在し、それに比例して魔物の数も多いのです。

 国も対策を講じてはいるのですが、

 魔物や瘴気の吹き溜まりに有効な魔石は高価で、

 我が国にはあまり入って来ず、

 全ての冒険者に行き渡っていないのが現状です」


「まぁ、そうだったのですか?」


少し前まで第二王子の婚約者の身分にあったのに、私は他国の情勢には無関心でした。


そんなことより悪霊を魔晄炉で溶かす実験をしていたかったのです。


「フロスト伯爵の孫娘様!

 どうか僕と結婚して下さい!

 そして我が国に来て下さい!

 僕の体を囮に悪魔を呼び寄せて、片っ端から捕まえて、魔石の材料にして下さい!」


彼が地面に跪いて私にプロポーズしました。


「まぁ、これ以上ないくらい素敵な申し出ですね!

 ではすぐに結婚いたしましょう!」


私の答えはもちろんOKですわ。


「はい!

 ……と言いたいところですが、僕が結婚するには、一度国に帰らないといけません。

 結婚する前に色々と手続きが必要なんです。

 だからしばらくの間は婚約者でいてほしいのです」


彼は良いところのご令息みたいですし、結婚するにも色々と手続きが必要でも仕方ありませんよね。


面倒な手続きがなんですか?


こんなことで、せっかく捕まえた悪魔召集体質の彼との結婚を考え直したりしませんよ。


「わかりました。

 では取り敢えず婚約ということで。

 早急にあなたの祖国に行き、面倒な手続きを終わらせ、結婚いたしましょう!」


よっっっっし!!


悪魔召集体質の婚約者ゲットッッッ!!


今度は何があっても絶対に逃しませんよ!!


「まだ名前も言ってませんでしたね。

 僕の名前はカイロスです。

 名字はまだ言えないんですけど」


名字が名乗れないなんて、何か理由があるのでしょうか?


でもそんなことはどうでもいいです!


アルバート殿下の上位互換! 歩く悪魔ホイホイを捕まえられたのですから!


「私の名前はリリアナです。

 今朝勘当されたので名字はありません」





◇◇◇◇◇◇




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